第235話 魔王城・秋の観光フェス
「ルナさん、今回の企画書を見てください」
セレスティアが魔王城の応接室で、分厚い書類を広げた。
魔王城に来るのは久しぶりだけど、相変わらず外壁は虹色に輝いていて美しい。
「秋の観光フェス?」
「はい。夏の虹色スライムレストラン、冬の癒しの泡温泉に続く、秋の新企画です」
セレスティアの目が輝いている。真面目な魔王様は、観光地経営にも本気だ。
「今回は『秋限定スライムスイーツ』を目玉にしたいと考えております」
「スライムスイーツ?」
「はい。栗、柿、さつまいもなどの秋の味覚をスライムに吸収させて、特別なスイーツを作る企画です」
「面白そう!」
「ふみゅ〜♪」
肩のふわりちゃんも賛成してくれている。
「それで、ルナさんに錬金術での調整をお願いしたいのですが……」
「任せて!」
私が元気よく答えると、セレスティアの表情が少し曇った。
「あの……今回は、慎重にお願いできますか?」
「もちろん!今回は失敗しないよ!」
「その言葉、何度聞いたことか……」
後ろでバルトルドが小さく呟いた。
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翌日、魔王城の地下にあるスライム飼育場に集合した。
「おおお!久しぶりだな、ルナ!」
エドガーが右手を押さえながら現れた。
「エドガー!来てくれたんだ!」
「当然だ!我が右手が、今回の任務を求めて疼いている!」
「また始まった……」
リリィがピンクの髪を揺らしながらため息をつく。
「ルナちゃん、久しぶり〜!また何か面白いことが起こりそうで楽しみだわ!」
「リリィちゃん、そういうこと言わないで……」
「わっはっは!ルナちゃん、今回はどんな爆発が起こるのかのう?」
マーリンが杖を突きながら笑っている。
「マーリンさん、爆発は起こさないよ!」
「本当に?」
ミラが疑わしそうな目で私を見る。
「本当だよ!」
「……信じられませんけど」
「ミラちゃん、もうちょっと信じてよ……」
「過去の実績が、ルナちゃんを信じることを許しませんわ」
確かに否定できない。
「それでは、作業を開始いたします」
セレスティアが大きな籠を運んでくる。中には秋の味覚がぎっしり詰まっていた。
栗、柿、さつまいも、かぼちゃ、きのこ類。
「すごい量だね!」
「今回は100体のスライムに吸収させる予定です」
「100体!?」
飼育場を見ると、確かに虹色スライムがたくさんぷるぷる揺れている。
「それでは、ルナさん。錬金術で秋の味覚を『吸収しやすい形』に変えていただけますか?」
「わかった!」
私は錬金道具を取り出して、材料を鍋に入れ始めた。
栗、柿、さつまいもを砕いて、特製の魔力水と混ぜる。
「火加減は弱火で……」
「ルナちゃん、本当に弱火で大丈夫かのう?」
マーリンが心配そうに覗き込む。
「大丈夫だよ!今回は慎重にやってるから!」
鍋の中がゆっくりと混ざり合い、オレンジ色の液体になっていく。
「うん、いい感じ!」
「次は『吸収促進剤』を加えますね」
セレスティアが小瓶を渡してくれる。
「これを数滴……」
慎重に数滴垂らす。すると、液体が少し泡立ち始めた。
「あれ?ちょっと反応が……」
「ルナさん、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫……たぶん」
「たぶん!?」
リリィが後ずさりする。
でも液体は落ち着いて、綺麗なオレンジ色になった。
「よし、完成!これをスライムに与えれば……」
その時だった。
鍋から甘い香りが立ち上り、スライムたちが一斉に反応したのだ。
「ぷるるるる!」
100体のスライムが、鍋に向かって突進してきた。
「うわああ!待って待って!」
「ルナちゃん、だから言ったじゃろう!」
マーリンが杖を振る。
「雷の壁!」
電撃の壁がスライムたちを阻む。でもスライムたちは止まらない。
「ぷるるるる〜!」
「やばい、止まらない!」
エドガーが剣を抜く。
「我が右手よ、今こそ力を解放せよ!縮地斬り!」
エドガーが高速でスライムの前に回り込むけど、スライムたちは液体をすり抜けて鍋に殺到した。
「あああ!鍋が!」
鍋が倒れて、オレンジ色の液体がスライムたちにかかる。
