第230話 王立魔法学院 体育大会①
「さあ皆の衆!今年も始まるぞおおお!」
副校長メルヴィン・フェスティバル卿の声が学院の空に響き渡る。
去年は「呪文早口リレー」で学院全体がカオスに陥ったというのに、今年もあのカラフルな衣装で登場している。これは悪い予感しかしない。
「今年の第一種目は『魔法バトンリレー・エクスプロージョン』じゃあああ!」
グラウンドには、9つの走路が引かれていた。各学年3クラスずつ、合計9チームが同時にリレーを行うということか。
「ルール説明じゃ!」メルヴィン卿がマントをひるがえす。「4人1チームのリレー形式。各チームから学年順に走者が出走する。ただし、バトンを渡す際に、『魔法の色』が変わるのじゃ!」
「どういう意味ですか?」カタリナが質問を上げる。
「バトンを受け取った走者は、そのバトンの色に応じた魔法を発動させながら走る!赤いバトンなら『炎魔法』、青いバトンなら『水魔法』……といった具合にな!」
つまり、自分の得意魔法ではなく、バトンの色で決められた魔法を使いながら走る、ということだ。
「そして、もう一つ!」メルヴィン卿が両手を広げる。「魔法の効果が自分に影響することもあるのじゃあ!たとえば、炎魔法で体が燃え上がったり、水魔法で体が重くなったり……その中で如何にして走るか!それが真の体育大会の醍醐味じゃ!」
観客席からは、期待に満ちた歓声が上がる。
「ルナさん……これは……」カタリナが疲れた顔で私を見つめる。
「楽しそうじゃない?」
「いいえ。これは悲劇の予感ですわ」
確かに、昨年の経験から言えば、この競技は絶対に何かが起こる。
各クラスから4名ずつが選ばれ、走路につく。3年生Aクラス(私たちのクラス)は、私、カタリナ、エリオット、トーマス君が選ばれた。
1年生から順番に出走することになっている。
ピストルの代わりに小さな花火がパンと鳴り、各走路の1年生たちが一斉に駆け出した。
1年生Aクラスの最初の走者がバトンを握っている。バトンは明るい黄色だった。
「『光魔法』ですね!」グリムウッド教授が興奮気味に叫ぶ。
1年生の男の子が走り始めた瞬間、彼の体から眩いばかりの光が放出される。
「あ、あああああ!」
彼の体は光に包まれ、まるで人間花火のように光の粒を撒き散らしながら走る。確かに美しいが、本人は完全にパニック状態だ。
なんとか最初の中継地点に到着すると、別の1年生がバトンを受け取った。このバトンは深緑色だ。
「『樹木魔法』か『大地魔法』ですね」
次の走者が走り出した瞬間、彼の足元から草が生え始める。それもかなりのスピードで。
「わわわわわ!」
彼は草に絡まりながらも、必死に走り続ける。観客席から笑い声が上がっている。
1年生Bクラスの走者がバトンを受け取った。このバトンは黒色だった。
「あ、黒……」
グリムウッド教授の表情が硬くなる。
走者が走り出した瞬間、彼の周りに黒い霧が立ち込める。
「見えない!前が見えないよ〜!」
彼は霧の中を懸命に走っているが、明らかに方向がズレている。隣の走路に突っ込みそうになり、危うく他の走者と衝突しかけた。
「大丈夫でしょうか?」セレーナが観客席で心配そうに呟く。
なんとか霧から脱出した走者は、でたらめな方向に走っており、明らかにタイムが悪い。
そして、1年生Cクラスの走者がバトンを受け取った。このバトンはピンク色だ。
「『愛と調和の魔法』ですね!」グリムウッド教授が目を輝かせる。
走者が走り出した瞬間、彼の周りに、キラキラとした光と花びらが舞い上がる。
「きれい〜!」観客席から歓声が上がる。
彼の走りは優雅で、まるでバレエダンサーのようだ。タイムも悪くない。
次は2年生たちの番だ。
