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第239話 兄弟再会

秋の深まった午後、ローゼン侯爵邸の応接室に、久しぶりに活気が満ちていた。


「カタリナ!本当に久しぶりだな!」


次兄のライネルが、爽やかな笑顔で私を抱きしめてくる。商人らしい動きやすい服装に身を包み、日焼けした顔は健康的だ。


「お兄様、お帰りなさいませ。お元気そうで何よりですわ」


「ああ、おかげさまでな。ライネル商会も順調だ。この半年、各地を回って、色々な商品を仕入れてきたよ」


ライネルは、ローゼン侯爵家の次男として生まれながら、家督を継ぐ立場にないことを逆手に取り、商人として独立した。今では「ライネル商会」という名で、各地を行商して回っている。


「本当に、ご立派になられましたわね」


「カタリナこそ、王立魔法学院で優秀な成績だと聞いているぞ。さすが俺の妹だ」


兄の言葉に、少し照れくさくなる。


「まあ、努力はしておりますわ」


応接室には、父アルフォンス・ローゼン侯爵とお母様も同席していた。お母様が優雅に微笑む。


「ライネル、あなたが無事に帰ってきてくれて、本当に嬉しいわ」


「母上、心配をかけて申し訳ありません。でも、見てください。今回は特別な商品を仕入れてきたんです」


ライネルが大きな袋を開けると、中には様々な珍しい香辛料や織物が詰まっていた。


「これは……東の国の香辛料ですか?」


私が目を輝かせると、ライネルが得意げに頷く。


「ああ、そうだ。それに、南の国の絹織物もある。これらを王都で売れば、かなりの利益になるはずだ」


父が満足そうに頷いた。


「ライネル、お前の商才は本物だな。よくやっている」


「ありがとうございます、父上」


話が一段落したところで、私は一つの提案を思いついた。


「ねえ、お兄様。実は、私からも一つ提案があるのですけれど」


「おや、何だ?」


「お母様が作られている薔薇ジャムを使って、新商品を開発するのはいかがかしら?」


その言葉に、室内の空気が変わった。


お母様が驚いたように目を見開く。


「私のジャムを……?」


「ええ。お母様のジャムは本当に美味しいですわ。それを、お兄様の商会で各地に広めれば、ローゼン家の名も、そしてお母様の薔薇園の素晴らしさも、もっと多くの人に知ってもらえると思うのです」


