第229話 光るクラゲ
「夏休みの特別調査任務です」
ギルドマスターの穏やかな声が、王立魔法学院の一室に響いた。
私、ルナ・アルケミは、カタリナとエリオットと共に、任務の説明を受けていた。
「海辺の町、シーブリーズに大量発生した"光るクラゲ"の調査と被害防止をお願いします。漁師たちが困っているとのことで……」
ギルドマスターが地図を広げる。
「了解しました。早速準備を」
エリオットが真面目に頷く。
カタリナは優雅に「海辺ですのね。日焼け対策をしっかりしませんと」と呟く。
そして私は――
「やったー!!海だ海だ!バカンスだぁ!」
思わず立ち上がって叫んだ。
「……ルナさん、これは任務ですのよ」
カタリナが呆れた顔で私を見る。
「わかってるって!でも海だよ!?泳げるかな!?」
「多分、泳ぐことになると思いますよ」
エリオットが冷静に答える。
ギルドマスターは苦笑しながら「どうぞお気をつけて」と見送ってくれた。
ー
馬車で数時間。
潮風が心地よい港町に到着した。
白い砂浜、青い海、カモメの鳴き声。
「うわぁ……綺麗!」
私は思わず感嘆の声を上げた。
カタリナは日傘を差して優雅に歩く。真っ白なドレスの裾を持ち上げて、砂に触れないように気を使っている。
「海辺の風情も、なかなか優雅ですわね」
「カタリナ、その格好で調査するの……?」
「当然ですわ。侯爵令嬢として、どんな場所でも優雅さを保ちますの」
エリオットは既に測定器具を取り出していた。
「海水の魔力濃度を測定します。異常があれば、原因が特定しやすくなるでしょう」
真面目だなぁ。
私はというと、持ってきた水着入りのバッグを抱えて、既にテンションが上がっていた。
「ねぇねぇ、昼間のうちに泳いじゃダメかな?」
「ルナさん……任務ですわよ?」
カタリナの冷たい視線が突き刺さる。
「わ、わかってるって!でも夜の調査の前に体慣らしって大事じゃない!?」
「それは詭弁ですわ」
ぐぬぬ。
ー
港に行くと、困った顔の漁師たちが集まっていた。
「あの光るクラゲが出てから、もう漁にならねぇんだ」
「網が溶けちまうし、魚も逃げちまう」
「観光客は喜んでるけど、俺たちゃ生活がかかってんだよ」
深刻そうな様子に、私も真面目モードに切り替える。
「具体的に、どんな被害がありますか?」
エリオットが質問する。
「網に触れると、ジリジリって痺れてな。で、糸がほつれちまうんだ」
「魚も近づかねぇ。あのクラゲが怖いんだろうな」
なるほど。電気みたいなものを帯びているのかな。
「夜になると、もっと光が強くなるんだ。見た目は綺麗なんだがな……」
カタリナが優雅に頷く。
「承知しましたわ。必ず原因を突き止めて、解決いたしますわ」
漁師たちの顔がパッと明るくなる。
「ありがとうございます!貴族様方がわざわざ来てくださるなんて……」
「いえいえ、これも私たちの役目ですから」
エリオットが穏やかに微笑む。
私もハーブを肩に乗せて「任せてください!」と胸を張った。
ハーブが「ピューイ!」と元気よく鳴く。
ー
日が沈むと、海辺の景色が一変した。
波打ち際が、青白く光り始めたのだ。
「うわぁ……綺麗……」
思わず息を呑む。
まるで星空が海に落ちてきたような、幻想的な光景。
「これは確かに観光資源になりますわね」
カタリナも感心したように呟く。
観光客たちが歓声を上げながら、光る海を撮影している。
「でも、これが問題なんですね」
エリオットが測定器具を海に向ける。
「魔力濃度が異常に高い。これは自然現象ではありません」
やっぱり。
私は錬金術の知識を総動員して考える。
「クラゲ自体が魔力を帯びているのか、それとも何か別の原因があるのか……」
「実際に近づいて調べる必要がありますわね」
カタリナが裾を少しだけ持ち上げて、波打ち際に近づく。
「ちょ、ちょっと待って!危ないかも!」
私が止める間もなく、小さな波がカタリナの足元を濡らした。
「……っ!冷たいですわ」
カタリナが少し顔をしかめる。
でも、優雅さは崩さない。さすがだ。
「ルナさん、クラゲを一匹捕まえられますか?」
「任せて!」
私は空間収納ポケットから、ガラス瓶を取り出した。
波打ち際で光るクラゲを探す。
「いた!」
手を伸ばして――「うわっ!ビリビリするー!!」
ガラス瓶を落としそうになる。
クラゲに触れた瞬間、強い電気ショックが走った。
「ルナさん!?」
カタリナが慌てて駆け寄る。
でも、ドレスの裾が波に濡れて「あ、あぁ……」と小さく悲鳴を上げた。
「カタリナ、大丈夫!?」
「え、ええ……優雅さを保つのは……難しいですわね……」
必死に取り繕うカタリナが可愛い。
エリオットが冷静にクラゲを観察する。
「電気的な性質を持っていますね。しかも、魔力で増幅されている」
「じゃあ、魔道具が原因ってこと?」
「その可能性が高いです」
なるほど。じゃあ、原因を突き止めないと。
ー
漁師さんに小舟を借りて、クラゲの群れの中心へ向かうことにした。
「本当に大丈夫ですか?」
心配そうな漁師さんに、私たちは笑顔で頷く。
「大丈夫ですわ。必ず解決いたしますわ」
カタリナが優雅に微笑む。
でも、内心はドキドキだろうな。私もだけど。
小舟を漕ぎ出す。
エリオットが舵を取り、私とカタリナは両側に座る。
「ねぇ、クラゲ避けの薬、作ってきたんだけど……」
私は空間収納ポケットから小瓶を取り出した。
「本当ですの!?さすがルナさんですわ!」
「えへへ、でも実験段階だから……効果は半分くらいかも」
「半分……?」
カタリナとエリオットが同時に呟く。
「ま、まぁ、ないよりはマシだよね!?」
三人で薬を塗る。
ほんのり甘い香りがする。
「これで少しは安心ですわね」
カタリナが胸を撫で下ろす。
そして、クラゲの群れの中心へ。光が眩しい。
青白い輝きが、海面を照らしている。
「うわぁ……凄い数……」
「これは確かに、漁には影響が出ますね」
エリオットが頷く。
私は船の縁から海を覗き込む。
「あ、何か見える!海底に……」
光の中心に、何か黒い物体がある。
「あれが魔道具ですわね」
カタリナが指差す。
「よし、取ってくる!」
「ル、ルナさん!?」
私は勢いで海に飛び込んだ。
冷たい!
