第244話 魔物の言葉と古代の詩
「Tri-Order」に、新たな調査依頼が舞い込んだのは、朝のことだった。
「言葉を持つ魔物、ですか?」
エリオットが依頼書を読み上げた。私たちは、学院の一室で定例会議を開いていた。
「ええ。ギルドマスターからの直々の依頼ですわ」
カタリナが紅茶を優雅に飲みながら答える。
「場所は、王都から北東に三日ほどの『古代の森』。最近、旅人が奇妙な歌声を聞いたそうですの」
「歌声……」
私は興味をそそられた。魔物との意思疎通は私の特技だけど、言葉として発する魔物は珍しい。
「ふみゅ?」
肩の上のふわりちゃんも興味津々だ。ポケットの中のハーブは、「ピューイ?」と首を出した。
「危険度は?」
「低、とされています。攻撃的な行動は一切見られないそうですわ」
「なら、行ってみる価値はありそうですね」
エリオットが眼鏡を押し上げた。
「古代の森……もしかすると、古代文明の遺跡が近くにあるかもしれません」
「それは調査しがいがありますわね」
こうして、私たちは『古代の森』へ向かうことになった。
三日後、私たちは森の入り口に立っていた。
「……深い森ですわね」
カタリナが杖を構えながら呟いた。
森は鬱蒼としていて、木々の隙間から漏れる光が幻想的な雰囲気を作り出していた。
「気配を探ってみます。『探知の魔法』!」
カタリナの魔法が、森全体に広がった。
「……東の方角に、魔力の反応がありますわ」
「行ってみましょう」
エリオットが先導する形で、私たちは森の奥へ進んだ。
歩くこと一時間。
突然、美しい音色が聞こえてきた。
「これは……歌?」
「いえ、詩のような……」
その声は、確かに言葉を紡いでいた。しかし、どの言語でもない、不思議な響きだった。
「ルナさん、聞き取れますか?」
「うん、ちょっと待って……」
私は魔物との意思疎通能力を最大限に高めた。
すると、音の意味が、少しずつ理解できるようになってきた。
『星は落ち、月は沈み……』
『王国は終わりを迎えた……』
『だが、祈りは永遠に……』
「……これ、王国の話をしてる」
「王国?」
エリオットが目を見開いた。
「はい。何か、王国が終わることについて歌ってる……いえ、祈ってるような感じです」
「祈り……ですか」
カタリナが真剣な表情になった。
「記録しましょう。『音声記録の魔法』!」
カタリナの魔法陣が展開され、音声が魔法的に保存されていく。
声の方へ近づくと、そこには奇妙な魔物がいた。
鹿のような体に、透き通った翼。頭部には古代文字のような模様が浮かび上がっている。
「美しい……」
カタリナが息を呑んだ。
魔物は私たちに気づくと、歌を止めた。
「ふみゅ……」
ふわりちゃんが優しく鳴いた。すると、魔物は警戒を解いたようだった。
「こんにちは」
私が優しく話しかけると、魔物は首を傾げた。
そして、再び歌い始めた。
『旅人よ、聞きたまえ……』
『遠い昔、ここには偉大な王国があった……』
『セレナ王国と呼ばれし地……』
「セレナ王国……?」
エリオットが何かに気づいたように声を上げた。
「まさか……」
彼は鞄から、古い書物を取り出した。
「この詩は……」
エリオットがページをめくる。
「古代詩文の一節と、酷似しています」
「本当ですの?」
カタリナが覗き込んだ。
魔物の歌は続く。
『王は善良で、民は幸せだった……』
『だが、ある日、天が怒り……』
『大地が裂け、炎が降り注いだ……』
『王国は一夜にして滅んだ……』
「……天災、でしょうか」
エリオットが呟いた。
「この詩は……王国の終焉を語っています」
魔物は、私たちを見つめながら歌い続けた。
『だが、最後の祈りは残った……』
『この森に、この歌に……』
『いつか誰かが聞いてくれることを信じて……』
歌が終わると、魔物は静かに頭を下げた。
「……ありがとう」
私が言うと、魔物は優しく微笑んだように見えた。
「ピューイ……」
ハーブも感動したように鳴いた。
「記録として残す価値がありますわね」
