第220話 海の授業遠征
夏の特別授業として、王立魔法学院3-Aは海辺へ実習に来ていた。
「本日は海洋魔物の生態観察と、水中での魔法使用について学びます」
フローラン教授が砂浜で説明している。青い海が眩しく輝き、波の音が心地よい。
「海ですわ!」
カタリナが嬉しそうに声を上げる。赤茶色の髪が海風に揺れて綺麗だ。
「ふみゅ〜!」
肩に乗っているふわりちゃんも、初めて見る海に興奮している。
「でも、泳ぎが苦手な人もいるでしょう」
フローラン教授が続ける。
「そこで、ルナさんに特別な薬を作っていただきました」
「え?」
私、ルナ・アルケミは突然名前を呼ばれて驚いた。
「ルナさんの『泳ぎ補助薬』があれば、泳ぎが苦手な生徒も安心して実習できます。説明をお願いします」
「あ、はい!」
私は慌てて前に出た。
手には小さな瓶がいくつか入ったカゴがある。中には青緑色の液体が入っている。
「これが『泳ぎ補助薬』です!飲むと、泳ぎが上手くなる効果があります」
「本当ですの?」
「うん!魚の鱗のエキスと、水の魔石を混ぜて作ったんだ。これを飲めば、水の中でスイスイ泳げるよ!」
私は自信満々に説明した。
「まあ、便利ですわね」
「じゃあ、僕も飲んでみようかな」
生徒たちが興味津々で瓶を手に取る。
「では、泳ぎが苦手な人は飲んでください。ただし――」
フローラン教授が注意を促す。
「効果時間は約一時間です。それ以降は効果が切れますから、注意してくださいね」
「はーい」
私も含めて、何人かの生徒が薬を飲んだ。
味は少し塩辛いが、悪くない。
「さあ、では海に入りましょう!」
教授の合図で、生徒たちが海へと駆け出す。
私も水着に着替えて、海へと向かった。
「わあ、気持ちいい!」
波が足に当たって、冷たくて心地よい。
そして、薬の効果が現れ始めた。
「あれ……?」
身体が軽い。というか、水の中に入りたくなる。
「ルナさん、どうかしまして?」
カタリナが心配そうに声をかけてくる。
「う、うん。なんか、泳ぎたくなって――」
私はそう言いながら、海に飛び込んだ。
すると――
「わあ!すごい!めっちゃ泳げる!」
身体が勝手に動いて、スイスイと泳ぎ出す。
それも、ただ泳ぐだけじゃない。
身体をくねらせて、アシカみたいに泳いでいる。
「え、ちょっと待って!止まらない!」
私はアシカのように水面をジャンプしながら泳ぎ続ける。
「ルナさん!?」
カタリナの驚いた声が聞こえた。
そして――
「うわあ!僕もアシカみたいになってる!」
「わたしも!」
薬を飲んだ生徒たち全員が、アシカのような泳ぎ方をし始めた。
水面をジャンプして、くるくる回って、尾びれのように足を動かして。
「これは……!」
フローラン教授が呆然としている。
「ルナさん、これは一体どういうことですの!?」
カタリナが叫ぶ。
「わ、分からない!でも、止まらないの!」
私はアシカのように泳ぎながら答える。
身体が勝手に動いて、楽しくて仕方がない。
「あはは!これ楽しい!」
「ジャンプできる!」
薬を飲んだ生徒たちは、アシカのように海で遊び始めた。
その様子を見て――
「あれを見て!」
「学生たちがアシカみたいに泳いでる!」
浜辺にいた観光客たちが集まってきた。
「すごい!」
「芸が細かい!」
「これは見世物ショーか!?」
観光客たちが拍手をし始める。
「ち、違います!これは授業で――」
フローラン教授が説明しようとするが、観光客たちは聞いていない。
「もう一回ジャンプして!」
「回転も見たい!」
観光客たちが声援を送る。
そして、私たちは――観光客の期待に応えるように、次々とアクロバティックな泳ぎを披露してしまった。
「くるくる〜!」
「ジャンプ!」
まるで本当のアシカショーのようだ。
「ルナさん……これは……」
エリオットもアシカのように泳ぎながら、困惑した表情で私を見る。
「ご、ごめん……」
私もアシカのようにジャンプしながら謝る。
「まあ、生徒たちは楽しそうですね」
フローラン教授が苦笑する。
「観光客の皆さんも喜んでいますし……これはこれで、良い経験かもしれません」
「先生!?」
カタリナが驚いて叫ぶ。
「だって、見てください。あの笑顔」
確かに、薬を飲んだ生徒たちは、アシカのように泳ぎながら心から楽しそうに笑っている。
「これ、めっちゃ気持ちいい!」
「泳ぐのが楽しい!」
そして、観光客たちも拍手と歓声で盛り上がっている。
「素晴らしいショーだ!」
「また来るよ!」
その光景を見て、私は――
「……新しい海水浴の形です!」
自信満々に宣言した。
「違いますわよ!」
カタリナの鋭いツッコミが海に響いた。
その後、約一時間後――
薬の効果が切れて、私たちは普通に泳げるようになった。
「ふう……やっと普通に戻れましたわ」
カタリナが疲れた表情で砂浜に座り込む。
「でも、楽しかったね」
エリオットが笑う。
「確かに……アシカの気持ちが分かりましたわ」
「そうそう!あの自由な感じ、最高だった!」
生徒たちは意外にも満足そうだ。
「ルナさん」
フローラン教授が私のところに来た。
「はい……すみません……」
私は謝ろうとしたが、教授は笑った。
「いえ、良い経験になりました。ただし――」
教授は真剣な顔になる。
「次回からは、副作用の確認をしっかりしてくださいね」
「はい……」
そして、観光客の一人が私たちのところにやってきた。
「あの、素晴らしいショーをありがとう!これ、チップだよ」
男性が金貨を差し出す。
「え、いや、これは授業で――」
「いいんだ、いいんだ! 楽しかったから! また来るよ!」
男性は笑顔で去っていった。
「……チップまでもらってしまいましたわね」
カタリナが呆れたようにため息をつく。
「まあ、悪いことではありませんね」
エリオットが苦笑する。
その夜、宿舎で――
「ルナさん、あの薬、もう一度飲んでもいいですか?」
何人かの生徒が私のところにやってきた。
「え、本当に?」
「はい!あの泳ぎ方、すごく楽しかったので!」
「明日の自由時間に、もう一度やってみたいです!」
生徒たちは目を輝かせている。
「分かった!じゃあ、明日用に作っておくね!」
私は笑顔で答えた。
「ルナさん……もう懲りないんですのね」
カタリナがため息をつく。
「だって、みんな楽しそうだったし!」
「まあ、それは……そうですけれど……」
翌日、私たちは再びアシカのように泳いだ。
そして今度は、観光客だけでなく、地元の漁師たちも見物に来た。
「これは面白い!観光資源になるぞ!」
「王立魔法学院の名物にしよう!」
漁師たちが盛り上がっている。
「ルナさん、あなたのおかげでこの海辺が有名になりそうですわ」
カタリナが複雑な表情で言う。
「それって……良いことだよね?」
「良いのか悪いのか、もう分かりませんわ……」
こうして、王立魔法学院の海の授業遠征は、予想外の形で地元の観光名物となった。
後日、その海辺には「王立魔法学院アシカショー見学ツアー」という観光プランまで誕生したらしい。
「ルナさんの影響力、恐るべしですわね……」
カタリナの呆れた声が、波の音に混じって消えていった。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも、なんだか誇らしげに胸を張っていた。




