第245話 黒歴史朗読会
「読書週間イベント、ですか……」
エリオットが掲示板を見ながら呟いた。
王立魔法学院では、春の読書週間に合わせて、毎年文化行事が開催される。今年のテーマは「自作品朗読会」。生徒たちが自作の詩や研究記録を発表するイベントらしい。
「素敵な企画ですわね」
カタリナが目を輝かせた。
「私も、何か発表しようかしら」
「カタリナさんなら、きっと素晴らしい内容になりますね」
エリオットが微笑む。
「ルナさんは?」
「えー、私は遠慮しとく……」
私は慌てて首を振った。人前で何かを朗読するなんて、考えただけで恥ずかしい。
「ふみゅ?」
肩の上のふわりちゃんが首を傾げた。ポケットの中のハーブも「ピューイ?」と不思議そうだ。
「まあ、無理にとは言いませんわ」
カタリナが優しく微笑んだ。
その後、カタリナは優雅な研究論文の一部を、エリオットは古代技術に関する考察を準備していた。
そして当日。
図書塔の大ホールには、多くの生徒と教授たちが集まっていた。
「わー、めっちゃ人いるじゃん♪」
フランが楽しそうに辺りを見回している。
「緊張しますね……」
エミリが小さく呟いた。
舞台では、次々と生徒たちが自作品を朗読していた。恋愛詩あり、魔法研究の発表あり、冒険談ありと、バラエティに富んでいる。
「次は、エリオット・シルバーブルーム君です」
司会のミスト・リアーナが告げた。
「頑張って、エリオット」
私が応援すると、彼は礼儀正しく頷いた。
エリオットが舞台に上がり、資料を取り出した。
「では、『古代魔法陣の構造解析について』を……あれ?」
彼の手が止まった。
「これは……」
エリオットの顔が、見る見る青くなった。
「どうされましたか?」
司書のミスト・リアーナが心配そうに聞く。
「す、すみません……資料を間違えたようです……」
「まあ、それは困りましたわね。でも、せっかくですから、その資料を読んでみてはいかがですか?」
「え、でも……」
「大丈夫です。どんな内容でも、読書週間の精神に則って受け入れますよ」
ミスト先生の優しい言葉に、エリオットは観念したように頷いた。
「では……読ませていただきます」
彼が資料を開いた瞬間、私は嫌な予感がした。
「『中二錬金詠唱大全』……著者、ルナ・アルケミ」
「……え?」
私の声が、ホール中に響いた。
「えええええええ!?」
立ち上がろうとしたが、カタリナに肩を押さえられた。
「ルナさん、落ち着いて」
「落ち着けるわけないでしょう! あれは、あれは……!」
私の黒歴史ノートだ。
錬金術を始めたばかりの頃、なぜか中二病を発症していた私が、恥ずかしい詠唱文やポーズをまとめたノートだ。
なぜそれをエリオットが!?
「すみません、ルナさん……資料整理の時に、間違えて……」
エリオットが申し訳なさそうに言った。
「では、始めます」
彼が読み始めた。
「第一章、『炎を統べる者の詠唱』」
「やめてええええ!」
私の叫びは無視された。
「『闇より生まれし紅蓮の焔よ……我が魂に応え、敵を焼き尽くせ! 錬金術式、爆炎の創造!』」
会場が静まり返った。
「……」
「……」
そして、突然。
「おおおおおお!」
歓声が上がった。
「すごい!」
「魂を感じる!」
「これぞ錬金術師の詩!」
「待って、なんで!?」
私は混乱した。
「続けて!」
「もっと読んで!」
観客が前のめりになっている。
エリオットは困惑しながらも、続けた。
「第二章、『水を操る者の詠唱』……『天より降り注ぐ清らかな雫よ……我が願いに応え、癒しの奇跡を成せ! 錬金術式、浄化の雫!』」
「美しい……」
カタリナまで感動している。
「カタリナ!?裏切らないでよ!」
「でも、ルナさん、これは確かに詩的ですわ」
「詩的って……あれ、ただの中二病だよ!」
「第三章、『風を纏う者の詠唱』……」
エリオットの朗読は続く。
私は顔を覆った。
「ピューイ……」
