第234話 子供達と光の粒
「ルナっち〜♪今日はよろしくね〜♪」
フランちゃんが手を振りながら、光の園孤児院の門の前で待っていた。今日は孤児院の子供たちとの秋の遠足の日。カタリナとフランちゃんが企画して、私も誘ってくれたのだ。
「フランちゃん、おはよう!カタリナは?」
「カタリナっちならもう中にいるよ〜♪準備万端って感じ〜♪」
門をくぐると、孤児院の中庭で子供たちが元気に走り回っていた。
「お姉ちゃんたち〜!」
「今日は遠足だよね!」
子供たちが駆け寄ってくる。その中には、前に会った時よりも背が伸びた子や、新しく来た小さな子もいた。
「みなさん、おはようございます」
カタリナが優雅に手を振っている。その隣には……
「あ、エミリちゃん!」
「ルナ先輩!おはようございます!」
エミリが弓を背負って立っていた。
「エミリちゃんも来てくれたんだ!」
「はい!カタリナ様に誘っていただいて。それに、子供たちの笑顔を『測り目』で記録できたらって思って」
「素敵な考えだね!」
「ふみゅ〜♪」
私の肩に乗っているふわりちゃんを見て、子供たちの目が輝いた。
「わあ!白いふわふわ!」
「可愛い〜!」
「ふみゅ?」
ふわりちゃんが首を傾げると、子供たちから「きゃー!」という歓声が上がる。
「ふわりちゃん、今日は子供たちと一緒に遊ぼうね」
「ふみゅ♪」
「それでは、皆さん集合してください」
シスター・マルゲリータが優しい声で呼びかける。
子供たちは全部で15人。6歳から12歳くらいまでの子供たちが、わくわくした表情で並んでいる。
「今日は王都郊外の『秋色の森』まで遠足に行きます。みんな、お約束を守って楽しく過ごしましょうね」
「はーい!」
子供たちの元気な返事が響く。
「それでは、出発しますわ」
カタリナが先頭に立ち、私たちは孤児院を後にした。
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王都郊外への道を歩きながら、私はふと気配を感じた。
(誰かついてきてる?)
後ろを振り返ると、街路樹の影にちらりと人影が見えた。
「ジュリアね」
カタリナが小声で呟く。
「やっぱり護衛についてるの?」
「ええ。こっそりと、ですけれど。子供たちの安全のためですわ」
カタリナが微笑む。
「カタリナっち、準備万端すぎ〜♪」
フランちゃんが感心したように言う。
「当然ですわ。子供たちを預かっている以上、万全の準備が必要です」
さすがカタリナ、抜かりない。
30分ほど歩くと、秋色の森の入り口に着いた。
「わあ!綺麗〜!」
子供たちが歓声を上げる。
森は文字通り「秋色」だった。赤、オレンジ、黄色、茶色。木々の葉が色とりどりに染まって、まるで絵画の中にいるみたい。
「ルナさん、あそこでお昼にしましょうか」
カタリナが森の中の開けた場所を指差す。
「うん、いい場所だね!」
私たちは開けた場所にシートを広げた。子供たちは早速、落ち葉を集めて遊び始めている。
「お姉ちゃん、見て見て!落ち葉の山!」
「すごいね!」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも子供たちの間を飛び回って、一緒に遊んでいる。
「可愛い〜!触ってもいい?」
「ふみゅ♪」
ふわりちゃんが子供の手のひらに降りると、子供たちが次々と集まってきた。
「私も触りたい!」
「僕も!」
「ふみゅみゅ〜〜〜」
ふわりちゃんが幸せそうに鳴いている。子供たちに囲まれて、本当に嬉しそうだ。
「ピューイ♪」
ハーブも私のポケットから顔を出して、子供たちを見ている。
「あ、ウサギさんもいる!」
「可愛い〜!」
ハーブも子供たちの人気者になっていた。
「さあ、お昼ごはんにしますわよ」
カタリナがお弁当を取り出す。
「わあ、カタリナお姉ちゃんのお弁当だ!」
「今日はサンドイッチですわ。たくさん作ってきましたから、みんなで食べましょうね」
「フランも手作りクッキー持ってきたよ〜♪」
フランちゃんが可愛らしい包みを開ける。
「私は……特製ブドウジュースを持ってきたよ!」
私がカバンから大きな瓶を取り出した瞬間。
「ルナさん、それは……」
カタリナの表情が少し曇る。
「アルケミ領の特製ブドウジュースだよ!子供たちに飲んでもらおうと思って」
「ルナっち、それって前に……」
フランちゃんが何か思い出したような表情をしている。
「大丈夫大丈夫!今回は魔力回復薬とは混ぜてないから!」
「それでも不安しかありません……」
エミリが少し後ずさりする。
「みんな心配しすぎだよ〜」
私は瓶を開けて、コップに注ごうとした。
その時だった。
「わあ!リスさん!」
子供の一人が叫んで、私の近くを走り抜けた。
「きゃっ!」
バランスを崩した私は、瓶を取り落としてしまった。
「あ……」
瓶は地面に落ち、ブドウジュースがこぼれて広がっていく。
「あああ、せっかく持ってきたのに……」
がっかりしていると、こぼれたジュースから奇妙な現象が起こり始めた。
地面に触れた部分から、小さな光の粒が立ち上り始めたのだ。
「え?」
光の粒はキラキラと輝きながら、ふわふわと空中に漂っている。
「ルナさん、これは……」
「前に実験室でも起こった現象だ!」
光の粒は消えることなく、どんどん増えていく。やがて、森の開けた場所全体が光の粒に包まれた。
「綺麗……」
子供たちが光の粒を見上げている。
「ルナっち、この光って……」
「浄化の光だよ。ティナから聞いたんだけど、心の澱みを洗い流して、魔法的な汚染を取り除く力があるんだって」
光の粒は子供たちの周りを優しく舞い、まるで子供たちを包み込むように漂っている。
