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第246話 精霊たちの秋宴

秋の森は、いつもと違う輝きを放っていた。


「ルナさん、本当に精霊たちの宴があるのですか?」


カタリナが、紅葉に染まった林の中を歩きながら、疑わしそうに聞く。わたしたちの周りには、赤、黄、橙色に輝く木々が立ち並んでいる。空気は冷たく、秋の深まりを感じさせる。


「ティナから聞いたんだ。森の精霊たちが秋の宴を開くって」


わたしは胸を張って答える。『本の精霊ティナ』というのは、学院の図書館に住む小さな精霊だ。彼女は本の世界から出てくることもあり、森の精霊たちとも繋がっているらしい。


「ふみゅ?」


肩の上のふわりちゃんが、首をかしげる。彼女は宴の話を聞いて、以来ずっとそわそわしていた。


「精霊たちも、秋の収穫を祝うらしいよ。ブドウ、栗、キノコ……秋の実りがいっぱい」


セレーナが歩きながら、かわいらしく笑う。彼女も、この宴に招待されるのを楽しみにしていた。


ふと、森が静かになった。


木の根元に座った小さな光の玉が、ぽうっと浮かび上がる。その周りに、何十個もの光が現れる。それらは、ゆっくりと大きくなっていき、やがて姿を現した。


紫色の光を纏った精霊。緑色の衣をまとった精霊。黄金色に輝く精霊たち。


「ようこそ、ようこそ!」


紅葉色の髪を持つ、色鮮やかな精霊が、わたしたちを迎える。彼女が紅葉の精霊らしい。


「わあ、きれい!」


わたしは思わず声を上げる。


林の中央に、大きな円形の場所が広がっていた。そこには、秋の実りが所狭しと並べられている。ブドウ、栗、キノコ、トウモロコシ、ナツメ、リンゴ……。そして、その中心には、大きな樽が置かれていた。


「これは……ワイン?」


カタリナが、樽に書かれた文字を読む。『陶酔の雫』。アルケミ領の特産品だ。


「精霊たちのための宴ですわね。わたくしたちは、ノンアルコールのものをいただきましょう」


カタリナは、自分たちの年齢を考慮した、上品な判断を下す。


「そうですね。秋のフルーツジュースでしたら」


セレーナが、樽の脇に置かれた別の瓶を指さす。そこには、ぶどう色の液体が詰まっていた。


紅葉の精霊が、さっそく盃を手に取り、ワインを注ぎ始める。


「飲め、飲め!」


彼女は自分の盃に、ワインをたっぷり注ぐ。そして一気に飲み干す。


「ぷはあ!」


紅葉の精霊は、盃を落とし、ふらふらとよろめき始める。その顔は、一瞬で真っ赤になった。


「あ、あれ……?」


「紅葉さん、大丈夫ですか?」


セレーナが心配そうに声をかける。


「酒に……弱いのか……精霊も……」


紅葉の精霊は、そのままゴロンと横になってしまった。その顔は、上機嫌そのものだ。彼女は両手足をばたつかせ、何かぶつぶつとつぶやいている。意味不明な笑い声が、森に響き渡る。


「ああ……」


わたしは、これからが大変だと予感した。


その一方で、別の精霊たちも宴を楽しんでいた。栗色の衣をまとった精霊は、宴の場を転がり回っている。彼女は、秋の栗を手に取ると、すぐに転がり始めるのだ。転がりながら、くつくつと笑う。