2年生Aクラスの最初の走者がバトンを握っている。バトンは真っ赤だった。
「『炎魔法』ですね!」
走者が走り出した瞬間、彼の体が炎に包まれる。だが、この火は熱くないようで、彼は平気な顔で走っている。
「オッケー!」彼は余裕の表情で走る。
観客席からも拍手が上がっている。
2年生Bクラスの走者がバトンを受け取った。このバトンは紫色だ。
「『神聖魔法』か『浄化魔法』ですね」
走者が走り出した瞬間、彼の周りに淡い光の波動が放出される。
「あ、体が……軽い!」
彼は驚嘆しながらも、普段より速いペースで走り始める。
「これはいい効果だ」
グリムウッド教授が呟く。
2年生Cクラスの走者がバトンを受け取った。このバトンは灰色だった。
「『重力魔法』ですね。大変だ」
走者が走り出した瞬間、彼の体が急激に重くなる。まるで、体に鉛が詰められたかのような重さだ。
「うう……」
彼は一歩一歩、踏ん張りながら走る。速度は著しく低下しているが、彼は必死に走り続ける。
やっとのことで2年生の走者交代が終わった。
そして、ついに3年生たちの番が来た。
私たちのクラスは、私が最初の走者だ。
私はバトンを握りしめ、スタートラインに立つ。
ゴングが鳴る。
私たちは一斉に走り出した。
あら?手に握っているバトンの色は何色だったっけ?
走り出した瞬間、私の足元から真っ青な水が噴き出した。
「あああああ!」
水に包まれた私の足が滑る。
「前が見えない〜!」
水の中を走るような感覚に陥った私は、ほぼ盲目状態で走り続ける。観客席からは、悲鳴と笑い声が聞こえる。
「ルナっちが溺れながら走ってる〜♪」
フランが大笑いしている。
なんとか中継地点に到着すると、私はバトンをカタリナに渡す。
カタリナのバトンは深紅色だった。
「『血魔法』ですね。これは珍しい」
カタリナが走り出した瞬間、彼女の体から赤い光が放出される。だが、その光は別に危害を加えるものではなく、彼女の走りを加速させるようだ。
「速い〜!」
観客席からは歓声が上がる。
カタリナは優雅に走り続け、次の走者のエリオットにバトンを渡す。
エリオットのバトンはオレンジ色だった。
「『電撃魔法』ですね」
走者が走り出した瞬間、彼の周りに電撃が走る。
「わっ!」
彼は少し驚きながらも、その電撃の力を利用して、加速する。電撃は彼の体を傷つけることなく、加速のエネルギーとなっているようだ。
エリオットが走り切り、最後の走者トーマス君にバトンを渡す。
トーマス君のバトンは白色だった。
「『聖光魔法』ですね。これは最高の効果です」
トーマス君が走り出した瞬間、彼の周りに神聖な光が包み込む。
「きれい〜!」
彼の走りは神々しく、まるで天使が走っているかのようだ。
彼は圧倒的な速度でゴールを駆け抜ける。
結果は……1位!
「3年生Aクラス、優勝です!」グリムウッド教授が手を叩く。
「やったあ!」
私たちは互いを抱き合って喜ぶ。
ふわりちゃんが「ふみゅみゅ〜」と喜んでいる。
しかし、最後の問題が発生した。
「大変です!」グリムウッド教授が駆けてくる。「バトンから放出された魔法の残滓が、学院全体に蓄積してしまいました!」
確かに、学院の空全体が、虹色の光に包まれていた。
「え?」
「炎魔法、水魔法、風魔法、土魔法……全ての魔法が同時に発動し始めています!」
学院の屋上から、虹色の煙が立ち上ってくる。
「あ、あはは……」
カタリナが疲れた顔で言う。
「ルナさん……これは……」
「今回は本当に関係ないからね!」
でも、心のどこかでは、毎年こういうことになるんだなと思い始めていた。
肩の上のふわりちゃんが「ふみゅ〜」と励ましてくれる。
体育大会はまだ始まったばかり。次はどんな競技が待っているのか……。




