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第217話 暑さに負ける学院図書館

夏の読書週間が始まった。


王立魔法学院の図書館は、普段から多くの学生で賑わっているが、この時期は特に人が多い。なぜなら、全学年共通の課題「魔導書の保存と冷却管理」が出されているからだ。


「暑いですわね……」


カタリナが扇子で顔を仰ぎながら、ため息をついた。

図書館は石造りで比較的涼しいはずなのだが、連日の猛暑と大量の学生の熱気で、むせ返るような暑さになっている。


「本も傷みますわよね。特に古い魔導書は湿気と熱に弱いですし」

「そうなんだよね……」


私、ルナ・アルケミは汗を拭いながら、周りの本棚を見回した。

図書館司書のミスト・リアーナ先生も困った顔で書棚を見て回っている。特に貴重な魔導書が保管されている奥の棚は、温度管理が重要なのだ。


「ルナさん、何か良い案はありませんか?」


図書館司書のミスト先生が、私のところにやってきた。


「魔導書の保存環境を改善する方法を考えていただけないでしょうか。錬金術で何とかなりませんか?」

「えーと……」


私は肩に乗っているふわりちゃんと顔を見合わせた。


「ふみゅ?」

「よし、任せて!」


私は張り切って答えた。

カタリナの不安そうな視線を感じたが、気にしない。


――数日後。


私は工房で完成した装置を手に、図書館へと向かった。

「できました!『魔導書冷却装置』です!」

手のひらサイズの銀色の小箱。表面には風の魔法陣が刻まれている。


「これは……?」

ミスト先生が興味深そうに装置を覗き込む。


「風の魔法を利用して、周囲の温度を下げる装置です。しかも、本に優しい冷気だけを出すので、紙を傷めません!」

私は胸を張って説明した。


「素晴らしいですわね」

カタリナも感心したように頷く。


「では、早速設置してみましょう」

ミスト先生が図書館の中央テーブルに装置を置いた。


私は装置の起動スイッチを押す。


ぶぅん――


小さな音と共に、装置から涼しい風が吹き出し始めた。


「おお、涼しい!」

「これは便利だ!」

周りにいた学生たちから歓声が上がる。


「やった!大成功――」

私が喜んだ瞬間。


装置が突然、光り始めた。

「あれ?」


そして――


ーー「この人は恋愛小説を読んでいます! タイトルは『禁断の公爵様』です!」ーー

装置から、甲高い声が響き渡った。


「え!?」


図書館中の視線が、一人の女子生徒に集まった。

その生徒は真っ赤になって、手に持っていた本を慌てて閉じる。


「ち、違う!これは友達に頼まれて――」


ーー「次のページで主人公がキスシーンに突入します!心拍数が上昇しています!」ーー


「やめてええええ!」

女子生徒の悲鳴が図書館に響いた。


「ル、ルナさん!これは一体!?」

ミスト先生が慌てて装置に駆け寄る。


「え、えーと……」

私も混乱している。なぜこんなことに!?


