第25話 侯爵令嬢の誕生日パーティーと隣家の花火実験
「ルナさん、明日の私の誕生日パーティーには必ずいらしてくださいね」
学院からの帰り道、カタリナが振り返ってそう言った。
彼女の縦ロールが夕日に輝いて、まるで絵画のような美しさだ。
「もちろんよ! 楽しみにしてるわ」
私は元気よく答えたが、内心少し緊張していた。
貴族のパーティーなんて、前世でも今世でも慣れていない。
「あの、カタリナ。プレゼントは何がいいかしら?」
「お気持ちだけで十分ですわ。でも……もしよろしければ、ルナさんの錬金術作品をいただけると嬉しいですわ」
「錬金術作品?」
「はい。ルナさんの作るものは、いつも驚きと発見に満ちていますから」
カタリナの言葉に、私は閃いた。
「そうだ! 『祝福の香水』を作ってプレゼントしましょう」
「まあ、素敵ですわ!」
パーティー当日。
ローゼン侯爵邸は、まさに宮殿のような豪華さだった。
庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、館内は美しいシャンデリアが輝いている。
「お嬢様、お美しいです」
セレーナが私のドレスの裾を整えてくれる。
今日のために用意した薄紫のドレスは、私の瞳の色に合わせて仕立てたものだ。
「ありがとう、セレーナ。それより、プレゼントは大丈夫?」
「はい、こちらに」
美しいリボンで装飾された小瓶を受け取る。中には虹色に輝く『祝福の香水』が入っていた。
「完璧ね」
実は昨夜、この香水を作る時に小さな爆発があった。
でも結果的に、普通では作れない美しい色合いになったのだ。
「あら、ルナさん!」
パーティー会場に入ると、すぐにカタリナが駆け寄ってきた。
真っ白なドレスに身を包んだ彼女は、まさに天使のようだった。
「お誕生日おめでとう、カタリナ」
「ありがとうございますわ! 今日は盛大に祝っていただいて、本当に幸せですの」
会場には王都の名だたる貴族たちが集まっている。
美しいドレスに身を包んだ令嬢たちや、礼服姿の紳士たち。
「ルナさん、こちらにいらしてください」
カタリナに手を引かれて、メインテーブルの近くに案内される。
「皆様、こちらが私の親友のルナ・アルケミさんですわ」
「あら、噂の天才錬金術師の」
「まあ、お美しい方ですのね」
貴族の女性たちが口々に言う。
私は慣れない社交に少し緊張しながらも、笑顔で挨拶した。
「カタリナ、これ、お誕生日プレゼントよ」
小瓶を差し出すと、カタリナの目が輝いた。
「まあ! 何て美しい色合いですの!」
瓶を光にかざすと、虹色の香水がキラキラと輝いて見える。
「『祝福の香水』よ。つけると幸運が舞い込むって言われてるの」
「本当ですの?」
「多分ね」
実際のところ、爆発の副作用で何が起こるか分からない。でも見た目は確実に美しい。
「早速つけさせていただきますわ」
カタリナが少量を手首につけると——
——キラキラ
微かに光って、甘いフローラルな香りが広がった。
「まあ、何て良い香り! それに体が軽やかになりましたわ」
「やった! 成功ね」
周りの貴族たちも感心している。
「素晴らしい香水ですね」「さすが錬金術師」「私にも分けていただけませんか?」
「あの、今度作ってお持ちします」
私が答えると、みんなが喜んでくれた。
豪華な料理が次々と運ばれてくる。
前菜から始まって、スープ、魚料理、肉料理……どれも芸術的な美しさだ。
「ルナさん、お料理はいかがですか?」
隣に座ったカタリナが尋ねる。
「とても美味しいわ。特にこのソースが絶品ね」
「ありがとうございます。こちらは我が家の料理長自慢の一品ですの」
楽しく食事をしていると、突然外から大きな音が聞こえた。
——ドガガガガーン!
「何の音でしょう?」
貴族の皆さんが窓の方を見る。
私は嫌な予感がしていた。実は今朝、実験室に『祝福花火薬』の材料を置きっぱなしにしてきたのだ。
「あの……ちょっと失礼します」
席を立とうとした瞬間——
——ドドドーン!
今度はもっと大きな爆発音が響いた。
「あら、隣のアルケミ伯爵邸の方向ですわね」
カタリナが心配そうに呟く。
私の顔が青くなる。きっと実験室で『祝福花火薬』が暴発したのだ。
「すみません! ちょっと家の様子を……」
慌てて立ち上がろうとした時——
——ピカーーーーン!
