第226話 王都の夏祭り三日目
王都夏祭りもついに最終日。
街には三日間の祭りを楽しみ尽くした人々の満足そうな笑顔があふれている。
「ついに最終日ですわね」
カタリナが優雅に扇子を揺らしながら、夕暮れの空を見上げる。
「うん! 今夜は楽しみだね!」
私、ルナ・アルケミは肩にふわりちゃんを乗せて、ワクワクしながら答えた。
「ふみゅ〜」
今夜は祭りの締めくくりとして、恒例の「領地対抗花火合戦」が開催される。
各領地が誇りと技術を込めた花火で競い合う、祭りのメインイベントだ。
「ルナさん、今年の花火は準備できていますの?」
「もちろん!今年はちゃんと制御できるようにしたから!」
私は自信満々に答えた。
去年は『虹花火』で大成功したけれど、少し制御が甘かった。今年は反省を活かして、もっと繊細な花火を作った。
「今年は『音色花火』っていうの。花火が弾けると同時に、美しい音楽が流れる仕組みなんだ」
「まあ、素敵ですわね」
カタリナが感心してくれる。
「でも、去年みたいに変な音は出ませんわよね……?」
「大丈夫大丈夫!今年は完璧!」
私は胸を張った。
「ピューイ」
ポケットの中から、ハーブが心配そうに鳴く。
「ハーブも心配してるみたいだけど……」
カタリナがため息をつく。
その時――
「皆の者〜!今宵は王都夏祭り最大の見せ場じゃ!各領地が誇りと技術を込めた花火で競い合うぞ〜!」
バルナード侯爵が特設ステージの上で大きく手を広げている。
今夜は一段と派手な装飾を身に着けて、まるで祭りの神様のような風格だ。
「今年も楽しみじゃのう!わしは三日間眠れなかったぞ!興奮しすぎてな!」
「侯爵様、それは大丈夫ですの……?」
カタリナが心配そうに呟く。
「大丈夫じゃ!祭りの力で元気百倍じゃ!」
侯爵のテンションは相変わらず最高潮だ。
「ルナっち〜!」フランが駆け寄ってきた。「頑張ってね〜!超楽しみ〜♪」
「私もも応援してます!」
エミリとノエミ様も、観客席から手を振ってくれる。
「みんな、ありがとう!」
私は嬉しくなった。
「ルナさん、僕も参加することになってしまいました」
エリオットが少し緊張した様子で近づいてくる。
「え、エリオットも?」
「はい。シルバーブルーム男爵家の代表として出場します」
「それは楽しみだね!」
「カタリナさんも出場されるんですよね?」
「ええ。ローゼン侯爵家の代表として、精一杯やらせていただきますわ」
カタリナが優雅に微笑む。
「それでは、領地対抗花火合戦を始めるぞ〜!審査は観客の皆の拍手で決まる!一番大きな拍手をもらった領地が優勝じゃ!」
バルナード侯爵の声に、会場がどよめく。
参加領地は全部で8つ。今年も個性的な顔ぶれが揃っているようだ。
「では第一陣、ハニークローバー子爵家の花火から参りましょう!」
侯爵の合図で、最初の花火が打ち上げられた。
夜空に舞い上がったのは――
「あら、可愛らしい!」
巨大な蜂の形をした花火だった。
黄色と黒のしま模様がはっきりと見えて、羽を動かしながら空中を飛び回っている。
そして蜂の後ろから、小さな花の形をした火花がたくさん舞い散っていく。
「ブンブン飛び回っておるのう!素晴らしい!まるで本物の蜂じゃ!」
バルナード侯爵が大喜びだ。
「ハニークローバー領は養蜂業で有名ですものね」
カタリナが感心している。
観客席からは「可愛い〜!」という声と大きな拍手が起こった。
次は、フィッシュネット男爵家。
空に上がったのは巨大な魚だった。
しかも泳ぐように身をくねらせながら、鱗の部分から青い火花を散らしている。
「おお!本物みたいに泳いでる!これぞ漁業の盛んな領地の花火じゃ!海の恵みを表現しておるのう!」
侯爵が興奮して叫ぶ。
「本当に泳いでいるみたいですわね」
カタリナも目を輝かせている。
三番目は、ファーマーハーベスト伯爵家。
彼らの花火は、空中で巨大な畑を作り出した。
緑の光で作られた葉っぱの間から、トマトやニンジン、ジャガイモの形をした小花火がぽんぽんと飛び出してくる。
「農業領地らしい発想ですわね!」
「収穫祭みたいで楽しいのう!わしも野菜が欲しくなってきたぞ!」
侯爵がお腹を押さえている。
続いて、四番目はクリスタルマイン子爵家。
彼らの花火は、空中で巨大な宝石箱を開く演出だった。
中から色とりどりのクリスタル型花火が飛び出して、光を反射しながら美しく輝いている。
「きれい〜!」
「鉱山業らしい豪華さじゃ! まるで本物の宝石のようじゃのう!」
観客たちから大きな拍手が起こる。
そして五番目、ローゼン侯爵家のカタリナの番が来た。
「カタリナ、頑張って!」
私が声援を送ると、彼女が振り返って上品に微笑んだ。
カタリナの花火は、夜空に優雅な薔薇園を作り出した。
一つ一つの薔薇が丁寧に描かれていて、風に揺れるように動いている。
そして薔薇園の上に、美しいアーチが現れて、まるでおとぎ話の世界のようだ。
「うわあ、綺麗……」
「さすがローゼン家の令嬢!気品があるのう!わしも薔薇園を散歩したくなったぞ!」
観客席から大きな拍手が起こった。
六番目は、シルバーブルーム男爵家のエリオット。
彼の花火は、空中に巨大な錬金術工房を作り出した。
