第237話 スライムレストラン新メニュー
ある日、私は魔王城のスライムレストランに招待された。
「お嬢様、今回は食べるだけですよね?実験はしませんよね?」
セレーナが念を押すように言う。
「もちろん!ただ新メニューの試食をするだけだよ!」
「……その『ただ』という言葉、全く信用できませんが」
「ひどい!」
肩に乗ったふわりちゃんが「ふみゅ?」と首を傾げている。ふわふわの白い毛が秋風に揺れて、とても愛らしい。
魔王城に到着すると、バルトルドが執事らしい完璧な所作で出迎えてくれた。
「ルナ様、ようこそいらっしゃいました。本日は秋の新メニューをご堪能いただきます」
「楽しみ!」
レストランに案内されると、既にセレスティアが優雅に席に座っていた。黒いドレスを纏い、背中の小さな黒い翼を広げている。紫の瞳が柔らかく微笑んでいる。
「ルナさん、いらっしゃい。今日は特別なメニューを用意したのよ」
「わぁ、どんなメニューなの?」
「秋限定の『踊茸のグラタン』よ。踊茸は魔王城の森にしか生えない珍しいキノコで、調理すると独特の香りと食感が楽しめるの」
テーブルの上には、虹色スライムたちがぷるぷると待機している。週に一回のスライムの魔法による高級レストラン級の料理は、今や魔王城の名物だ。
「それじゃあ、作っていただきましょうか」
セレスティアが合図すると、スライムたちが一斉に動き始めた。
ぷるぷるぷる〜ん!
魔法陣が浮かび上がり、空中に食材が現れる。踊茸は名前の通り、まるで踊っているかのようにくねくねと揺れている薄紫色のキノコだった。
「わぁ、本当に踊ってる……」
「ふみゅみゅ?」
ふわりちゃんも興味深そうに見つめている。
スライムたちが器用に調理を始める。踊茸を切り、ホワイトソースと和え、チーズをかけてオーブンへ。その動きは流れるようで、まるでプロのシェフを見ているようだ。
と、そこで私の錬金術師の血が騒いだ。
「ねえ、セレスティア。私も少し手伝っていい?」
「あら、もちろんよ。どんなアイデアがあるの?」
「えへへ、ちょっとした錬金術の応用で、もっと『踊る』グラタンにできると思うの!」
私は鞄から『動きの粉』と『安定の水』を取り出した。これを組み合わせれば、料理に動きを与えつつ、味は損なわずに済むはずだ。
「お嬢様、それは本当に大丈夫なんですか……?」
セレーナが不安そうな声を出す。
「大丈夫だよ!計算は完璧!」
そう言って、オーブンから出てきたばかりのグラタンに『動きの粉』をパラパラと振りかけ、『安定の水』を一滴垂らす。
すると──
ーーぐるぐるぐる〜〜〜!
グラタンが、皿ごと回転し始めた。
「えっ?」
「ふみゅ!?」
最初はゆっくりとした回転だったのが、どんどん速度を増していく。
ぐるんぐるんぐるん!
「あ、あれ?計算が……」
「お嬢様、止めてください!」
セレーナが叫ぶ。
だが、遅かった。
グラタンの皿が──跳ねた。
ーーぴょ〜〜〜ん!
「きゃあ!」
皿がテーブルから飛び上がり、まるでダンサーのようにクルクル回転しながら宙を舞う。チーズがとろ〜りと伸びて、虹色の光を放っている。
「こ、これは……」
セレスティアが目を丸くしている。
すると、他のグラタンも次々と跳ね始めた。
ーーぴょん! ぴょん! ぴょん!
