表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
208/218

第208話 春の花畑フィールドワーク

「本日は学院近郊の野原にて、フィールドワークを実施します」


グリムウッド教授が朗らかに告げると、教室内がざわめいた。

「やった! 外での授業だ!」

「久しぶりの野外実習ね」

私も思わず顔がほころぶ。実験室での調合も楽しいけれど、やっぱり外での実習は特別だ。

肩に乗ったふわりちゃんも「ふみゅ〜♪」と嬉しそうに鳴いている。


「採取対象は『光花草』です。この時期にしか咲かない貴重な薬草で、錬金術の材料として重要なものですね」

教授が説明を続ける。

光花草は春の魔力が最も高まる時期に咲く特殊な植物で、夜になると淡い光を放つらしい。採取した草は魔力増幅の薬や、光を操る錬金術の材料になる。


「へぇ、面白そうですわね」

隣でカタリナが興味深そうに呟く。


「うん! 実物を見るのが楽しみだよ」

私は空間収納ポケットから採取用の道具を取り出した。専用のハサミと、魔力を保持できる特殊な袋だ。


学院から馬車で三十分ほど揺られて、私たちは目的地の野原に到着した。

「わぁ……!」

思わず感嘆の声が漏れる。


目の前に広がるのは、一面の花畑だった。

黄色、ピンク、白、紫——様々な春の花々が咲き乱れ、まるで絵画のような光景だ。そして、その中でひときわ目を引くのが、金色に輝く小さな花々。


「あれが光花草ですわね」

カタリナが指差す。


確かに、他の花とは明らかに違う輝きを放っている。

昼間でもうっすらと光っているなんて、よほど魔力が高いんだろう。


「ふみゅみゅ〜」

ふわりちゃんが興奮気味に鳴く。

ポケットの中のハーブも「ピューイ」と顔を出した。


「では、各自で採取を開始してください。ただし——」

グリムウッド教授が注意事項を述べようとした、その時だった。


「キュウ!」

「キュキュキュ!」

「キュウウウ!」

草むらから、何かが飛び出してきた。


「な、何ですの!?」

カタリナが驚いて後ずさる。


私の目の前に現れたのは、モフモフの毛玉のような小動物だった。

ウサギのような長い耳、リスのようなふわふわの尻尾、そしてつぶらな瞳。全身が白と茶色の柔らかそうな毛で覆われている。


「可愛い……!」


思わず言葉が漏れた瞬間、その「可愛い生き物」は光花草に飛びつき、むしゃむしゃと食べ始めた。


「あっ!待って!」

慌てて手を伸ばすが、時すでに遅し。さらに草むらから、同じような生き物が次々と現れる。


「キュウキュウ!」

「キュキュ!」

「キュウウウ!」

十匹、二十匹、三十匹——あっという間に花畑は、モフモフの毛玉だらけになった。


「これは……『春モフ』ですね」

グリムウッド教授が眼鏡を直しながら呟く。


「春モフ?」

「この時期にだけ現れる魔物です。光花草を好物としていて、群れで行動します。性質は温厚ですが、食欲は旺盛でして……」

説明の間にも、光花草がどんどん食べられていく。このままでは、採取どころではない。


「先生! 何か対策はありませんの!?」

カタリナが焦った様子で尋ねる。


「うーむ、通常は追い払うのですが……この数では……」

教授も困惑している。確かに、この数を一匹ずつ追い払うのは現実的じゃない。


「よし、私に任せて!」

私は空間収納ポケットから、試作品のポーションを取り出した。ピンク色の液体が入った小瓶だ。


「ルナさん、それは?」

「『花粉爆発ポーション』だよ! 花粉を一気に拡散させて、くしゃみを誘発するんだ。春モフたちが嫌がって逃げてくれるはず!」


この間、実験室で試作していたものだ。花粉症対策の研究をしていたら、逆に花粉を爆発的に増やす薬ができてしまったのだ。失敗作だと思っていたけれど、こんなところで役に立つとは。


「ちょ、ちょっと待ってください、ルナさん! その薬、本当に大丈夫ですの!?」

カタリナが不安そうな顔をする。


「大丈夫、大丈夫!多分!」

「多分って……!」


カタリナの制止を振り切り、私はポーションの蓋を開けた。

「それでは、いきますよ!!『花粉爆発ポーション』、投擲!」


小瓶を花畑の中央に向かって投げる。瓶は綺麗な放物線を描き——


ぱりん!

地面に落ちて割れた。


すると、瓶から金色の煙が勢いよく噴き出した。煙はあっという間に広がり、花畑全体を覆い尽くす。

「キュウウウ!?」

「キュキュキュ!?」

春モフたちが慌てて逃げ出す。よし、作戦成功——!


