表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
207/208

第207話 新入生とオリエンテーションと歩き出す地図

「ルナさん、今回は本当に、本当に、普通にお願いしますわ」


カタリナが念を押すように言った。

私たちは学院の会議室で、新入生向けの校内地図を準備していた。


「わかってるって! 今回は普通に配るだけだから!」


私は胸を張って答える。

昨日の入学式の件で、グリムウッド教授から『材料の確認を三回する』という誓約書にサインさせられたばかりだ。今回は本当に気をつけなければ。


「ふみゅ?」

肩の上のふわりちゃんが、何やら不安そうに鳴いている。

ハーブもポケットから顔を出して、「ピューイ……」と心配そうだ。


「何よ、二人とも。私だって、ちゃんとできるもん」


「ルナっち〜♪ この地図、超シンプルだね〜♪」

フランが手に取った地図を見ながら言った。確かに、白黒の簡素な地図だった。


「そうなんだよね。新入生、これで本当に学院内を把握できるのかな?」

「まあ、例年この地図で問題なかったそうですから、大丈夫でしょう」

エリオットが冷静に答える。


「でも……もっと便利にできないかな?」

私がそう呟いた瞬間、カタリナが鋭く反応した。

「ルナさん、何を考えていますの?」

「え、いや、ちょっと魔力を込めれば、地図がもっとわかりやすくなるかなって……」


「駄目ですわ! 絶対に駄目ですわ!」

カタリナが両手で私の肩を掴んで揺さぶる。


「でもでも、新入生が迷子になったら可哀想じゃない!」

「ルナさんの魔力の方がもっと可哀想なことになりますわ!」


「そ、そんなことないもん!」

私は少し膨れっ面をした。確かに、最近の実験は予想外の結果が多いけれど、今回は単純に魔力を込めるだけだ。問題ないはず。


「ルナ先輩、もうオリエンテーションの時間ですよ」

エミリが時計を見ながら教えてくれた。


「よし、行こう!」


私たちは地図の束を抱えて、新入生たちが待つ講堂へ向かった。

講堂には、昨日入学したばかりの新入生たちが集まっていた。みんな期待と不安が入り混じった表情をしている。


「それでは、在校生の皆さんから、校内地図を配っていただきます」

モーガン先生が説明する。私たちは地図を配り始めた。


その時だ。私の手が、うっかり地図の束に触れた瞬間――


ーーぱぁっ

淡い光が地図全体に広がった。


「あっ」

「ルナさん!?」


カタリナが叫ぶ。しまった、無意識に魔力を込めてしまった!

最初は何も起こらなかった。新入生たちは地図を手に取り、じっくりと眺めている。


「えっと、図書館はこっちで……」

一人の新入生が地図を見ながら呟いた。すると――


ぱたぱた

地図が突然、その子の手から飛び出した。


「え!?」


地図は宙を舞い、講堂の出口に向かって飛んでいく。そして、まるで手招きするように、ひらひらと揺れた。

「あ、あの……」

新入生が戸惑いながら、地図を追いかけていく。


「ちょ、ちょっと待って!」

私が慌てて止めようとした瞬間、他の地図も次々と動き出した。


ぱたぱたぱたぱた!

