第232話 王立魔法学院 体育大会③
「次の競技も盛大に行くぞおおお〜!」
メルヴィン副校長の声が学院の運動場に響き渡った。
「学問は大事!だが祭りはもっと大事じゃああ!」
「もはや恒例のセリフですわね……」
カタリナが隣で小さくため息をついた。
「でも次はどんな競技なんだろう?」
私がわくわくしながら尋ねると、カタリナの表情が曇る。
「ルナさん、去年のことを忘れたのですか?あの『即興ルール書き換え競走』を……」
「あ、あれは楽しかったよ!」
「楽しかったのはルナさんだけですわ!」
そんな会話をしている間に、副校長が最初の競技を発表した。
「第三種目!『重力反転障害物走』じゃあ!」
「……重力反転?」
エリオットが困惑した表情で繰り返す。
「そのままの意味じゃ!コース上に設置された『反転ゾーン』を通過すると、重力の向きが変わるのじゃ!上が下に、下が上に!天井を走ることもできるぞおお〜!」
観客席からどよめきが起こる。
「それでは全学年、各クラスから8名ずつ、スタートラインへ〜!」
私たち3-Aのメンバーも含めて、総勢72名がスタートラインに並ぶ。
「ルナっち〜♪一緒に頑張ろ〜♪」
フランちゃんが隣で手を振ってくれる。
「うん!でも重力反転って、どうなるんだろう……」
「よーい……スタート!」
一斉に走り出した瞬間、最初の「反転ゾーン」が青く光った。
「うわあああ!」
ゾーンに入った途端、私の体がふわりと浮き上がり、そのまま天井に向かって「落ちて」いく。いや、天井が地面になった?
「ふみゅ〜!?」
肩に乗っていたふわりちゃんも驚いて羽ばたいている。
天井に足をつけた瞬間、不思議な感覚に襲われた。今度は天井が地面で、元の地面が天井に見える。
「すごい!本当に天井を走れる!」
「ルナさん、感心している場合ですか!?」
カタリナの声が下……いや、上?から聞こえる。見ると、カタリナはまだ普通の地面を走っている。
天井を走りながら障害物を飛び越えていくと、次の反転ゾーンが見えた。
「また反転するのか!」
案の定、そのゾーンを通過すると、今度は横向きの重力になった。
「ええ〜!?壁を走るの!?」
壁に足をつけながら横向きに走る。これはこれで面白いけど、めちゃくちゃ難しい!
「くるくる回ってる人がいるぞ〜!」
観客席から笑い声が聞こえる。見ると、2-Cのある生徒が反転ゾーンを連続で通過してしまい、くるくる回転しながら進んでいた。
「あはは!あれは大変そう!」
でも笑っている場合じゃなかった。次の瞬間、私も別の反転ゾーンを踏んでしまい、今度は斜め45度の重力になった。
「うわわわ!変な角度〜!」
斜めに走るって本当に難しい。まるで坂道を登っているみたいだけど、視界は斜めだから気持ち悪い。
最終的にゴール前で重力が元に戻り、みんなふらふらになりながらゴールした。
「第三種目、終了〜!皆さんお疲れ様でしたあああ!」
「もうクラクラするよ〜」
「ルナさん、大丈夫ですか?」
カタリナが心配そうに駆け寄ってくれる。
「うん、大丈夫。でもちょっと目が回った」
「ふみゅ〜……」
ふわりちゃんも私の肩で小さくなっている。
---
「さあさあ!次の種目じゃ!『空中魔法陣リレー』!」
副校長が次の競技を発表すると、運動場の上空に大きな魔法陣が次々と浮かび上がった。
「ルールは簡単!空中の魔法陣をジャンプして渡りながら、リレー形式でゴールを目指すのじゃ!魔法陣に乗ると、次の魔法陣が出現する仕組みじゃあ!」
「空中を……ジャンプ?」
エミリが不安そうに私を見る。
「ルナ先輩、落ちたらどうなるんですか?」
「大丈夫じゃ!落ちても下には柔らかいクッション魔法陣があるから安全じゃあ!」
副校長がそう言うと、地面に巨大なふわふわのクッションが出現した。
「それでは各クラス全員参加!順番にスタートじゃあ!」
3-Aの最初の走者、トーマス君がスタートラインに立つ。
「頑張れ〜!」
「よーい……スタート!」
トーマス君が最初の魔法陣に飛び乗ると、次の魔法陣が少し離れた場所に出現した。
「おお、意外と簡単……うわっ!」
次の魔法陣に飛び移ろうとした瞬間、魔法陣が少し動いた。
「魔法陣が動くのか!」
「そうじゃ!魔法陣は常に動いているのじゃあ!タイミングが大事じゃぞ!」
トーマス君は何とか次の魔法陣に着地し、そのまま進んでいく。でも5つ目の魔法陣でバランスを崩し、下のクッションに落ちてしまった。
「あはは、ふわふわ〜」
クッションに落ちたトーマス君は笑いながら、再び魔法陣に挑戦する。
次々と走者が挑戦していく中、ついに私の番が回ってきた。
「ルナさん、頑張ってくださいまし!」
カタリナが応援してくれる。
「うん!行ってくるね!」
「ふみゅ!」
ふわりちゃんと一緒に最初の魔法陣に飛び乗る。
おお、意外と安定している。次の魔法陣が右斜め前に出現した。
「えい!」
ジャンプして着地。次の魔法陣は……上?
