第225話 王都の夏祭り二日目
夏祭り二日目の朝。
私は大きな荷物を抱えて、祭り会場へと向かっていた。
「ルナさん、本当に大丈夫ですの?」
隣を歩くカタリナが心配そうに尋ねる。
「大丈夫!昨日の夜、完璧に調合したから!」
私は自信満々に答えた。
昨夜、私が作ったのは『虹色泡調合液』だ。
これを使えば、色とりどりの泡が無限に出てきて、しかも触ると音が鳴る。お祭りにぴったりの華やかな演出ができるはず。
「ふみゅ〜」
肩に乗っているふわりちゃんも、期待に満ちた声で鳴く。
「エリオットも来てくださるそうですわよ」
「本当に?嬉しい!」
広場に着くと、すでに特設ステージが用意されていた。
そして――
「おおおお!来たか、来たか!待っていたぞぉぉぉ!」
バルナード侯爵が異様にテンション高く、両手を広げて私たちを出迎えた。
「バルナード侯爵様、おはようございます」
カタリナが優雅に挨拶する。
「おはよう、おはよう!いやあ、楽しみで眠れなかったぞ!錬金術のパフォーマンスだぞ!きっと凄いものが見られる!ワクワクが止まらん!」
侯爵の目がキラキラと輝いている。
「あ、あの、侯爵様……」
「なんだね!?何か問題でも!?いや、問題なんてないよね!きっと素晴らしいパフォーマンスだよね!?」
「は、はい……」
侯爵のテンションの高さに、少し圧倒される。
「さあさあ!他の参加者も集まってきたぞ!」
見ると、王立魔法学院の生徒たちが何人か集まっていた。
「ルナさん!」
エリオットが手を振って近づいてくる。
「エリオット!参加するの?」
「はい。僕も錬金術のパフォーマンスをやってみようと思いまして」
「それは楽しみですわね」
カタリナが微笑む。
「皆の者〜!!それでは開催するぞ! 『錬金術パフォーマンス大会』!」
バルナード侯爵が大きな声で宣言する。
広場には、すでに多くの観客が集まっていた。
「トップバッターは……君だ!」
侯爵が私を指差す。
「え、私が最初ですか!?」
「そうだ!昨日一番乗り気だったからな!さあ、ステージへ!」
私は荷物を持って、ステージに上がった。
観客たちの視線が集まる。
「ご、ごほん……それでは、始めます」
私は『虹色泡調合液』の瓶を取り出した。
「これは、色とりどりの泡が出る調合液です。しかも、触ると音が鳴ります!」
私は瓶の蓋を開けて、液体を地面に撒いた。
すると――
ぶくぶくぶく!
地面から、無数の泡が湧き上がり始めた。
赤、青、黄、緑、紫――七色の泡がふわふわと浮かび上がる。
「おおおお! 綺麗だ!」
観客たちから歓声が上がる。
「素晴らしい!これは素晴らしいぞ!」
バルナード侯爵が大興奮している。
泡はどんどん増えていき、ステージ全体を覆い始めた。
「さあ、皆さん!触ってみてください!」
私が呼びかけると、観客たちが恐る恐る泡に触れる。
すると――
ーーポン!ピン!パン!