「キャハハハハ!」


彼女は、わたしたちの足元を転がり過ぎていく。カタリナは、優雅にジャンプしてかわす。セレーナも、軽く身をかわす。


「栗さんも、興奮しているのですね……」


カタリナが、呆れた表情で栗の精霊を見つめる。


そして、もう一つの問題が起きた。


キノコの傘を被った精霊が、栗の精霊のすぐ近くにいたのだ。その精霊は、栗の精霊と一緒に転がっていたのだが、途中で栗の精霊とはぐれてしまう。


「あれ……誰かいる」


別の精霊が、キノコの傘を被った精霊に気がつく。


「あ……これは『踊茸』では……?」


その精霊がつぶやくと、他の精霊たちも気がつき始める。


「踊茸?」


その瞬間、複数の精霊が、キノコの傘を被った精霊に近づき始める。


「待って待って!僕は踊茸じゃなくて、キノコの精霊だ!」


キノコの精霊が、悲鳴に近い声を上げる。


「ダメだ。宴の時間だ。鍋へ!」


「やめて!」


その光景を見て、わたしは大慌てで駆け出す。


「待って!」


わたしは、ポケットから『友情促進薬』を取り出す。これを使えば、精霊たちと仲良くなって、キノコの精霊を助けられるはずだ。


『友情促進薬』は、『絆の草』『信頼の石』『温かい水』から作られた、薄紫色の液体だ。さわやかな香りがする。


「皆、これを飲んで!」


わたしは、精霊たちに薬を差し出す。


一匹の精霊が、興味津々に薬を受け取る。彼女は迷わずに飲み干す。


「これは……何だ……?」


その精霊は、一瞬ぼんやりしてから、突然叫ぶ。


「最高だあああああ!」


彼女は、完全に高揚してしまった。他の精霊たちも、わたしが差し出した薬を次々と飲む。


「わあああああ!」「最高だ!」「もっとくれ!」


精霊たちは、大騒ぎになってしまう。わたしの『友情促進薬』は、想定外の効果を発揮していた。精霊たちは、より一層興奮してしまったのだ。


「ル、ルナさん……何をしたのですか……」


カタリナが、引きつった笑顔でわたしに話しかける。


紅葉の精霊は、さらにワインを飲み始める。彼女はグラスを握ったまま、ふらふらと踊り始める。栗の精霊は、転がりながらさらに高く笑う。他の精霊たちは、わたしの周りでぐるぐる回り始める。


「あ……」


わたしは、自分の失敗を悟った。キノコの精霊は、ますます追い詰められている。


「セレーナ!」


わたしは、助けを求める。


「かしこまりました」


セレーナは、静かに微笑むと、両手を掲げた。金色の光が彼女の身体を包む。背中から、巨大な白い翼が現れる。


「天使化……」


カタリナが、つぶやく。


セレーナの姿は、完全に変わった。金髪に変わり、白い衣をまとった天使の姿になっている。彼女の全身から、神聖で清潔な光が放たれ始める。


「浄化……」


セレーナは、優しく呼びかける。その瞬間、神聖な光が、宴の場全体を包む。


光に触れた精霊たちは、一瞬、ぼんやりとする。そして、目を開ける。彼らの顔には、過度な興奮がなくなっていた。


「あ……何が……」


紅葉の精霊が、首をかしげる。彼女はまだワインを手に持っているが、その表情は穏やかになっている。


「みなさん、大丈夫ですか?」


セレーナが、やさしく聞く。彼女はゆっくりと翼を閉じ、元の姿に戻っていく。


宴の場は、一瞬の沈黙に包まれた。


その時、ふわりちゃんが、わたしの肩から飛び降りた。


「ふみゅ!」


白くてふわふわの小さな生き物は、宴の中央へ走っていく。そして、くるくると回り始める。


「かわいい……」


精霊たちから、一斉に歓声が上がる。ふわりちゃんは、踊るように、宴の場を飛び回る。その破壊的な可愛さは、すべての精霊たちを虜にしてしまった。


「ふわり、ふわり……」


栗の精霊も、転がるのをやめて、ふわりちゃんを見つめている。紅葉の精霊も、ワインの手を止めて、ふわりちゃんの踊りを追っている。


「ふみゅみゅ!」


ふわりちゃんは、宴の中で、さらに激しく踊る。彼女の可愛らしさは、精霊たちの心を一瞬にして浄化してしまった。やがて、精霊たちは、ふわりちゃんの踊りに合わせて、穏やかにリズムを取り始める。


「ふみゅう……ふわり……」


ふわりちゃんは、精霊たちの中心で、優雅に舞う。その様子は、まるでバレエのようだ。


やがて、宴は落ち着きを取り戻した。精霊たちは、ふわりちゃんを中心に、穏やかに秋の夜を過ごし始める。栗の精霊は、適度な量の栗をかじりながら、笑顔を浮かべている。紅葉の精霊も、ふわりちゃんに優しく触れながら、穏やかに微笑んでいる。キノコの精霊は、無事に鍋に入ることなく、精霊たちに囲まれて、ほっとした表情で座っている。


わたしたちは、樽の脇のノンアルコールのぶどうジュースをゆっくり飲みながら、この光景を眺めていた。秋の風が、ふんわりと髪をなでる。


「ルナさん……」


カタリナが、わたしの隣に立つ。


「『友情促進薬』は、精霊たちにはいささか効果が強すぎたようですね。そして……」


彼女は、わたしをじっと見つめる。


「次からは、事前に精霊たちの特性を調査してから使用したほうがよいでしょう」


彼女は、上品な笑顔を浮かべながら、そうつぶやいた。


わたしは、ひたすら頷くしかなかった。


「ふみゅ……ふわり……」


ふわりちゃんは、精霊たちに包まれながら、幸せそうに小さく鳴いている。彼女は、この秋の宴において、最高のMVPだった。


セレーナは、わたしたちの傍で、静かに笑っていた。


「今回は、ふわりちゃんに助けられましたね」


彼女の言葉は、完全に正しかった。


秋の森は、やがて夜の帳に包まれ、精霊たちの穏やかな笑い声と、ふわりちゃんの小さな鳴き声だけが、静かに響き渡るのであった。

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