でも、クラゲ避け薬のおかげで、電気ショックは少しだけ。
「ビリビリするけど……我慢!」
海底に向かって泳ぐ。
黒い物体は、古代の魔道具だった。
複雑な術式が刻まれている。
「これが原因か……」手を伸ばして――「うわっ!」
強い電気ショックが走る。
やっぱり薬の効果は半分だった!慌てて海面に戻る。
「ルナさん!大丈夫ですの!?」
カタリナが心配そうに手を伸ばしてくれる。
「う、うん……でも、魔道具が強力すぎて取れない……」
「なら、封印薬を使いましょう」エリオットが提案する。
「そっか!それなら!」
私は船の上で、即席の封印薬を作り始める。
「『静寂の花』『封じの石』『深海の水』……よし!」
ーーぽんっ!
小さな爆発音と共に、青い煙が上がる。
「成功ですわ!」
カタリナが拍手する。
「じゃあ、投げ込むよ!」
私は封印薬の入った瓶を、海底の魔道具めがけて投げた。
瓶が割れて、青い液体が広がる。
魔道具の光が、ゆっくりと弱まっていく。
「エリオット、術式を止めて!」
「了解です」
エリオットが魔法陣を展開する。
『古代術式・停止』
複雑な光の線が、海底の魔道具を包み込む。
そして――
ーーパァン!
小さな破裂音と共に、魔道具の光が完全に消えた。
クラゲたちも、青白い光を失って、透明な姿に戻っていく。
「やった!成功だ!」
「優雅に解決できましたわね」
カタリナが満足そうに微笑む。
でも、ドレスの裾はびしょ濡れだし、髪も少し乱れている。
それでも、彼女は優雅さを保っている。さすがだわ。
「さぁ、魔道具を回収しますわよ」
カタリナが裾を持ち上げて、再び海に手を伸ばす。
「カタリナ、無理しなくていいよ?」
「いえ、これくらい……まるで宝石を拾うかのように、優雅に……っ」
波に揺られながら、必死に魔道具を掴む。
「取れましたわ!」
カタリナが誇らしげに魔道具を掲げる。
その姿は、確かに優雅……だったけど、ちょっと必死すぎて可愛かった。
ー
港に戻ると、漁師たちが歓声を上げて迎えてくれた。
「やった!クラゲが普通に戻った!」
「これで漁が再開できる!」
「ありがとうございます、貴族様方!」
私たちは笑顔で頷く。
でも、観光客たちは少しがっかりしていた。
「えー、光る海が終わっちゃったの?」
「もっと見たかったのに……」
「あらら……」私は苦笑する。
「ルナさん、また感電したいですの?」
カタリナが呆れた顔で私を見る。
「いや、そんな趣味はないけど……ちょっと楽しかったかも」
「楽しいわけありませんわ!」
エリオットが真面目な顔で言う。
「代わりに花火を作れば、観光資源になりますね」
「え、花火?」
「はい。海辺の町なら、夏の風物詩として定着するでしょう」
なるほど。それはいいアイデアかも。
「じゃあ、試しに小さいの作ってみる?」
私は錬金術の知識を使って、簡単な花火を作り始める。
『火の粉』『光の結晶』『空の石』……
ーーぽんっ!!
小さな爆発音と共に、色とりどりの煙が上がる。
「成功!」
夜空に小さな花火が打ち上がる。
パチパチと音を立てて、赤や青の光が広がった。
「わぁ……綺麗……」
観光客たちが歓声を上げる。
漁師たちも「これはいいな!」と笑顔になる。
私たち三人は、浜辺で花火を見上げた。
「今日も騒がしい一日でしたわね」
カタリナが優雅に微笑む。
「でも、楽しかったです」
エリオットが穏やかに頷く。
私はハーブを抱きしめて、夜空を見上げた。
「うん、楽しかった!次はどんな調査かな?」
「もう少し、優雅な任務がいいですわ……」
カタリナの呟きに、私たちは笑った。
夏の夜は、こうして静かに更けていく。
騒がしいけど、心地よい夜だった。
そして、秋が訪れる。




