第243話 侯爵令嬢、錬金術を語る
「カタリナさん、本日の特別講義、よろしくお願いいたします」
グリムウッド教授が丁寧に頭を下げた。
「こちらこそ、このような機会をいただき光栄ですわ」
カタリナが優雅に微笑む。今日は、彼女が「錬金術と魔法の融合理論」について特別講義を行う日だ。
私はというと、共同研究者として、カタリナのサポート役で壇上に立っている。
「ルナさん、緊張していますの?」
「うん、ちょっと。こういうの慣れてないから」
「大丈夫ですわ。いつも通りで構いませんのよ」
カタリナがそっと肩を叩いてくれた。
「ふみゅ〜」
肩の上のふわりちゃんも応援してくれている。ポケットの中のハーブは、既に眠っているようだ。「ピューイ……」と寝息が聞こえる。
講義室には、多くの学生たちが集まっていた。3-Aのクラスメイトはもちろん、他のクラスや学年からも聴講者が来ている。
最前列には、エリオットとフラン、エミリが座っていた。
「カタリナちゃ~ん、頑張って~♪」
フランが元気よく手を振る。
「カタリナ先輩、応援しています」
エミリも緊張した面持ちで見守っている。
「楽しみにしてます」
エリオットは相変わらず礼儀正しい。
教室の後ろには、モーガン先生とヒルテンズ先生も見学に来ていた。
「では、始めさせていただきますわ」
カタリナが杖を軽く振ると、美しい魔法陣が空中に浮かび上がった。その中心には、錬金術の基本図式が輝いている。
「本日お話しするのは、『錬金術と魔法の融合理論』について。特に、ルナさんと私が共同研究で発見した、相乗効果についてですわ」
カタリナの声は、いつもの優雅さに加えて、研究者としての確かな知性が滲み出ていた。
「魔法は『才能』と『魔力』に依存します。一方、錬金術は『知識』と『実験』に基づきます。この二つは、一見すると別々の体系に見えますが……」
カタリナが魔法陣を操作すると、図式が変化した。
「実は、相互に補完し合う関係にありますの」
「おお……」
学生たちから感嘆の声が上がった。
「例えば、ルナさんが開発した『友情促進薬』を見てみましょう」
カタリナが私に目配せした。私は空間収納ポケットから、サンプルの瓶を取り出した。
「この薬は、『絆の草』『信頼の石』『温かい水』を組み合わせて作られていますわ。錬金術としては、比較的シンプルな構成です」
カタリナが瓶を掲げると、淡い光が漏れた。
「しかし、ここに魔法を組み合わせるとどうなるか。ルナさん、お願いしますわ」
「うん。えっと……『共感の魔法』!」
私が簡単な魔法を唱えると、薬の光が強まった。
「このように、魔法を加えることで、錬金術の効果は飛躍的に向上しますの。逆に、錬金術で作られた触媒を使用することで、魔法の安定性も増しますわ」
カタリナが次々と図式を展開していく。その説明は論理的で、わかりやすく、そして美しかった。
「次に、実践例として、『魔力可視化薬』の調合過程を見ていただきますわ」
カタリナが錬金術の道具を取り出した。
「『光の花びら』『透明な水晶』『魔力の結晶』……これらを正確な比率で混ぜ合わせます」
彼女の手つきは優雅でありながら、一切の無駄がない。まるでピアノを奏でるような、流れるような動きだ。
「そして、魔法で固定します。『安定の魔法』!」
淡い光が材料を包み込んだ。材料が溶け合い、美しい青い液体が完成した。
「完成ですわ」
会場から拍手が起こった。
「すげー♪マジでプロじゃん♪」
フランが感激している。
「さすがカタリナ先輩……」
エミリも目を輝かせていた。
カタリナが講義を続けようとした、その時だった。
「待ったあああああ!」
講義室の扉が勢いよく開いた。
入ってきたのは、カラフルな服を着た陽気なおじさん……副校長メルヴィン・フェスティバル卿だ。
「メルヴィン副校長……?」
グリムウッド教授が困惑した表情を浮かべた。
「カタリナ嬢!素晴らしい講義じゃ!じゃが!」
副校長が壇上に駆け上がってきた。
「エンタメ性が足りん!」
「……は?」
カタリナの優雅な表情が、一瞬固まった。
「学問は大事じゃ!だがな、聴衆を楽しませることも大事なんじゃ!もっと派手に!もっとショーのように!」
副校長が大げさな身振りで叫ぶ。
「……副校長」
カタリナが静かに、しかし毅然とした声で言った。
「学問にこそ、美しさがありますの」
「ほう?」
「派手な演出は必要ありません。真実を追求し、それを正確に伝える。それこそが、学者としての美学ですわ」
カタリナの目が、凛と輝いていた。
会場が静まり返った。
「ふむ……」
副校長が顎に手を当てた。
「じゃが、少しくらいは……」
「それに」
カタリナが続けた。
「ルナさんの実験は、十分すぎるほどエンタメ性に溢れていますわ」
「え?私?」
「ええ。爆発、変色、予想外の事態……これ以上のエンタメがありますか?」
「……爆発は、エンタメですか?」
私が素朴な疑問を口にすると、会場が爆笑に包まれた。