「上にあるの!?」
仕方ない、全力でジャンプ!
何とか着地できたけど、次の魔法陣はさらに上にある。
「どんどん高くなってる!」
「それがこの競技の醍醐味じゃあ!」
副校長の声が下から聞こえる。
ジャンプを繰り返していくうちに、どんどん高度が上がっていく。もう地面が遠い。
「これ、落ちたら怖いよ〜!」
「大丈夫ですわ、ルナさん!クッションがありますから!」
カタリナの声援を受けて、私は次の魔法陣にジャンプ。
そして最後の魔法陣からゴールの魔法陣まで、大きくジャンプ!
「やった!着地!」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いている。
「お見事じゃ、ルナ嬢!」
ゴール地点で副校長が拍手してくれた。
---
その後も、『魔法属性玉入れ』(火・水・風・土・光・闇の属性を持つ玉を、対応する色のカゴに入れる競技。属性を間違えると玉が爆発する)、『幻影迷路リレー』(走者が幻影の迷路を抜けてバトンを繋ぐ競技。迷路は常に変化する)など、次々と副校長らしいぶっ飛んだ競技が繰り広げられた。
そしてついに、最終種目の時間がやってきた。
「さあさあ!いよいよ最終種目じゃあ〜!」
メルヴィン副校長が両手を広げる。
「最終種目は……『全員大縄跳び・魔法陣ステージ』じゃあああ!」
「大縄跳び?」
「ただの大縄跳びではないぞ!魔法で作られた巨大な縄を、各クラス全員で跳ぶのじゃ!そして縄を跳ぶたびに、足元の魔法陣が変化して、様々な効果が発動するのじゃあ!」
観客席から不安のどよめきが起こる。
「制限時間は10分!最も多く跳べたクラスの勝利じゃ!それでは、各クラス準備〜!」
私たち3-Aの24名全員が大縄の周りに集まった。
「みんな、頑張りましょう!」
カタリナが声をかける。
「おー!」
「よーい……スタート!」
縄が回り始めた。
「せーの!」
全員で一斉にジャンプ。
その瞬間、足元の魔法陣が光り、文字が浮かび上がった。
『次は二倍速で跳べ』
「ええ〜!?」
二回目のジャンプは、縄が倍の速さで回ってきた。
「速い速い!」
何とか全員で跳べたけど、次の魔法陣はさらに予想外だった。
『全員で歌いながら跳べ』
「歌!?何を歌えばいいの〜!?」
「♪今日は楽しい体育大会〜♪」
私が適当に歌い始めると、みんなも続いて歌ってくれた。
「♪みんなで一緒に頑張ろう〜♪」
すると不思議なことに、歌声に合わせて縄の回転がリズミカルになった。
「これ、歌った方が跳びやすい!」
次の魔法陣も次々と発動する。
『左足だけで跳べ』
『目をつぶって跳べ』
『手を繋いで跳べ』
「もう何が何だか〜!」
でもみんなで協力しながら、一つ一つクリアしていく。
そして最後の魔法陣が発動した。
『全クラス合同で跳べ』
「え?全クラス?」
その瞬間、他のクラスの大縄が消え、一つの巨大な縄に統合された。
「うわあ、全員で跳ぶの!?」
全学年、全クラスの生徒216名が一つの巨大な縄の周りに集まる。
「せーの!」
全員で一斉にジャンプ。
その瞬間、運動場全体が光り輝いた。
216人が同時に跳ぶ姿は、まるで一つの生き物みたいだった。
「すごい……」
観客席からも大きな歓声が上がる。
私たちは歌いながら、手を繋ぎながら、全員で大縄を跳び続けた。
そして制限時間いっぱいまで跳び続け、最後は全員で大きくジャンプしてフィニッシュ!
「やったあああ!」
全員が抱き合って喜ぶ中、副校長が壇上に立った。
「素晴らしい!これぞ真の学院精神じゃあ!今年の体育大会、総合優勝は……全員優勝じゃあああ!」
会場が大きな拍手に包まれる。
「それでは閉会式に移るぞおおお〜!」
---
閉会式で校長先生の挨拶が終わり、副校長が最後の挨拶に立った。
「皆の衆!今年も最高の体育大会じゃったあああ!」
その時だった。
運動場の中央に、突然巨大な虹色の花が咲き始めたのだ。
「え?何あれ?」
花はどんどん大きくなり、やがて花びらが開いて、中から無数の光の蝶が飛び出した。
「わあ……綺麗」
光の蝶は会場中を舞い、まるでダンスをしているみたいに優雅に飛び回る。
そして蝶たちは全員の頭上に集まり、一斉にキラキラと光を放った。
「これは……」
副校長が感激して涙を流している。
「来年はもっと盛大に……」
「それは勘弁してあげてよ〜!」
私は苦笑いしながら答えた。
光の蝶はゆっくりと空に舞い上がり、最後は虹色の光となって消えていった。
「今年も素晴らしい体育大会でしたわね」
カタリナが微笑んで言う。
「うん!そうだね!」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴いていた。
こうして、私たち3年生の王立魔法学院史上最もアクロバティックな体育大会は、虹色の光と共に幕を閉じたのだった。