レストラン中のグラタンが、まるでバレエを踊るかのように宙を舞い始める。
「わぁぁぁ!グラタンが飛んでる!」
「これは芸術作品か!?」
「いや、料理だろう!?」
客席がパニックになる。
「ふみゅみゅ〜〜〜!」
ふわりちゃんが興奮して、飛んでいるグラタンの一つに飛び乗った。そして、グラタンと一緒にクルクル回転し始める。
「ふみゅぅぅぅ〜〜〜〜!!」
完全に楽しんでいる。真っ白なふわふわの体がグラタンの上で回転し、水色の瞳がキラキラ輝いている。
「ふわりちゃん、危ない!」
私が手を伸ばすと、グラタンが私の手の中に飛び込んできた。温かくて、いい香りがする。そして──皿が私の手の中でくるくる回っている。
「え、えっと……」
どうすればいいのか分からず、固まっていると、バルトルドが何事もなかったかのように客席に向かって声をかけた。
「お客様、踊る皿は仕様でございます。どうぞ、空中でお楽しみください」
「仕様!?」
「そんな仕様あるか!」
客たちがツッコミを入れる。
だが、バルトルドは動じない。
「当レストランの秋限定メニュー『踊るグラタン』は、文字通り踊りながらお召し上がりいただく新感覚の料理でございます」
「す、すごい……」
「さすが魔王城レストラン……」
客たちが感心し始めた。中には「これは面白い!」と笑い出す人もいる。
セレスティアが優しく微笑みながら、飛んでいるグラタンの一つを優雅にキャッチした。
「これは……芸術ですね、ルナさん」
「えっ?あ、あの、これは失敗というか……」
「いいえ、素晴らしいわ。料理と錬金術の融合。踊茸が本来持つ『踊る』特性を、あなたの錬金術が最大限に引き出したのね」
セレスティアが一口食べると、目を細めた。
「美味しい……そして、口の中でもほんの少し動いている感覚がある。これは……新しい」
「本当に?」
私も恐る恐る、手の中のグラタンを一口食べてみる。
──美味しい。
濃厚なチーズとホワイトソース、そして踊茸の独特の食感と香り。さらに、口の中でほんのりと動く感覚が、不思議な楽しさを生み出している。
「わぁ……これ、美味しい!」
「ふみゅ〜〜〜!」
ふわりちゃんもグラタンと一緒に回転しながら、小さな口でもぐもぐしている。完全に幸せそうだ。
客たちも次々とグラタンをキャッチして食べ始めた。
「これはすごい!」
「踊りながら食べる料理なんて初めてだ!」
「子供が大喜びしてる!」
レストランは大盛況になった。
スライムたちもぷるぷると嬉しそうに揺れている。中には、グラタンと一緒に踊り出すスライムもいる。
ーーぷるぷる〜ん、くるくる〜!
「あはは、スライムたちも楽しそう」
「ええ、これは予想外の成功ね」
セレスティアが微笑む。
バルトルドが私のところに来て、深々とお辞儀をした。
「ルナ様、素晴らしいアイデアをありがとうございます。これは間違いなく、魔王城レストランの新たな名物になるでしょう」
「え、えっと……お役に立てて良かった。。。。。。でいいのかな?」
なぜか成功扱いになっている。
その後、レストランは『踊るグラタン』の噂で大賑わいになった。特に子供たちに大人気で、グラタンをキャッチするのが楽しいと評判になったのだ。
「ルナさん、ありがとう。あなたのおかげで、また魔王城が明るくなったわ」
セレスティアが優しく言う。
「え、あ……私は失敗しただけで……」
「失敗こそが、新しい発見の始まりよ。それに、みんなが笑顔になれたんだから、それは成功と言えるんじゃないかしら」
その言葉に、私の心が温かくなった。
「……そうね」
帰りの馬車で、セレーナがため息をついた。
「お嬢様、結局また何か起こしましたね」
「でも、今回は褒められたよ?」
「それはバルトルド様の機転のおかげです」
「うぅ……」
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが私の肩で満足そうに丸くなっている。どうやら、今日は大満足だったらしい。
後日談として、『踊るグラタン』は魔王城レストランの看板メニューとなり、予約が数か月先まで埋まる人気になった。さらに、「料理が踊る魔法のレストラン」として、魔王城の観光名所がまた一つ増えたのだった。
──錬金術って、本当に奥が深い。
そんなことを考えながら、私は次の実験の計画を立て始めるのだった。今度は何を作ろうかな?