「ルナさん……天然ですわね」
カタリナが苦笑する。
「あー、ルナっちマジで可愛い♪」
フランがケラケラ笑っている。
「突っ込みが追いつきません……」
エリオットが頭を抱えた。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも楽しそうだ。
「なるほど……」
副校長が満足そうに頷いた。
「確かに、ルナ嬢の実験は毎回が祭りじゃからな!よし、認めよう!カタリナ嬢の美学を!」
「ありがとうございますわ」
カタリナが優雅にお辞儀をした。
副校長が退場した後、講義は無事に再開された。
カタリナは、錬金術と魔法の融合による可能性を、次々と示していった。『魔力鎮静薬』の応用例、『魔物感知薬』の改良案、そして私たちが最近取り組んでいる、時空間錬金術の理論的考察……。
「……ただし、時空間錬金術は非常に危険ですので、ルナさんは現在、実験を封印していますわ」
「はい。爆発しすぎたので」
「爆発しすぎた、って表現が怖いんですけど♪」
フランが突っ込む。
「でも、理論自体は確立されつつありますの。いつか、安全に実用化できる日が来ると信じていますわ」
カタリナの言葉には、確かな希望が込められていた。
質疑応答の時間になった。
「カタリナさん、質問です」
エリオットが手を挙げた。
「古代技術と、現代の錬金術の関連性について、どうお考えですか?」
「良い質問ですわね、エリオット」
カタリナが微笑んだ。
「古代技術は、私たちが想像する以上に発達していた可能性がありますわ。特に、魔物生命模倣技術などは……」
カタリナとエリオットの間で、高度な議論が交わされた。周りの学生たちは、ついていくのに必死だ。
「あの二人、レベル高すぎ♪」
フランが呟いた。
「ルナ先輩も、すごいですよね……」
エミリが感心している。
「私は、ただの実験好きなだけだよ」
「それが天才なんですわ」
カタリナがさらりと言った。
講義が終わる頃には、学生たちの目が輝いていた。
「カタリナ先輩、めっちゃ勉強になりました♪」
「ありがとうございました、カタリナ様」
「素晴らしい講義でした」
次々と感謝の言葉が寄せられた。
「皆様のお役に立てて、光栄ですわ」
カタリナが優雅にお辞儀をする。
教室を出ると、モーガン先生が待っていた。
「カタリナさん、ルナさん、お疲れ様でした」
「いえ、こちらこそ貴重な経験をさせていただきました」
「また機会があれば、ぜひお願いしたいですね」
「喜んで」
カタリナが微笑んだ。
廊下を歩いていると、エリオットが追いかけてきた。
「カタリナさん、ルナさん、少しよろしいですか」
「どうされましたの、エリオット?」
「先ほどの講義で触れられていた、時空間錬金術の理論なのですが……もう少し詳しくお聞きしたいのです」
エリオットの目が真剣だ。
「良いですわよ。ルナさんも一緒に、お茶でもいかがですか?」
「うん、行く行く」
三人で学院のカフェテリアに向かった。
「ふみゅ〜」
「ピューイ」
ふわりちゃんとハーブも、お茶の時間を楽しみにしているようだ。
カフェテリアで、私たちは時空間錬金術について語り合った。エリオットの古代技術に関する知識と、私たちの実践経験が組み合わさって、新しい仮説がいくつも生まれた。
「なるほど……『時の砂』の結晶構造を変えることで、より安定した加速が可能になるかもしれませんね」
「ええ。ただし、『因果安定剤』の配合比率を調整する必要がありますわ」
「それなら、『砂漠の心』を触媒として使えば……」
私たちの議論は、尽きることがなかった。
気がつけば、外はすっかり暗くなっていた。
「あら、もうこんな時間ですの」
「すみません、長々と」
エリオットが謝る。
「いいえ、とても有意義な時間でしたわ」
カタリナが優雅に微笑んだ。
屋敷に戻ると、ハロルドが待っていた。
「お嬢様、今日の講義、大成功だったそうですね」
「噂が早い……」
「セレーナから聞きました」
セレーナが微笑みながら現れた。
「カタリナお嬢様の講義、素晴らしかったそうですね」
「ありがとうございます、セレーナ」
カタリナが嬉しそうに答えた。
「それにしても、副校長の乱入は予想外でしたわ」
「あれは……仕方ないよ」
私が苦笑すると、みんなも笑った。
「でも、カタリナが毅然と答えたのは、かっこよかったよ」
「まあ、ありがとうございますわ、ルナさん」
カタリナが少し照れたように微笑んだ。
その夜、私は日記に今日のことを書き留めた。
『カタリナの講義は、本当に素晴らしかった。知識と美学が融合した、完璧な講義だった。私も、いつかあんな風に、堂々と研究成果を発表できるようになりたいな』
ペンを置いて、窓の外を見た。
星空が、美しく輝いていた。
「ピューイ〜」
ハーブが眠そうに鳴いた。
「おやすみ、ハーブ」
明日からも、きっと楽しい日々が続くだろう。
錬金術と魔法と、そして大切な仲間たちと共に。
そう思いながら、私も眠りについた。




