第255話 白銀の卒業舞踏会
「では、卒業舞踏会を開催いたします」
校長先生が、そう宣言したのは、冬の終わりのことだった。
学院恒例の卒業舞踏会。三年生たちが、学院を去る前に、最後の華やかな夜を過ごすイベントだ。
女生徒たちは、皆、素敵なドレスを用意していた。
「ルナさんは、ドレスは?」
カタリナが、そう聞いた。
「あ、えっと。実は、自分で作ろうと思ってたんだ」
「自分で……錬金術で?」
「そう。『輝くドレス』を作ってみたくてさ」
エリオットが、眉をひそめた。
「ルナさん。『輝く』という属性を持つ衣類は、魔力の制御が非常に難しいのです」
「大丈夫だよ。前にドラゴンだって成功したし」
「それは別の話です」
数日後、私は、『輝くドレス』を完成させていた。
白銀色の布地に、『光の結晶』『輝きの粉』『魔力安定液』を組み込んだ、特別なドレスだ。
「よし。完璧だ」
すると、ドレスが、光を放ち始めた。
だが、その光は――
「あ……」
安定していなかった。
青、赤、緑、黄色、紫、オレンジ、ピンク。
七色に変化する光が、ドレスから放たれていた。
まるで、クラブの照明のようだ。
「あ、あああ……」
私は、固まっていた。
舞踏会の日、私は、その七色に輝くドレスを着て、講堂に現れた。
「ルナさん!」
カタリナが、叫んだ。
「目立ちすぎですわ!」
「あ、ご、ごめん。魔力が安定しなくて……」
エリオットは、そのドレスを見つめた。
「まぁ……舞台映えはしますね」
彼は、ぼそりとそう言った。
「それは、良い意味?悪い意味?」
「判断は、舞踏会が始まってからしてください」
舞踏会が、開始された。
生徒たちが、次々と、講堂に入場した。
照明魔法が、全体を優雅に照らしていた。
だが、その時だった。
「あ……」
照明魔法が、突然、消えた。
「え?」
講堂は、一瞬、真っ暗になった。
「何があったんですか!」
校長先生が、叫んだ。
「照明魔法が、故障しているようです」
技術者が、そう報告した。
「修理には、30分かかります」
「30分……」
校長先生は、頭を抱えた。
だが、その時だった。
「あ……」
全員の視線が、私に向いた。
私のドレスから、七色の光が、より強く輝き始めたのだ。
その光は、講堂全体を照らしていた。
「ルナさんのドレス……光源になってしまった……」
カタリナが、呟いた。
だが、その時、不思議なことが起こった。
私のドレスから放たれる七色の光が、講堂全体に優雅に散りばめられたのだ。
まるで、照明デザイナーが、意図的に設計したかのように。
光が、生徒たちの顔を優しく照らし、ドレスを美しく映し出した。
舞踏会が、始まった。
音楽が、流れ始めた。
生徒たちが、ダンスを始めた。
その姿が、私のドレスの七色の光に包まれて、輝いた。
「わあ……」
カタリナが、感嘆した。
「これは……奇麗ですわ」
エリオットは、その光の反射を、分析していた。
「『光の結晶』『輝きの粉』『魔力安定液』の組み合わせが、不規則な波長を作り出し、それが散乱光になって……」
だが、彼の言葉は、その他の生徒たちには、聞こえなかった。
全員が、七色の光に、魅了されていたからだ。
「ルナさん、中心で踊ってください」
校長先生が、そう言った。
「え……」
「あなたが、この舞踏会の光源です。中心で踊れば、さらに素敵になるでしょう」
私は、講堂の中心に立った。
そして、ゆっくりと、踊り始めた。
私の動きに合わせて、七色の光が、踊った。
講堂全体が、光の舞踏に包まれた。
生徒たちが、その光の中で、自分たちのダンスを続けた。
その光景は、まるで、一つの芸術作品のようだった。
カタリナは、私の周りで、優雅に踊っていた。
エリオットも、複雑な計算をしながら、ダンスを楽しんでいた。
ふわりちゃんは、私の肩の上で、七色の光に照らされ、ふみゅふみゅと嬉しそうに鳴いていた。
ハーブは、ポケットの中で、ピューイと満足げに鳴いていた。
舞踏会が、クライマックスに達した時、校長先生が立ち上がった。
「皆さん。今年の卒業舞踏会は、ルナ・アルケミさんのドレスによる、『光の奇跡』となりました」
全員から、拍手が起こった。
「ルナさん。素晴らしいドレスを、ありがとうございました」
「あ、え……」
私は、照れていた。
「これは、予期しない結果だったんですけど」
「それでこそ、ルナさんです」
カタリナが、微笑んだ。
「完璧に計画したものより、予期しない成功の方が、美しいこともあるのですわ」
エリオットは、そのドレスについて、論文を執筆することにしたという。
『不安定な魔力波長が生み出す、光の芸術――ルナ・アルケミの『輝くドレス』について』という題目で。
後日、王都全体がその『光の奇跡』について話題にしていた。
高級なドレス屋では、『七色に輝くドレスを作ってほしい』という注文が、次々と来たという。
だが、誰もルナほど素敵な七色のドレスを作ることはできなかった。
それは、ルナ独自の予期しない錬金術だったからだ。
朝、私はそのドレスを大切に畳んだ。
「ルナさん。そのドレス、保存しましょう」
カタリナが、そう言った。
「え?」
「ええ。これは、学院の歴史に残る最高傑作です。博物館に寄贈するのはいかがですか?」
「あ、そっか」
そして、数年後。
王都の博物館では、『白銀の卒業舞踏会のドレス』が、展示されるようになったのだという。
七色に輝く、その衣装は、多くの来館者に見つめられ、讃えられるのだという。
最後に、校長先生が、そっと呟いた。
「ルナ・アルケミさん。あなたは、本当に素晴らしい錬金術師だ」
白銀の卒業舞踏会。
それは、王立魔法学院の最後の、最も美しい夜だった。