泡が弾けて、音を奏でた。
「わあ! 音が鳴った!」
「これ、楽しい!」
子どもたちが大喜びで泡に触れ始める。
そして――泡がどんどん増えていく。
「あれ……?」
私は首を傾げた。
「ちょっと増えすぎじゃない……?」
「ルナさん!分量を間違えましたの!?」
カタリナが叫ぶ。
「え、えーと……」
泡は増え続け、ステージから溢れて、広場全体に広がり始めた。
「うわあ!泡だらけだ!」
「前が見えない!」
観客たちが慌て始める。
「ル、ルナさん!早く止めてください!」
エリオットも慌てている。
「ま、待って!今止めるから!」
私は慌てて中和剤を取り出そうとした――が、足を滑らせた。
「わあ!」
泡で滑って、転んでしまった。
「ルナさん!」
カタリナが駆け寄ろうとするが――
「きゃあ!」
カタリナも泡で滑って転んだ。
「うわ、僕も!」
エリオットも滑って転ぶ。
広場は完全に泡で覆われ、人々が次々と滑って転んでいく。
その様子を見て――
「ぶはははは!これは面白い!泡のスケートリンクだ!」
バルナード侯爵が大爆笑している。
「侯爵様!?笑ってる場合じゃ――うわあ!」
侯爵も泡で滑って、豪快に転んだ。
「ぐはは!これは楽しいぞ!」
侯爵は転んだまま、泡の中で滑り続けている。
「侯爵様、楽しんでる……?」
私は呆然とした。
その時、子どもたちが――
「これ、楽しい!」
「泡のスケートだ!」
「もっと滑ろう!」
――泡の中で滑って遊び始めた。
大人たちも、最初は慌てていたが――
「まあ、確かに……楽しいかも」
「子どもの頃を思い出すな」
――次第に笑顔になって、泡の中で遊び始めた。
広場全体が、泡のスケートリンクと化していた。
「これは……結果オーライ……ですの……?」
カタリナが泡まみれになりながら呟く。
「み、みたいだね……」
私も泡まみれだ。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも泡に埋もれている。
「素晴らしい!これぞエンターテイメントだ!」
バルナード侯爵が泡の中から立ち上がって、拍手を送る。
「予想外の展開が、かえって面白い!これは今年の祭りの目玉になるぞ!」
「本当ですか……?」
「ああ! さあ、次の参加者も頑張ってくれ!」
侯爵は全く懲りていない。
その後、エリオットのパフォーマンスが始まった。
彼が作ったのは『光る砂』。
手で触ると、キラキラと光る美しい砂だ。
「素晴らしい!これで砂の彫刻を作ろう!」
侯爵が大興奮で提案する。
観客たちも光る砂で遊び始め、広場は幻想的な雰囲気に包まれた。
次の参加者は、『香りの煙』を披露した。
甘い香りがする煙が、色々な形に変化する。
「おおお!これは癒されるぞ!」
侯爵が深呼吸している。
こうして、錬金術パフォーマンス大会は大成功に終わった。
夕方、表彰式が行われた。
「優勝は……全員だ!」
バルナード侯爵が宣言する。
「え、全員ですか?」
「そうだ!みんなが観客を楽しませてくれた!これこそお祭りの醍醐味だ!」
侯爵は豪快に笑った。
「賞品は……これだ!」
侯爵が差し出したのは――王都の特産品の詰め合わせだった。
「わあ、ありがとうございます!」
「それから、ルナ君」
侯爵が私に近づく。
「ルナ・アルケミ嬢の泡のパフォーマンス、最高だったぞ!予想外だったが、だからこそ面白かった!」
「あ、ありがとうございます……」
私は照れくさそうに笑った。
「明日は祭りの最終日だ!もっと盛り上げていこう!」
侯爵の言葉に、観客たちから拍手が起こった。
その夜――
「ルナさん、今日も無事に終わりましたわね」
カタリナが安堵のため息をつく。
「うん。でも、泡が増えすぎたのは予想外だった」
「まあ、結果的には楽しかったですけれど」
エリオットも笑う。
「バルナード侯爵様、本当にテンション高かったですわね」
「うん。でも、あのテンションのおかげで、みんなも楽しめたのかも」
私は笑った。
「明日は最終日。何が起こるか楽しみですわね」
カタリナが微笑む。
「うん!きっと素敵な一日になるよ!」
私は夜空を見上げた。
星が綺麗に輝いている。
明日も、きっと楽しい一日になる。
そう確信しながら、私は祭りの余韻に浸っていた。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも、満足そうに鳴いていた。