「ぷるるる……ぷるるるる……ぷるるるるるる!」
スライムたちの体が急激に膨れ上がり始めた。
そして次の瞬間。
スライムたちが栗の形に変形し始めたのだ。
「え?栗?」
「ぷるるる!」(栗型スライム)
100体の栗型スライムが、飼育場を転がり回り始めた。
「セレスティア、これって……」
「栗きんとん型スライムに進化しました……」
セレスティアが呆然としている。
「ぷるるる!ぷるるる!」
栗型スライムたちは転がりながら壁にぶつかり、さらに合体し始めた。
「合体してる!?」
「わっはっは!これは面白い!」
マーリンが笑っている。
「笑ってる場合じゃないわ!このままじゃ城中が栗だらけになるわよ!」
リリィが叫ぶ。
巨大化した栗型スライムは、もはや部屋いっぱいの大きさになっていた。
「ぷるるるるるる〜!」
「どうしよう……」
「ルナさん、何か方法は!?」
セレスティアが慌てて尋ねる。
「えっと……あ、そうだ!『砂漠の心』を使えば!」
私はポケットから『砂漠の心』を取り出した。バサーラサ王国から貰った秘宝だ。
「これを錬金術の触媒にして……」
『砂漠の心』を握りしめて、魔力を込める。
すると、秘宝から淡い光が放たれ、巨大栗型スライムを包み込んだ。
「ぷるる……?」
スライムの動きが止まる。
「効いてる!」
光は強くなり、やがてスライムの体が元の大きさに戻り始めた。
「ぷるる……ぷる……」
そして最後には、100体の小さな栗型スライムに分離した。
「やった!」
「ふみゅ〜!」
でも、栗型スライムたちは元のスライムには戻らなかった。
「あの……栗型のままなんだけど」
「まあ、これはこれで可愛いですね」
セレスティアが一匹を持ち上げる。
「ぷるる♪」
栗型スライムが嬉しそうに揺れている。
「わしの雷で焼き栗にしてやろうか?」
マーリンが杖を構える。
「ダメだよ!」
「冗談じゃ、冗談」
「それにしても、これは観光の目玉になりそうだわ!」
リリィが目を輝かせている。
「華麗なる栗狩り術で、栗型スライムを狩る体験とか?」
「それは栗狩りじゃなくてスライム狩りでは……」
「細かいことは気にしない!」
「我が右手も、この栗型スライムとの戦いを望んでいる!」
エドガーが右手を押さえながら言う。
「戦わなくていいから……」
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結局、栗型スライムは『栗きんとんスライム』として正式に商品化されることになった。
「触ると柔らかくて、ほんのり甘い香りがします」
セレスティアが満足そうに言う。
「食べられるの?」
「はい。スライムの一部を削ると、本物の栗きんとんの味がします」
「すごい!」
「しかも自己再生するから、無限に食べられます」
「それは画期的だね!」
「わっはっは!ルナちゃんの失敗が、また成功になったのう!」
マーリンが笑う。
「失敗じゃないよ!予想外の成功だよ!」
「同じことですわ……」
ミラがため息をつく。
こうして、魔王城の秋の観光フェスは『栗きんとんスライム狩り体験』として大成功を収めた。
来場者は栗型スライムと触れ合い、一部を削って栗きんとんを味わい、大満足で帰っていった。
「ルナちゃん、また面白いことになったわね!」
リリィが笑いながら言う。
「うん、でも今回は誰も被害を受けなかったからよかったよ!」
「それは確かに……」
「ルナさん、次回の企画も楽しみにしております」
セレスティアが微笑む。
「次回?」
「はい。冬には『雪見スライム大福』を企画しております」
「また何か起こりそう……」
エドガーが右手を押さえながら呟いた。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんだけは、栗型スライムと一緒に遊んで幸せそうだった。
「ぷるる♪」
栗型スライムもふわりちゃんが大好きみたいで、一緒にぷるぷる揺れている。
夕焼けに染まる魔王城を眺めながら、私たちは今日の成功(?)を祝って乾杯した。
「乾杯〜!」
「乾杯じゃ!」
「乾杯です!」
こうして、魔王城の秋の観光フェスは、栗型スライムと共に無事(?)に幕を開けたのだった。