夜空が突然、美しい光で染まった。
「まあ!」
「何て綺麗な!」
貴族の皆さんが窓に駆け寄る。
空を見上げると、まるで花火のような光の花が次々と咲いていた。
紫、青、金、銀……色とりどりの光が夜空を彩っている。
——パンパンパーン!
——キラキラキラ〜
光の花が咲くたびに、キラキラした粉が舞い散る。
「素晴らしいサプライズ花火ですわ!」
「カタリナさんのお誕生日を祝福しているようですね!」
「まあ、ロマンチック!」
貴族の皆さんが大興奮している。
「あ、あの……」
私が何か言おうとした時、カタリナがそっと近づいてきた。
「ルナさん、これはもしかして……」
「ご、ごめんなさい! 実験室に『祝福花火薬』を置いてきちゃって……」
「やはりそうでしたのね」
カタリナが苦笑いする。でも怒ってはいないようだ。
「でも偶然にしては、タイミングが良すぎますわね」
確かに、まるでパーティーのクライマックスに合わせたかのような演出だった。
——パーーン!
最後に一際大きな光の花が咲いて、ハート型の光の雲が空に浮かんだ。
「ハート! ハートの形ですわ!」
「これは本当にサプライズね!」
「カタリナさん、何て素敵なお誕生日でしょう!」
皆さんが拍手喝采している。
「ルナさん、ありがとうございます」
カタリナが私の手を握った。
「え?」
「わざとですよね? 私のためにタイミングを計って」
「いえ、それは……」
本当は偶然なのだが、カタリナの嬉しそうな顔を見ると、否定する気になれなかった。
「内緒にしておきますわ。でも今度からは事前に教えてくださいね」
「……はい」
そしてパーティーは優雅に終わり、
「今日は本当に素晴らしいお誕生日でした」
帰り際、カタリナが満面の笑みで言った。
「ルナさんのおかげで、一生忘れられない思い出になりましたわ」
「それは良かったけど……本当にごめんなさい。爆発させちゃって」
「大丈夫ですわ。むしろ完璧なサプライズでしたもの」
カタリナが楽しそうに笑う。
「でも次回は事前に相談してくださいね。もっと安全で美しい花火を一緒に作りましょう」
「一緒に?」
「はい! 私も花火の錬金術に興味がありますの」
カタリナの目がキラキラ輝いている。
——翌日・アルケミ伯爵邸——
「お嬢様、昨日は大変でしたね」
ハロルドが眼鏡を光らせながら言った。
「実験室の被害はどの程度?」
「天井に穴が開きましたが、幸い他の部屋への影響はありませんでした」
「それは良かったわ」
「ただ、近所の方々から『また素晴らしい花火を見せてください』との声が多数寄せられております」
「えぇ?」
どうやら私の失敗実験が、近所でも評判になってしまったようだ。
「マリアも言っておりました。『お嬢様の花火は王都一美しい』と」
「褒められてるのか叱られてるのか分からないわね……」
でも確かに、結果的には皆さんに喜んでもらえたのだから、良しとしよう。
「それで、次回の花火実験はいつ頃を予定されていますか?」
「次回?」
「カタリナお嬢様から、一緒に花火作りをしたいとのお申し出がありました」
「あら、本気だったのね」
私は少し嬉しくなった。カタリナと一緒なら、もっと美しくて安全な花火が作れるかもしれない。
——数日後・実験室——
「では、材料の準備から始めましょう」
カタリナと一緒に『改良版祝福花火薬』の調合を始めた。
「『星の粉』『虹色火薬』『安定化結晶』『光増幅液』……」
「材料が普通の花火薬と全然違いますのね」
「錬金術の花火は、魔法の力で色や形を制御できるのよ」
私が説明しながら、慎重に材料を混ぜていく。
「今度は爆発しませんように……」
「大丈夫ですわ。私がしっかりサポートしますから」
カタリナの励ましを受けて、調合を続ける。
「『星の粉』を三つまみ……」
——キラキラ
粉が美しく光る。
「次に『虹色火薬』を小さじ一杯……」
——シュワシュワ
今度は七色の泡が立った。
「順調ですわね」
「そうね。今度こそ完璧な花火薬を——」
——ボンッ
小さな爆発が起きて、私たちの顔が煤で黒くなった。
「あら……」
「また失敗しちゃった」
二人で顔を見合わせて、クスクス笑った。
「でも今度は小爆発で済みましたわね」
「進歩してるってことかしら」
でも鍋の中を見ると、美しい金色に光る花火薬が完成していた。
「これは……成功ですわね」
「本当! 綺麗な色!」
私たちは大喜びした。失敗から生まれる成功もあるということを、改めて実感した日だった。
きっと次回の花火は、もっと素晴らしいものになるだろう。友達と一緒だと、実験ももっと楽しくなるのだから。