「あったかい……」
「なんだか、心が軽くなる感じ……」
子供たちが光の粒に触れながら、不思議そうに呟く。
私は気づいた。
子供たちの表情が、さっきよりも明るくなっている。
孤児院の子供たちは、みんな色々な事情を抱えている。親を亡くした子、捨てられた子、貧困で育てもらえなかった子。
きっと、心の中には見えない澱みがあったはずだ。
でも今、光の粒に包まれた子供たちは、本当に幸せそうに笑っている。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
一人の小さな女の子が、私に抱きついてきた。
「え?」
「なんだかわからないけど、すごく嬉しい気持ちになった!」
「私も!」
「僕も!」
次々と子供たちが集まってくる。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いている。
「ルナさん……」
カタリナが目に涙を浮かべていた。
「これは……素晴らしいですわ。子供たちの心が、本当に浄化されていますわね」
「カタリナっち……」
フランちゃんも涙をこらえている。
「ルナ先輩……」
エミリが『測り目』を発動させて、子供たちの笑顔を記録している。その目にも涙が浮かんでいる。
光の粒は15分ほど続き、最後はゆっくりと消えていった。
でも、子供たちの笑顔は消えなかった。
「お姉ちゃんたち、ありがとう!」
「今日は最高の遠足だよ!」
子供たちが口々に言う。
「ふふ、よかった」
私も嬉しくなって、思わず笑顔になる。
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お昼ごはんを食べながら、子供たちは楽しそうにおしゃべりをしていた。
「ねえねえ、あの光は魔法なの?」
「うん、一種の魔法かな。浄化の光っていうんだよ」
「すごい!僕も魔法使いになりたいな!」
「私も!」
子供たちの目が輝いている。
「みんな、頑張れば魔法使いになれるよ」
「本当!?」
「本当だよ。魔法学院に入るには勉強が必要だけど、シスターが教えてくれるでしょ?」
「うん!」
「それに、カタリナお姉ちゃんとフランお姉ちゃんも、週に何回か来て教えてくれるしね」
「そうですわ。みんなが一生懸命勉強すれば、きっと夢は叶いますわよ」
カタリナが優しく微笑む。
「フランも応援するよ〜♪みんな、超頑張ってね〜♪」
フランちゃんがサムズアップする。
「はーい!」
子供たちの元気な返事が森に響いた。
遠くの木陰から、ジュリアが微笑んでいるのが見えた。
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遠足の帰り道、子供たちは疲れた様子もなく、元気に歌を歌いながら歩いていた。
「♪秋の森は綺麗だな〜、光の粒が舞うんだな〜♪」
「みんな、本当に楽しそうですわね」
カタリナが満足そうに言う。
「うん!今日は来てよかった」
「ルナっち、また何か面白いこと起こるかもって思ったけど〜♪今回は良い方向だったね〜♪」
「フランちゃん、私をなんだと思ってるの……」
「だって、ルナっちが関わると、必ず何か起こるじゃん〜♪」
確かに否定できない。
「ルナ先輩、今日の子供たちの笑顔、しっかり記録できました!」
エミリが嬉しそうに報告してくれる。
「ありがとう、エミリちゃん!」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも満足そうに私の肩で丸くなっている。子供たちに囲まれて、本当に幸せだったみたい。
「ピューイ」
ハーブもポケットの中で満足そうにしている。
孤児院に戻ると、シスター・マルゲリータが迎えてくれた。
「お帰りなさい。みんな、とても楽しそうですね」
「シスター!今日ね、光の粒が出てきて、すごく綺麗だったの!」
「それに、心が軽くなったの!」
子供たちが口々に報告する。
「まあ、それは素晴らしいですね」
シスターが私たちを見る。
「カタリナ様、フラン様、ルナ様。今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ楽しい時間を過ごせましたわ」
カタリナが優雅にお辞儀をする。
「また来るね〜♪みんな、勉強頑張ってね〜♪」
フランちゃんが手を振る。
「私も、また来ますね!」
私も手を振ると、子供たちが大きく手を振り返してくれた。
「お姉ちゃんたち、また来てね!」
「絶対だよ!」
「ふみゅ〜♪」
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孤児院を後にして、王都への帰り道。
「今日は良い一日でしたわね」
カタリナがしみじみと言う。
「うん。子供たちの笑顔が見られて、本当によかった」
「ルナっちの特製ブドウジュース、結果的には大成功だったね〜♪」
フランちゃんが笑う。
「でも、またこぼしちゃったんだけどね……」
「それが良かったのですわ。意図せず、素晴らしい結果になりましたわ」
「ルナ先輩らしいです!」
エミリも笑顔で言う。
「あはは……」
でも確かに、今日は本当に良い一日だった。
子供たちの心が浄化されて、笑顔が溢れて。
これからも、こういう幸せな時間を作れたらいいな。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも同じことを考えているみたいに、嬉しそうに鳴いていた。
夕焼けに染まる王都を眺めながら、私たちはゆっくりと家路についた。
こうして、孤児院の秋遠足と光の粒の一日は、温かい思い出と共に幕を閉じたのだった。