「は、はっくしょん!」

——と思ったら、真っ先にくしゃみをしたのは私だった。


「はっくしょん! はっくしょん!」

続いてカタリナも、エリオットも、他のクラスメートたちも、次々とくしゃみをし始める。


「はっくしょん!る、ルナさん!これ、人間にも効きますわよ!」

「ごっ、ごめん!はっくしょん!」

目が痒い。鼻がむずむずする。涙が止まらない。


「ふみゅ〜……はっくしゅ!」

ふわりちゃんまでくしゃみをしている。そのあまりの可愛さに、思わず心が和みそうになるが、それどころじゃない。


「はっくしょん!みんな、撤退ですわ!」

カタリナの指示で、私たちは花畑から離れた場所まで退避した。


「はぁ……はぁ……」

安全な場所まで逃げて、ようやく一息つく。金色の花粉はまだ花畑の上空に漂っていて、キラキラと輝いている。


「ご、ごめんなさい……」

「まったく、いつもこうですわね」

カタリナも呆れた様子だ。


「あの、でも……春モフは全部逃げましたよ?」

エリオットが指摘する通り、花畑からは春モフの姿が完全に消えていた。

作戦自体は成功したと言える。ただし、人間も巻き添えになっただけで。


「問題は、あの花粉の雲ですわね……」

カタリナが空を見上げる。金色の花粉はまだ消える気配がない。

むしろ、太陽の光を受けてさらに輝きを増している。


その時だった。

「あれは……!」


誰かが叫ぶ。

金色の花粉の雲が、突然色を変え始めた。金色から、オレンジ、赤、紫、青、緑——虹色の光が花畑全体を包み込む。


「な、何が起きてますの!?」

「わ、分かりません!」

私も困惑する。こんな現象、予想していなかった。


「これは……光花草の花粉と、私のポーションの成分が、想定外の反応を起こしているんだと思う!」

よく見ると、虹色の光は波のように揺らめいている。まるで、オーロラのような幻想的な光景だ。


「綺麗……」

思わず呟く。くしゃみで涙目になっていたことも忘れて、その光景に見入ってしまう。


「ふみゅ〜……」

ふわりちゃんも感動したように鳴く。


「素晴らしい……!これは、『光花草の魔力共鳴現象』ですね!」


グリムウッド教授が興奮した様子で叫ぶ。

「魔力共鳴現象?」

「光花草の花粉が高濃度で集まると、互いの魔力が共鳴し合い、このような現象が起きるのです。しかし、自然状態でこれが起きるのは極めて稀で……記録に残っている例は、過去百年で三例のみ!」

教授は手帳を取り出して、熱心にメモを取り始める。


「つまり……貴重な現象ってことですか?」

「その通り! ルナさん、あなたはまた歴史に残る発見をしましたよ!」


えっ。

私は自分の耳を疑った。くしゃみの大騒ぎを起こしたのに、これが評価されるの?


「本来、この現象を人工的に再現するには、高度な魔法陣と複雑な錬金術の組み合わせが必要です。それを、あなたはたった一つのポーションで実現した!」

「い、いや、でも……これは偶然で……」

「偶然こそが、新発見の母ですよ」

教授はにこやかに言う。


「まぁ、結果オーライってことですわね」

カタリナが肩をすくめる。


「ふみゅみゅ〜♪」

ふわりちゃんも嬉しそうだ。


結局、虹色の光は一時間ほど続いた後、徐々に消えていった。その間、教授をはじめとする教員たちは、熱心に観測と記録を続けていた。


「本日のフィールドワークは、予想外の展開となりましたが……むしろ、教科書に載るような貴重な体験ができました」

グリムウッド教授が総括する。


「光花草の採取はできませんでしたが、代わりに『魔力共鳴現象の観測』というレポートを提出してください。これは通常の課題以上の価値があります」

「はい!」

クラスメートたちが元気よく返事をする。みんな、最初のくしゃみ地獄はすっかり忘れているようだ。


「ルナさん、あなたの実験レポートは特に期待していますよ」

「が、頑張ります……」

私は力なく答える。


馬車で学院に戻る道中、カタリナが呟いた。

「ルナさんと一緒にいると、退屈しませんわね」

「それって、褒めてるの?」

「さぁ、どうでしょう?」

カタリナはいたずらっぽく笑う。


「でも、今日の虹色の花畑は本当に綺麗でしたわ。あれは一生忘れられない光景です」

「うん、私もそう思う」


窓の外を見ると、遠くに花畑が小さく見える。もう虹色の光は消えているけれど、あの幻想的な光景は、私の心にしっかりと刻まれている。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんが満足そうに鳴く。


「次のフィールドワークも楽しみですわね」

「うん!……でも、次は普通に終わらせたいな」


「ルナさんに『普通』を期待するのは無理な話ですわ」


カタリナの言葉に、私は苦笑するしかなかった。

こうして、春の花畑フィールドワークは、くしゃみと虹色の光という、予想外の形で幕を閉じたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