ハーブが同情するように鳴いた。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも慰めてくれている。
「そして、最終章……『究極の錬金術師の極意』」
「それだけは……それだけはやめて……」
私の懇願も虚しく、エリオットは読み上げた。
「『錬金術とは、魂の叫びである。この世の理を捻じ曲げ、奇跡を創造する。我らは神に非ず、されど神に近き者。創造の焔を胸に、永遠に前へ進むのだ!』」
「……そして、ここにポーズの図解があります」
「図解!?」
エリオットが、私が描いた恥ずかしいポーズのイラストを掲げた。
片手を天に掲げ、もう片方の手を地面に向けた、いわゆる「中二ポーズ」だ。
「これが、詠唱フォームだそうです」
会場が爆発した。
「素晴らしい!」
「芸術だ!」
「ルナ・アルケミ、天才!」
フローラン教授が立ち上がった。
「これは……魂の錬金術詩だ!図書塔殿堂入りに推薦する!」
「推薦します!」
「私も!」
次々と教授たちが手を挙げた。
「ちょっと待って!殿堂入りって何!?」
私の叫びは、再び無視された。
「では、『魂の錬金術詩』として、図書塔に永久保存することに決定しました!」
ミスト先生が優雅に宣言した。
「永久保存ォォォ!?」
私は崩れ落ちた。
イベント終了後、私はエリオットに詰め寄った。
「エリオット!なんであのノートを!」
「本当にすみません……資料整理の時に、間違えて自分の鞄に……」
彼は心底申し訳なさそうだった。
「でも、ルナさん」
カタリナが優雅に微笑んだ。
「あの恥ずかしいポーズは……」
「あれは詠唱フォームよ!!」
私は叫んだ。
「詠唱の際に、魔力の流れを整えるための……」
「はいはい、わかりましたわ」
カタリナが苦笑する。
「でも、みんな感動してたよ♪」
フランがケラケラ笑いながら言った。
「ルナっちの中二ポエム、マジで最高だった♪」
「中二ポエムって言わないで……」
「ルナ先輩、素敵でした」
エミリまで目を輝かせている。
「もう、誰も味方がいない……」
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんだけが、優しく頭を撫でてくれた。
その夜、図書塔の特別展示コーナーに、私の『中二錬金詠唱大全』が飾られた。
「黒歴史が、公式記録になってしまった……」
私は項垂れた。
「お嬢様、元気を出してください」
セレーナが慰めてくれた。
「でも、多くの人に感動を与えたのは事実です」
「感動って……」
「それに」
セレーナが微笑んだ。
「お嬢様の純粋な気持ちが、あのノートには詰まっていたのではありませんか?」
「純粋な気持ち……」
確かに、あのノートを書いていた頃は、ただただ錬金術が楽しくて、かっこいい詠唱を考えたくて、夢中になっていた。
「……まあ、そうかもね」
少しだけ、気持ちが楽になった。
「ピューイ」
「ふみゅ♪」
ハーブとふわりちゃんも、応援してくれている。
翌日、学院中で『魂の錬金術詩』が話題になった。
「ルナ先輩、サインください!」
「詠唱フォーム、教えてください!」
後輩たちが押し寄せてくる。
「ちょっと、待って……」
「ルナさん、人気者ですわね」
カタリナが楽しそうに笑った。
「笑わないでよ……」
でも、みんなの笑顔を見ていると、少しずつ恥ずかしさも薄れていった。
「まあ、いいか」
私も笑った。
黒歴史も、誰かの笑顔に繋がるなら、それはそれで価値があるのかもしれない。
「次の読書週間では、もっとまともなものを発表します!」
私が宣言すると、みんなが笑った。
「楽しみにしていますわ」
「期待してます♪」
「頑張ってください、ルナ先輩」
温かい言葉に包まれて、私は前を向いた。
空を見上げると、青空が広がっていた。
「さて、今日も実験しよっと」
「お嬢様、今度は爆発させないでくださいね」
セレーナの言葉に、私は笑った。
「善処します」
「それ、爆発する前提ですわね……」
賑やかな日常が、また始まる。
そう思うと、胸が温かくなった。




