第24話 トーマス君の失敗救済
「今日の実習は『浄化の万能薬』の調合です。この薬は毒消しから体調回復まで、幅広い効果があります」
モーガン先生の説明を聞きながら、クラス全員が材料を準備していた。
「『聖なる水』『解毒草の粉』『生命力回復液』『安定化剤』……」
私が材料を確認していると、隣の席のトーマス君が青い顔をしているのに気付いた。
「トーマス君、大丈夫?」
「あ、ルナ……実は昨日から体調が悪くて……」
確かに顔色が悪く、手も微かに震えている。
「無理しちゃダメよ。保健室に行った方がいいんじゃない?」
「でも今日の実習、成績に関わるから……」
トーマス君は真面目な性格で、いつも一生懸命授業に取り組んでいる。
でも今日の状態では、とても実験できそうにない。
「分かったわ。私が手伝う」
「え? でもルナが手伝うと……」
「失礼ね! 今日は絶対に爆発させないわよ」
そう宣言した時、カタリナとエリオットが心配そうに近づいてきた。
「ルナさん、トーマス君の具合が悪そうですわね」
「僕も気になっていました。顔色が……」
「みんなありがとう。でも大丈夫、ルナが手伝ってくれるから」
トーマス君が弱々しく微笑んだ。
「それでは調合を始めましょう」
モーガン先生の合図で、実習開始。
「トーマス君、座ってて。私がやるから」
私が鍋に『聖なる水』を注ぐ。透明な液体がキラキラと光っている。
「次は『解毒草の粉』……」
慎重に粉を加えると、水が薄い緑色に変化した。
「順調ですね」
エリオットが見守る中、私は次の材料を手に取った。
「『生命力回復液』を三滴……」
一滴、二滴、三滴——
——ポコポコ
軽く泡立ったが、爆発はしない。
「今のところ大丈夫ですわ」
カタリナも安心したようだ。
「最後に『安定化剤』を……」
瓶を傾けた瞬間、トーマス君が突然咳き込んだ。
「ゴホゴホッ!」
「トーマス君!」
驚いて振り向いた拍子に——
——ドボドボドボ
『安定化剤』を大量にこぼしてしまった。
「あ……」
——ブクブクブクブク
鍋が激しく泡立ち始める。
「やっぱり爆発パターンですわ……」
——ブクブクブクブクブク
泡がどんどん大きくなって、机の上に溢れそうになった。
「『泡消し薬』は……」
慌てて探していると、トーマス君が立ち上がった。
「ルナ、僕にやらせて」
「でも体調が……」
「大丈夫。これくらいなら何とかできる」
トーマス君が小さな瓶を取り出し、鍋に一滴だけ垂らした。
——シュ〜〜
泡がすっと収まった。
「すごい! 何を使ったの?」
「『緊急安定剤』だよ。こういう時のために常に持ち歩いてるんだ」
「準備が良いのね!よく失敗するの?」
「君ほどじゃないけどね」
トーマス君が苦笑いした。
泡が収まった鍋を見ると、薬は美しい青緑色に光っていた。
「あら、成功してますわ」
「本当ですね。良い色をしています」
エリオットとカタリナも感心している。
「でも何か普通の『浄化の万能薬』と違いますね」
確かに、他のクラスメートの薬は薄い緑色なのに、私たちのは青緑色で、微かにキラキラ光っている。
「『安定化剤』を多く入れすぎたから、効果が強化されたのかも」
トーマス君の分析を聞いて、私は閃いた。
「そうだ! トーマス君、この薬を飲んでみない?」
「え?」
「体調が悪いって言ってたでしょう? この薬なら効くかも」
「でも実習用の薬を飲むのは……」
「大丈夫よ。材料も作り方も正規のものだから」
私の提案に、トーマス君が悩んでいると——
「私が飲みますわ」
カタリナが手を伸ばした。
「カタリナ!」
「効果と安全性を確認してから、トーマス君に飲んでもらいましょう」
カタリナが小さなカップに薬を注いで、一口飲んだ。
「味は……少し苦いですが、薬草茶のようですわ」
しばらく様子を見ていると——
「あら? 体が軽やかになりました。それに頭もすっきりと……」
「効果があるのね!」
「はい、とても良い感じですわ」
カタリナの報告を聞いて、トーマス君も薬を飲むことにした。
「じゃあ、少しだけ……」
恐る恐る一口飲むと——
「あ……」
トーマス君の顔に血色が戻ってきた。
「どう?」
「すごい……体調がすっかり良くなった。さっきまでの怠さが嘘みたい」