カタリナが真剣な表情で言った。
「論文化を提案しますわ。『古代セレナ王国の祈り - 失われた王国の記憶を継ぐ魔物の研究』……というタイトルはいかがですか?」
「素晴らしいです」
エリオットが頷いた。
「私も、古代文献との照合を担当します」
「じゃあ、私は魔物との意思疎通部分を書くね」
こうして、私たちの新しい研究が始まった。
森を出る前、魔物がもう一度歌ってくれた。
今度は、祈りではなく、感謝の歌だった。
『旅人よ、ありがとう……』
『我が歌を聞いてくれて……』
『王国の記憶を、後世に伝えてくれて……』
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが、魔物に向かって優しく光を放った。浄化の光だ。
魔物の体が、ほんのりと輝いた。
「……浄化されましたわね」
「うん。きっと、長い間、王国の記憶を背負って生きてきたんだと思う」
「それが、今日解放されたのですね」
エリオットが優しく微笑んだ。
王都に戻ると、私たちはすぐに論文の執筆に取り掛かった。
カタリナの部屋で、三人が資料を広げる。
「まず、魔物の生態から記述しましょう」
「次に、歌の内容と、古代文献との照合」
「最後に、セレナ王国についての考察」
私たちの議論は、夜遅くまで続いた。
「……この部分、もう少し詳しく書いた方が良いですわね」
「ここは、図を入れましょう」
「音声記録も、論文に添付します」
数日後、論文が完成した。
『古代セレナ王国の祈り - 失われた王国の記憶を継ぐ魔物の研究』
著者:ルナ・アルケミ、カタリナ・ローゼン、エリオット・シルバーブルーム
王立魔法学院に提出すると、校長が驚いた表情で読み始めた。
「これは……素晴らしい」
「ありがとうございます」
私たちが揃ってお辞儀をした。
「セレナ王国については、ほとんど記録が残っていなかったのです。それが、魔物の記憶として残っていたとは……」
校長は感激していた。
「この論文は、学院の図書館に永久保存しましょう。それと……」
校長が微笑んだ。
「王国にも報告します。きっと、歴史学者たちが喜びますよ」
その後、私たちの論文は学術界で高い評価を受けた。
「Tri-Order」の名前も、少しずつ知られるようになってきた。
「次の調査は何にしましょうか?」
エリオットが聞いてきた。
「そうですわね……最近、西の山脈で不思議な光が目撃されているそうですわ」
「光……魔物かな?」
「可能性は高いですわね」
私たちは、また新しい冒険へ向かう準備を始めた。
その夜、私は屋敷のバルコニーで星を見上げていた。
「セレナ王国か……」
失われた王国の祈り。それを、今日まで歌い続けていた魔物。
「すごいよね、ハーブ」
「ピューイ」
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんとハーブも、しみじみとした様子だ。
「私たちの研究が、誰かの記憶を後世に伝える手助けになったんだ」
それは、とても意義のあることだと思った。
錬金術も、魔法も、ただの力じゃない。
誰かの想いを、後世に伝えるための手段なんだ。
「これからも、頑張ろうね」
「ピューイ!」
「ふみゅ!」
星空の下、私たちは静かに誓った。
失われた記憶を、これからも探し続けることを。
そして、それを後世に伝えることを。
「お嬢様、夜風が冷えますよ」
セレーナが温かいブランケットを持ってきてくれた。
「ありがとう、セレーナ」
「今日の調査、お疲れ様でした」
「うん。とても、良い経験だったよ」
セレーナが優しく微笑んだ。
「お嬢様は、本当に魔物思いですね」
「だって、魔物も生きてるんだもん。想いも、記憶もある」
「素敵な考え方です」
ブランケットに包まりながら、私はもう少し星を眺めていた。
明日からも、きっと新しい発見が待っている。
そう思うと、胸が高鳴った。
「おやすみ、ハーブ、ふわりちゃん」
「ピューイ〜」
「ふみゅ〜」
穏やかな夜だった。