ライネルが真剣な表情になった。


「それは……面白いかもしれないな」


「でも、ただのジャムではつまらないですわ。錬金術を使って、特別な効果を付与したジャムを作るのです」


父が興味深そうに身を乗り出す。


「特別な効果とは?」


「例えば……心を落ち着かせる効果や、疲労回復の効果など。薔薇には元々、癒しの力がありますから、それを錬金術で増幅させるのです」


ライネルの目が輝いた。


「それは素晴らしいアイデアだ!そういう付加価値のある商品なら、貴族だけでなく、冒険者や商人にも売れるぞ!」


「ですわね。さっそく試作してみましょうか」


私は立ち上がり、お母様に向かって微笑んだ。


「お母様、ジャムの材料をお借りしてもよろしいかしら?」


「ええ、もちろんよ、カタリナ」


お母様が優しく頷く。



厨房に移動して、私は早速作業を始めた。


テーブルの上には、お母様が丹精込めて作った薔薇ジャムの瓶が並んでいる。深紅の薔薇から作られたジャムは、宝石のように美しい。


「まず、ジャムに『癒しの花粉』を混ぜ込みますわ」


錬金術用の道具を使い、慎重に花粉を計量する。これは、心身の疲労を癒す効果がある希少な材料だ。


「次に、『安らぎの露』を数滴……」


透明な液体を垂らすと、ジャムの表面にキラキラと光が走る。


「そして最後に、魔力を込めて……」


私の手から淡い光が放たれ、ジャム全体を包み込む。光がゆっくりと収束していくと、ジャムが柔らかなピンク色に輝き始めた。


「完成ですわ」


ライネルが驚いたように目を見開く。


「すごい……ジャムが光っている……」


「これは一時的なものですわ。光が消えた後も、効果はしっかり残っています」


と、その時だった。


「ふみゅ?」


どこからともなく、白いふわふわの生き物が飛んできた。


「あら、ふわりちゃん!?」


ルナさんのお友達である、あの愛らしい生き物が、窓から入ってきたのだ。手のひらサイズの真っ白な体、小さな翼、水色の瞳──破壊的な可愛さは健在だった。


「ふみゅみゅ〜」


ふわりちゃんが、錬金術ジャムの香りに誘われて、テーブルに降り立つ。


「ふわりちゃん、これは試作品で……」


止める間もなく、ふわりちゃんが小さな舌でジャムをペロリと舐めた。


すると──


「ふみゅぅぅぅぅ〜〜〜〜!!」


完全に昇天した。


小さな体が宙に浮き、くるんと回転しながら、幸せそうに目を閉じている。水色の瞳がとろんとして、長いまつげがぱたぱた動いている。


「こ、これは……」


ライネルが驚愕の表情で見つめている。


「効果が……予想以上ですわね」


私も少し驚いた。ふわりちゃんは、しばらく宙に浮いたまま、幸せそうに「ふみゅ〜〜〜」と鳴き続けている。


ジュリアが厨房に入ってきて、状況を見て目を丸くした。


「お嬢様、これは……」


「試作品の効果確認中ですわ」


「あの生き物、完全に恍惚としていますが……」


「ええ、でもこれは良い兆候ですわ。効果がしっかり出ている証拠ですもの」


ライネルが、恐る恐るジャムを一口味見した。


「……!!」


兄の表情が、驚きから感動へと変わっていく。


「これは……すごい。甘さと香りが絶妙で、そして……心が落ち着く。体の疲れが、すっと抜けていくような感覚だ」


「でしょう?」


「カタリナ、このジャム……世界を変えるかもしれない」


ライネルが真剣な表情で言った。


「冒険者たちは常に疲労と戦っている。商人も、長旅で体を酷使する。このジャムがあれば、彼らの生活が劇的に改善されるぞ」


お父様とお母様も厨房にやってきて、試作品を味見した。


お母様が優しく微笑む。


「カタリナ、素晴らしいわ。私のジャムが、こんなに特別なものになるなんて」


「いいえ、お母様。これはお母様の愛情があってこそですわ。私はただ、それを少し形を変えただけです」


お父様が満足そうに頷いた。


「ライネル、カタリナ。お前たち兄妹で、この商品を世に広めなさい。ローゼン家の名を、より高めるために」


「はい、お父様(父上)!」


ライネルと私は、同時に答えた。


「ふみゅ〜〜〜」


ふわりちゃんは、まだ宙に浮いたまま、至福の表情を浮かべている。


ジュリアが苦笑しながら、ふわりちゃんを優しくキャッチした。


「この子、相当気に入ったようですわね」


「ええ。ルナさんにも報告しないといけませんわね」


私はふわりちゃんを撫でながら、微笑んだ。



その後、私たちは具体的な商談を進めた。


「まず、王都の貴族向けに少量生産して、評判を確かめよう」


ライネルが提案する。


「それから、冒険者ギルドや商人組合にも売り込む。価格設定は……そうだな、高級品として扱おう」


「でも、あまり高すぎると手が届かない人が増えますわ」


「そうだな……じゃあ、小瓶と大瓶で価格を変えるのはどうだ?小瓶なら、一般の人でも手が届く」


「それは良い案ですわね」


ジュリアがメモを取りながら、冷静に提案する。


「お嬢様、ライネル様。商品の護衛も必要になります。希少な材料を使った高級品ですから、盗賊に狙われる可能性があります」


「そうだな……ジュリア、お前に護衛を頼めるか?」


ライネルが尋ねると、ジュリアが静かに頷いた。


「かしこまりました、ライネル様」


ジュリアは、メイドでありながら短剣二刀流の使い手でもある。彼女が護衛につけば安心だ。


「それでは、さっそく準備を始めましょう」


私が立ち上がると、ライネルが嬉しそうに笑った。


「カタリナ、お前と一緒に仕事ができて、本当に嬉しいよ」


「私もですわ、お兄様」


家族とは、共に歩むものですわ──そう心の中で呟きながら、私は兄の手を握った。


「ふみゅ〜」


ふわりちゃんが、ようやく正気に戻ったようで、私の肩に乗ってきた。まだ少しぼんやりとしているけれど、とても満足そうだ。


「ふわりちゃん、あなたも手伝ってくれるかしら?」


「ふみゅ!」


元気よく鳴く。


お母様が優しく微笑みながら、薔薇園を見つめた。


「私の薔薇が、こんな形で人々の役に立てるなんて……幸せだわ」


「お母様の愛情が、たくさんの人に届きますわ」


秋の陽光が、応接室に柔らかく差し込んでいる。


家族が揃って、新しい挑戦について語り合う──こんな時間が、何よりも大切なのだと、改めて感じた。


「さあ、明日から準備を始めよう!」


ライネルが拳を握る。


「ええ!ローゼン家の新商品、必ず成功させましょう!」


私も、決意を新たにした。


ふわりちゃんが「ふみゅ〜」と応援するように鳴く。


家族の絆、薔薇の香り、そして錬金術──それらが一つになって、新しい未来を切り開いていく。


私は、その未来がとても楽しみだった。


秋の午後は、温かな希望に満ちていた。

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