ーー「隣の男子学生は武術書を読んでいますが、実は左手で隠れて料理本を読んでいます!『初心者でもできる簡単スイーツ』です!」ーー


「うわあああ!バレた!」

武骨な外見の男子学生が、顔を真っ赤にして立ち上がった。


ーー「後ろの学生は魔法理論書を読んでいるフリをして、実は居眠りしています!夢の中で巨大プリンと戦っています!」ーー


「な、なんでそこまで分かるんだよ!」

居眠りしていた学生が飛び起きた。


図書館中が大混乱に陥る。


「ルナさん、早く止めてくださいまし!」

カタリナが必死に叫ぶ。


「ま、待って!今止めるから!」

私は装置に駆け寄って、スイッチを切ろうとした。


しかし――


ーー「ルナ・アルケミは現在、装置を止めようとしていますが、スイッチの位置を間違えています!それは音量調整ボタンです!」ーー


「え!?」

私がボタンを押した瞬間、装置の声がさらに大きくなった。


ーー「カタリナ・ローゼンは心の中で『やっぱりルナさんの発明は危険ですわ』と思っています!」ーー


「え、ええ!?そ、そんなこと――」

カタリナが狼狽える。いや、多分本当に思ってたでしょ。


ーー「エリオット・シルバーブルームは『ルナさんの発明はいつも予想外だ』と冷静に分析していますが、内心では少し面白がっています!」ーー


「そ、そんなことは――」

エリオットも慌てて否定する。でも顔が少し赤い。


その時、図書館の奥から本の精霊ティナが現れた。

「なんという騒ぎ……これは一体?」

銀髪に青い瞳の美しい精霊が、呆れた表情で装置を見る。


ーー「本の精霊ティナは現在、『またルナか』と思っています!」ーー


「……その通りです」

ティナが即座に認めた。


「ティナさん、助けて!装置が止まらないの!」

「分かりました。少しお待ちください」


ティナが装置に手をかざすと、淡い光が装置を包み込んだ。

そして――装置の声が止まった。


「……ふう」

図書館中から安堵のため息が漏れる。


「ルナさん……」

ミスト先生が疲れた表情で私を見る。


「なぜ、冷却装置が読書内容をアナウンスするんですか?」

「え、えーと……風の魔法陣に、探知の魔法陣も組み込んだんです。本の状態を把握するために……」

私は冷や汗をかきながら説明する。


「それが暴走して、周りの人の読書内容や心の声まで読み取ってしまったようですわね」

カタリナがため息をつく。


「ごめんなさい……」

私は深々と頭を下げた。


「まあ、冷却機能自体は素晴らしかったですよ」

ティナが苦笑する。


「ただ、余計な機能は付けないでください。シンプルが一番です」

「は、はい……」


その後、私は装置から探知機能を完全に取り除き、純粋な冷却装置として作り直した。

改良版は無事に図書館で活躍することになったが……。


「あの、ルナさん……」


翌日、恋愛小説を読んでいた女子生徒が私のところにやってきた。


「な、何?」

「あ、あの……『禁断の公爵様』の続編が出たら教えてください……」


「え?」

「実は……すごく面白かったので……」

彼女は顔を赤らめながら、そう言った。


そして料理本を読んでいた男子学生も。


「ルナさん、その……スイーツ作りのサークル、作ろうと思うんだ。参加しない?」

「え、いいの!?」


「ああ。昨日のことで、隠すのをやめようと思ったんだ」

彼は爽やかに笑った。


図書館司書のミスト先生も、後日こう言った。


「あの騒動のおかげで、隠れて変な本を読む学生が減りましたよ。みんな堂々と好きな本を読むようになりました」

「それは……良かったのかな?」

私は首を傾げた。


「ええ、とても良いことです。ただし――」

ミスト先生は真剣な顔で続ける。


「二度とあんな装置は持ち込まないでくださいね」

「はい……」


そして、図書館の奥でティナが微笑んでいた。

「人の心を暴くのは良くありませんが……正直になるきっかけになったのなら、悪くないかもしれませんね」


その言葉に、私は少しだけホッとした。

ただし、カタリナには当分の間、冷たい視線を向けられることになったのだった。


「やっぱりルナさんの発明は危険ですわ、って本当に思ってたんですね……」

「そ、それは……その……」


カタリナの珍しい慌てようを見て、私は少しだけクスッと笑った。

夏の読書週間は、予想外の形で図書館に新しい風を吹き込んだのだった。


実験記録


実験名:魔導書冷却装置

結果:冷却機能は成功。ただし、探知機能が暴走して図書館中の秘密を暴露。

教訓:機能は必要最低限に。多機能=便利ではない。

副次効果:学生たちが自分の趣味に正直になった。図書館の貸出数が増加。

追記:カタリナに「シンプル・イズ・ベスト」という言葉を100回書かされた。


ティナのコメント:「次回からは相談してください」

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