「うわあああ!?」

「地図が飛んでる!?」


新入生たちが驚きの声を上げる。地図たちは、まるで意思を持ったかのように、新入生たちの周りを飛び回り始めた。


「ルナさん……これは一体……」

モーガン先生が呆然とした表情で私を見る。


「す、すみません! ちょっと魔力が……」

「ルナさん、早く止めてください!」

カタリナが叫ぶが、もうだいぶ遅い。地図たちは新入生たちを引き連れて、講堂から飛び出していった。


「待って待って!」

私たちも慌てて追いかける。


廊下では、信じられない光景が繰り広げられていた。

地図たちが、まるでツアーガイドのように、新入生たちを校舎中に案内しているのだ。


「こっちが図書館……って、え、こっち!?」

一人の新入生が、地図に引っ張られるように走っていく。しかし、地図が示す方向は、明らかに図書館と逆方向だった。


「あれ、教室はこっちじゃ……わあっ!?」

別の新入生が、地図に導かれて階段を駆け上がっていく。

「魔物学の教室は……え、屋上!?」

地図はどんどん新入生たちを、ありえない場所へ連れて行ってしまう。


「これはまずいですわ!」

カタリナが青ざめた顔で言った。


「ルナっち、マジでヤバいよ〜!♪」

フランが笑いながら、暴走する地図を追いかけている。


「ルナ先輩、どうしましょう!」

エミリが困惑している。


「地図の魔力を解除しないと……!」

私は『魔力鎮静薬』を取り出そうとしたが、その時――


「助けて〜!」

悲鳴が聞こえた。見ると、一人の新入生が地図に引きずられて、使われていない旧校舎の方へ向かっている。


「あっちは立ち入り禁止区域ですわ!」

カタリナが叫ぶ。


「やば、止めないと!」

私は必死に走った。しかし、地図の動きは予想以上に速い。

旧校舎の扉が開き、新入生が中に引きずり込まれそうになった――その瞬間。


「『拘束の蔦』!」

カタリナの魔法が発動し、緑色の蔦が地図を絡め取った。


「今ですわ、ルナさん!」

「うん!」

私は『魔力鎮静薬』を噴霧器に入れ、捕まえた地図に噴射した。


しゅわわわわ〜


青い霧が地図を包む。すると、地図は力を失い、ひらりと地面に落ちた。

「はぁ……はぁ……助かった……」

新入生が息を切らしながら言った。


「ごめんなさい! 大丈夫!?」

「は、はい……でも、あの地図、すごく元気でしたね……」

新入生が苦笑する。


「他の地図も止めないと!」


私たちは再び走り出した。

校舎中を駆け回り、一枚一枚地図を回収していく。

カタリナの『拘束の蔦』で捕まえ、私が『魔力鎮静薬』で無力化する。

フランは持ち前の運動神経で、高い場所を飛び回る地図を捕まえ、エミリは『測り目』の魔法で、遠くの地図の位置を正確に把握してくれた。


「あと三枚!」

エリオットが叫ぶ。彼は『記録用の魔法陣』で、どの地図を回収したか記録してくれていた。


「最後の一枚は……あそこ!」

カタリナが指差す先には、校長室の扉があった。

そして、その扉の前で、一枚の地図がひらひらと揺れていた。


「校長室って……まずい!」

私が慌てて駆け寄った瞬間、扉が開いた。


「これは一体、何の騒ぎですか?」

校長先生が困惑した表情で立っていた。そして、その足元には、校長室に入ろうとしていた新入生が――いや、新入生が三人も倒れ込んでいた。


「こ、校長先生……」

「ルナ・アルケミさん…」

校長先生のため息が聞こえた。


「申し訳ございません……」

私は深々と頭を下げた。


その後、私たちは新入生たち全員を無事に回収し、改めて普通の地図を配り直した。

幸い、怪我人は一人もいなかったが、新入生たちはみんなくたくたに疲れていた。


一通り周りを確認したモーガン先生が、

「ルナさん。新入生たちは、この一時間で校舎の隅々まで見て回ることができました。ある意味、最も効率的なオリエンテーションだったでしょう」

と言った。


「え……」

「ただし!」

先生の声が厳しくなる。


「次からは必ず、事前に許可を取ってください。そして、地図に魔力を込めないこと。いいですね?」

「は、はい!」

私は慌てて頷いた。


「でも、先生」

昨日挨拶をしたクラリスが手を挙げた。


「私、あの地図のおかげで、学院のこと、すごくよくわかりました。迷子になったけど、楽しかったです」

「わ、私も!」

「僕も、普通に案内されるより、冒険みたいで面白かったです!」

他の新入生たちも、次々と同意の声を上げた。


「……そうですか」

モーガン先生が苦笑する。

「まあ、結果的に新入生たちが学院に慣れたなら、良しとしましょう」


「ありがとうございます!」

私は安堵のため息をついた。


「ルナさん、本当に懲りませんわね」

カタリナが呆れた顔で言う。


「ごめんごめん。でも、結果オーライだったよね?」

「それは……まあ、そうかもしれませんけれど……」

カタリナは苦笑した。


「ルナっち、超面白かった〜♪ 地図が走り回るとか、初めて見た〜♪」

フランが笑いながら肩を叩いてくる。


「ルナ先輩、次は何を作るんですか?」

エミリが興味津々に聞いてくる。


「え、えっと……しばらくは大人しくしてようかな……」


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんが、私の肩の上で満足そうに鳴いていた。

ハーブも「ピューイ!」と元気な声を上げる。


こうして、史上最も波乱に満ちた新入生オリエンテーションは幕を閉じた。


そして、私はグリムウッド教授に再び呼び出され、『地図には絶対に魔力を込めない』という新たな誓約書にサインさせられた。


「次こそは、普通に成功させるんだから!」

私は決意を新たにした。が、その隣でカタリナが深いため息をついていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