第227話 夏の自由研究
夏休みも終わりに近づいたある日。
「お嬢様、そろそろ自由研究を仕上げないと……」
ハロルドが心配そうに私の部屋を覗き込む。
「大丈夫!もう完成間近だから!」
私、ルナ・アルケミは工房で錬金術の実験に没頭していた。
今年の夏休みの自由研究テーマは――『炎を使わない花火』。
「火を使わないから安全で、しかも綺麗な花火を作るんだ!」
「それは素晴らしいですが……大丈夫ですの?」
部屋の隅で見守っているカタリナが、不安そうに尋ねる。
「大丈夫大丈夫!もう何回も試作したし!」
実際、今までに十回ほど試作を重ねてきた。
最初は色が出なかったり、光が弱すぎたり、逆に眩しすぎたり……色々あった。
でも、今回は完璧だ。
「ふみゅ〜」
肩に乗っているふわりちゃんも応援してくれている。
「それじゃあ、最終試作品を完成させるよ!」
私は材料を次々と混ぜ合わせる。
『光の結晶』『風の魔石』『音響石』――
「あれ、音響石……?」
カタリナが材料を見て首を傾げる。
「うん!花火は音も大事でしょ? だから、綺麗な音が鳴るように音響石を入れたんだ」
「なるほど……」
カタリナは納得したように頷いた。
私は魔力を込めながら、材料を練り上げる。
すると、手のひらサイズの球体が完成した。
虹色に輝く、美しい球だ。
「完成!」
私は嬉しそうに球を掲げた。
「それでは、早速試してみましょうか」
「でも、ここで試すのは危険ですわよね?」
カタリナが心配そうに言う。
「そうだね。じゃあ、屋上で試そう!」
――数分後。
アルケミ家の屋上に、私、カタリナ、ハロルド、そしてセレーナが集まっていた。
「それでは、打ち上げます!」
私は球体を空高く投げ上げた。
球は夜空を舞い上がり――
ーーパァッ!
美しい光が広がった。
赤、青、黄、緑、紫――七色の光が、まるで本物の花火のように空に咲いた。
「わあ、綺麗!」
「素晴らしいですわ!」
カタリナとセレーナが感嘆の声を上げる。
「お嬢様、成功ですね!」
ハロルドも嬉しそうだ。
そして――
光が消える直前に、音が鳴った。
ーー「ルナ最高!」ーー
「……え?」私たちは固まった。
今、何て聞こえた……?
「ルナ最高……?」
カタリナが呆然と私を見る。
「い、いや、気のせいじゃない? 風の音かも……」
私は冷や汗をかきながら言い訳する。
「もう一度試してみましょう」
ハロルドが提案する。
「う、うん……」
私は二つ目の球を投げ上げた。
再び、美しい花火が夜空に咲く。
そして――
ーー「ルナ最高!ルナ最高!」ーー
今度ははっきりと聞こえた。
しかも、二回も。
「……ルナさん」
カタリナが冷たい視線を向けてくる。
「な、なんで……!?」
私も混乱している。
音響石を入れたのは、「パーン」とか「ヒュー」とか、そういう花火らしい音を出すためだった。
なぜ、私の名前を叫ぶ!?
「お嬢様、もしかして音響石に何か魔法をかけましたか?」
ハロルドが尋ねる。
「ううん、何もしてない……あ」
私は思い出した。
音響石を加工する時、「綺麗な音がなりますように」と思いながら魔力を込めた。
その時、無意識に――「私の研究が成功しますように」という願いも込めてしまったのかもしれない。
そして、その願いが「ルナ最高!」という言葉になって……。
「……自己暗示が花火になったんですのね」
カタリナがため息をつく。
「ご、ごめん……」
「いえ、でも美しい花火ですよ」セレーナがフォローしてくれる。
「ただ、音が……少し恥ずかしいかもしれませんね」
その時――
「おい、今の花火すごかったぞ!」
「もう一回見たい!」
屋敷の外から、声が聞こえた。
どうやら、近所の人々が花火を見ていたらしい。
「あの……もう一度見せていただけませんか?」
門の前に、何人かの住人が集まっていた。
「え、でも……」
私は躊躇する。
「あの音、聞かれてたら恥ずかしい……」
「まあ、せっかくですし、もう一度打ち上げましょうか」
カタリナが微笑む。
「で、でも……」
「大丈夫ですわ。音が少し変わっているだけで、花火自体は素晴らしいですもの」
カタリナに押されて、私は三つ目の球を投げ上げた。
ーーパァッ!
再び、美しい花火が夜空に咲く。
そして――
ーー「ルナ最高!ルナ最高!ルナ最高!」ーー
三回も連続で叫んだ。
「……」
私は顔を真っ赤にして、その場にしゃがみ込んだ。
しかし――
「すごい!」
「面白い花火だ!」
「ルナって誰だ?」
「花火師の名前じゃないか?」
近所の人々は、大喜びで拍手を送っていた。
「え……?」
私は驚いて顔を上げる。
「皆さん、これは王立魔法学院の学生、ルナ・アルケミさんの自由研究ですの」
カタリナが優雅に説明する。
「炎を使わない、安全で美しい花火。素晴らしいでしょう?」
「確かに!」
「安全な花火なんて、革命的だ!」
人々は口々に褒め始める。
「あの音も面白いな!」
「『ルナ最高』って、自信に溢れてていいじゃないか!」
「若いっていいな!」
人々は笑顔で話している。
「……みんな、受け入れてくれてる……」
私は驚いた。
「当然ですわ。素晴らしい研究ですもの」
カタリナが微笑む。
「音は少し恥ずかしいですけれど、それも個性ですわ」
「カタリナ……ありがとう」
私は嬉しくなった。
その後、近所の人々のリクエストで、残りの花火も全て打ち上げることになった。
夜空に次々と花火が咲き、その度に「ルナ最高!」という声が響く。
最初は恥ずかしかったが、次第に誇らしくなってきた。
そして――
「アンコール!」
「もっと見たい!」
人々が拍手喝采を送ってくれる。
「ありがとうございます!」
私は照れくさそうに頭を下げた。
夏休み明け、学校に提出した自由研究は――
「ルナさん、素晴らしい研究ですね」グリムウッド教授から大絶賛された。
「炎を使わない花火。これは安全性が高く、実用的です」
「あ、ありがとうございます……」
「ただし――」
教授は苦笑する。
「音は、もう少し改良した方がいいかもしれませんね」
「はい……」
私は真っ赤になって頷いた。
「でも、あの音も面白いですよ。自信に満ちていて」
教授はそう言って笑った。
その後、私の『炎を使わない花火』は学院の文化祭で披露されることになった。
ただし、音は「パーン」という普通の音に改良した。
「ルナ最高!」という音は、もう二度と作らないと心に誓った。
でも――
「あの音、意外と好きでしたわよ」
カタリナがクスッと笑う。
「ルナさんらしくて」
「もう言わないで……」
私は顔を赤らめた。
夏の自由研究は、恥ずかしくも楽しい思い出となった。
そして今でも、アルケミ家の近所では――
「あの夏の花火、覚えてる?」
「ああ、『ルナ最高!』って叫ぶやつ!」
「面白かったよな」
――という話題で盛り上がっているらしい。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんは、なんだか誇らしげに胸を張っていた。