「やったね!」
喜んでいると、モーガン先生が近づいてきた。
「皆さん、どうしました? 随分と盛り上がっていますが」
「先生、『浄化の万能薬』が強化版になったんです」
私が事情を説明すると、先生が薬を調べてくれた。
「確かに……通常の三倍ほど効果が向上していますね。何をしたのです?」
「『安定化剤』を多めに入れたんです」
「偶然でしたが、良い結果になりました」
トーマス君がフォローしてくれる。
「これは面白い発見ですね。レポートにまとめてください」
先生も興味深そうに言った。
昼休みに中庭でお弁当を食べながら、今朝の実験の話をしていた。
「トーマス君、本当に体調良くなったの?」
「ああ、おかげで午後の授業も集中できそうだ」
「良かったですわ」
カタリナも安心している。
「でも今日は珍しく爆発しなかったね」
「ルナの実験が爆発しなかったのは奇跡だ」
「失礼ね! ちゃんとコントロールしてるわよ」
みんなで笑っていると、エリオットが真剣な顔で言った。
「でも今日の実験で分かったことがあります」
「何?」
「ルナさんの失敗は、実は新しい発見への入口なんですね」
「どういう意味?」
「普通なら『安定化剤』を多く入れすぎれば失敗作になります。でもルナさんの場合、それが新しい効果を生み出した」
エリオットの分析を聞いて、私は考え込んだ。
「確かに……いつも失敗から面白いことが生まれるのよね」
「それはルナさんの観察眼があるからですわ。失敗を見逃さずに、そこから学ぼうとする姿勢が素晴らしいのです」
カタリナの言葉に、みんなが頷いた。
「ありがとう。でも今日成功したのは、トーマス君が助けてくれたからよ」
「僕は少し手伝っただけだよ」
「そんなことない。あなたの『緊急安定剤』がなければ、大失敗してたわ」
私がお礼を言うと、トーマス君が照れくさそうに笑った。
「今度は僕の実験も手伝ってもらえる?」
「もちろん! でも爆発するかもよ」
「それも含めて面白そうだ」
午後。
「今度は『植物成長促進薬』を作ります」
モーガン先生の新しい課題に、みんなでチームを組むことになった。
「今度は四人で協力しましょう」
「はい、お願いします」
トーマス君も元気に答えてくれる。
「私が材料の準備を」「僕は分量の計算を」「私は調合の監督を」「僕が仕上げを担当します」
役割分担を決めて、慎重に実験を開始。
「『成長の種粉』『栄養強化液』『日光エッセンス』『土壌改良剤』……」
みんなで協力して材料を準備する。
「今度は失敗しないように、慎重にいきましょう」
私が『成長の種粉』を加えると——
——キラキラ
薬が美しく光った。
「順調ですわね」
カタリナが『栄養強化液』を加え——
エリオットが『日光エッセンス』を慎重に垂らし——
最後にトーマス君が『土壌改良剤』で仕上げる。
——ポンッ
小さく光って、緑色の美しい薬が完成した。
「やった! 完璧!」
「みんなで協力すると、こんなに上手くいくのですね」
エリオットも満足そうだ。
「試してみましょう」
教室に置かれた小さな植木鉢に薬を一滴垂らすと——
——ニョキニョキ
芽が出て、あっという間に美しい花を咲かせた。
「すごい! 即効性がある!」
「これは優秀な出来ですわ」
モーガン先生も感心してくれた。
「チームワークの成果ですね。素晴らしい」
放課後
「今日は充実した一日だったね」
帰り道でトーマス君が言った。
「本当ですわね。友達と協力すると、こんなに良い結果になるなんて」
「一人でやるより、みんなでやる方が楽しいし、勉強になる」
エリオットも同感のようだ。
「また一緒に実験しましょう」
「今度は僕の家でやらない? 実験設備があるんだ」
トーマス君の提案に、みんなが賛成した。
「それは楽しそうですわ」
「でも爆発対策は必要ですね」
「失礼ね!」
みんなで笑いながら帰路についた。
今日は友情の大切さを学んだ一日だった。
一人で頑張るのも大切だけど、仲間と協力すればもっと素晴らしいことができる。
「明日も頑張りましょう」
新しい友情と、新しい発見への期待を胸に、私は家路を急いだ。
きっと明日も、素晴らしい一日になるだろう。