煙突からは色とりどりの煙が上がり、窓からは実験の光が漏れている。
そして工房の周りを、小さな光の粒子がくるくると回転している。
「理論的で美しい表現ですわね」
「錬金術への愛が伝わってくるのう!わしも錬金術を学びたくなったぞ!」
侯爵が感動している。
七番目は、ムーンシャドウ伯爵家。
彼らの花火は、夜空に巨大な月と星座を描き出した。
月の表面には実際のクレーターまで再現されていて、周りの星座も正確な配置になっている。
「天文学に詳しい領地らしい精密さですね」
エリオットが感心している。
「学術的で素晴らしいのう!だがもう少しドキドキが欲しかったかの!」
侯爵が少し物足りなそうだ。
そして、ついに私の番が来た。
「最後を飾るのは、アルケミ伯爵家のルナ嬢じゃ!去年の伝説の虹花火を覚えておる者も多いじゃろう!今年は一体どんな驚きを見せてくれるのか!」
会場がざわめく。
去年のことを覚えている人も多いようで、期待と少しの不安が混じった空気が漂っている。
「お嬢様、気をつけてくださいね」
セレーナが心配そうに見送ってくれる。
「大丈夫!今年は完璧だから!」
私は自信満々に答えた。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんが応援してくれている。
「ピューイ」
ハーブもポケットから鳴いている。
発射台に花火をセットして、魔力を込めた点火魔法を準備する。
「『音よ、響け。色よ、舞え。心よ、歌え。』」
花火は美しい軌跡を描きながら夜空に舞い上がった。
そして――
ーーパァン!
空中で花火が弾けると、美しい音色が響き始めた。
それは、優しいハープの音色。
そして花火の色が、音楽に合わせて変化していく。
赤、青、黄、緑、紫――七色の光が、まるでオーケストラのように調和している。
「わあ……綺麗……」
観客たちが息を呑む。
音楽は次第に盛り上がり、フルートの音、バイオリンの音、ピアノの音が加わっていく。
そして最後に――力強いドラムの音と共に、花火が一気に広がった。
夜空全体が、音楽と光で満たされる。
まるで天空のコンサートホールのようだ。
約三分間の演奏が終わると、花火は静かに消えていった。
会場は一瞬静まり返り、そして――
「わああああ!」
今夜一番大きな拍手と歓声が響いた。
「素晴らしい!これぞ真の芸術じゃ!音楽と花火が完璧に融合しておる!わしは感動で涙が止まらんぞ!」
バルナード侯爵が興奮のあまり舞台の上で踊り回っている。
涙を流しながら。
「ルナさん、本当に素敵だったわ」
カタリナが駆け寄ってきて、優しく微笑んでくれた。
「今年は制御も完璧でしたね」
エリオットも安堵の表情だ。
「超感動した〜♪マジで泣いちゃった〜!」
フランが目を赤くしながら言う。
「とても美しい花火でした」
ノエミ様も感動してくれている。
「それでは審査結果を発表するぞ〜!今年の領地対抗花火合戦、優勝は……」
バルナード侯爵が大きく手を上げる。
「アルケミ伯爵家の、ルナ嬢じゃ〜!」
会場がもう一度大きな拍手に包まれた。
「やった!」
私は嬉しくて飛び上がった。
でも実は、私が一番嬉しかったのは優勝したことじゃない。
今年は暴走することなく、ちゃんと思った通りの花火を作れたことだ。
「お嬢様、おめでとうございます」
セレーナが嬉しそうに言ってくれる。
「ありがとう、みんな。今年も本当に楽しい祭りだった」
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも満足そうに羽を休めている。
「ピューイ♪」
ハーブも嬉しそうに鳴いている。
その後、表彰式が行われた。
「ルナ嬢、今年の花火は本当に素晴らしかった!来年も期待しておるぞ!」
バルナード侯爵が笑顔で賞状と賞品を渡してくれた。
「ありがとうございます!来年はもっとすごいのを作ります!」
私は元気よく答えた。
「カタリナ嬢、エリオット君も素晴らしかったぞ!みんなが楽しめる花火じゃった!」
「ありがとうございます」
二人も嬉しそうに頭を下げる。
こうして、王都夏祭りの三日間が終わった。
初日は大運動会で汗を流し、二日目は錬金術パフォーマンスで盛り上がり、最終日は花火合戦で感動した。
「今年も最高の祭りでしたわね」
カタリナが満足そうに微笑む。
「うん!来年も絶対参加するんだ!」
「来年はどんな花火を作るんですか?」
エリオットが興味深そうに尋ねる。
「えーとね……まだ秘密!」
私はいたずらっぽく笑った。
「ルナさん、また何か企んでますわね……」
カタリナがため息をつく。
「でも、それがルナさんの魅力ですね」
エリオットが苦笑する。
夜空にはまだ、花火の余韻が優しく漂っていた。
きっとこの美しい記憶は、見た人の心の中でずっと輝き続けるだろう。
「来年の祭りも楽しみですわね」
「うん!絶対にもっと素敵な花火を作るんだ!」
私は夜空を見上げながら、来年の祭りを夢見た。
三日間の王都夏祭りは、たくさんの笑顔と感動を残して幕を閉じたのだった。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも、満足そうに鳴いていた。




