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第201話 春の花壇の小さな救い

「今年も美しい花壇にしましょうね、トーマスさん」


カタリナが優雅に帽子をかぶり直しながら、ローゼン侯爵邸の庭師に微笑みかけた。

春の陽射しが縦ロールに美しく差し込んで、まるで絵画のよう。


「お嬢様、今年はどちらの花から植えましょうか?」

白髪の庭師トーマスが丁寧に尋ねた。彼はローゼン侯爵邸で長年働いている、とても優しい初老の男性。


「そうですわね。まずはチューリップから始めましょうか」

カタリナは薄手の園芸用グローブをはめて、色とりどりの球根を手に取った。

赤、黄、ピンク、白...まるで宝石のように美しい。


「お嬢様の花壇はいつも王都一美しいと評判でございます」

「ありがとうございます。でも、私一人では到底できませんわ。トーマスさんがいてくださるからこそですの」


カタリナが球根を丁寧に土に植えながら答えた。その手つきはとても優雅で、でも確実。

長年の経験が感じられる。


「次はパンジーでございますね」

トーマスが紫や黄色のパンジーの苗を持ってきた。小さくて可愛い花が、春風に揺れている。


「パンジーの花言葉は『思慮深さ』でしたわね。庭に知性と美しさを両方もたらしてくれますわ」

カタリナが一株ずつ丁寧に植えていく。その時、庭園の向こうから小さな爆発音が聞こえてきた。


ーーぽんっ!


「あら?」

カタリナが顔を上げると、アルケミ家の方向から虹色の煙がもくもくと上がっている。


「また、ルナさんの実験でしょうか」

カタリナが苦笑いしながらつぶやいた瞬間、地面が微かに震えた。


「お、お嬢様?」

トーマスが驚いた声を上げた。花壇の土が、見る見るうちに虹色に変化し始めたのだ。

普通の黒い土が、まるで虹色の粘土のようにぐにゃぐにゃと動いている。


「これは...ルナさんの実験の余波ですわね」

さっき植えたばかりのチューリップとパンジーが、虹色になった土に耐えきれず、ぐらぐらと傾き始めた。


「お嬢様!花たちが!」

トーマスが慌てて花を支えようとするが、虹色の粘土状の土はぬるぬるしていて、うまく支えられない。


「大丈夫ですわ、トーマスさん。落ち着いて」

カタリナが優しくトーマスの肩に手を置いた。


「実験の余波は一時的なもの。きっとすぐに元に戻りますわ。それよりも、今は花たちを支えてあげましょう」


カタリナは慌てることなく、傾いたチューリップを一つずつ丁寧に立て直していく。

虹色の土で手が汚れても、気にする様子もない。


「お嬢様、手が汚れてしまいます」

「構いませんの。花も春を楽しむ権利がありますもの」


カタリナが微笑みながら答えた。

その笑顔はとても温かくて、トーマスも安心したような表情になった。


「パンジーもこちらに...そうですわ、しっかりと根を張れるように」


カタリナの手は魔法のように器用で、傾いた花たちを次々と立て直していく。

虹色の土も、彼女の手にかかると扱いやすそうに見えた。


「お嬢様は本当にお優しい方でございますね」

トーマスが感動しながらつぶやいた。


その時、庭園の入り口からルナが慌てて走ってきた。

「カタリナ!大変、実験の余波が庭まで...」


ルナが花壇を見て、顔を青くした。虹色の粘土状になった土と、それでも美しく立っている花たち。

「あ、あああ...ごめんなさい!『土壌改良ポーション』の実験をしていたら、範囲が広がりすぎて...」


ルナがしょんぼりと頭を下げた。肩の上のふわりちゃんも「ふみゅ〜」と申し訳なさそうに鳴いている。


「大丈夫ですわ、ルナさん」

カタリナが優雅に立ち上がって、ルナに微笑みかけた。


「ご覧なさい。花たちはちゃんと立っていますでしょう?」


確かに、カタリナの手で立て直された花たちは、虹色の土の中でもしっかりと根を張っている。

それどころか、いつもより色鮮やかに見えた。


「あら、これは...」

カタリナが気づいた。虹色の土の効果で、花たちの色がより鮮明になっている。

チューリップはより赤く、パンジーはより紫に、そして全体的にキラキラと輝いて見えた。


「魔法的な土壌改良効果が現れているようですわね」


「そ、そうなの?」

ルナが恐る恐る近づいてきた。


「ええ。意図的ではなかったでしょうけれど、結果的に花たちにとって良い環境になっているようですわ」


トーマスも驚いて花壇を見回した。

「確かに...花の色が以前より美しく見えます」


「ほ、本当?」

ルナの表情が少し明るくなった。


「ただし」

カタリナが優しく付け加えた。


「次回からは実験の範囲をもう少し限定していただけますでしょうか?」


「はい...すみませんでした」

ルナが素直に謝った。その時、虹色だった土がゆっくりと元の色に戻り始めた。

でも、花たちの美しさは残ったまま。


「あら、まるで魔法みたいですわね」

カタリナが感嘆の声を上げた。


「お嬢様のおかげで、今年の花壇は例年以上に美しくなりそうでございます」

トーマスが深々と頭を下げた。


「いえいえ、私は当然のことをしただけですわ。それよりも、ルナさんの実験が思わぬ形で庭園を美しくしてくれましたの」


「カタリナ...」

ルナがカタリナの優しさに少し恐縮したような表情を浮かべた。


「私のせいで迷惑をかけたのに、そんな風に言ってくれるなんて...」


「困った時はお互い様ですわ。それに、結果的に素晴らしい花壇になりましたもの」


カタリナが花壇を見回した。確かに、以前より華やかで美しい春の庭園になっている。


「今度は事前に相談してから実験するからね」

ルナが約束した。


「ええ、お待ちしていますわ。錬金術と園芸の組み合わせ、とても興味深いですもの」


その後、三人で花壇の仕上げを行った。カタリナの指導のもと、ルナも慎重に花を植える。

トーマスは感動しながら、美しくなった庭園を見つめていた。


「お嬢様」

トーマスが静かに言った。


「今日のことで改めて思いました。お嬢様の優しさは、花と同じように人の心も美しくしてくださいます」


「まあ、トーマスさん...」

カタリナが少し頬を染めた。


「私こそ、いつも学ばせていただいていますわ。花を育てることの大切さ、そして忍耐強さを」


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも満足そうに鳴いている。


夕日が庭園を優しく照らす中、完成した花壇はこれまで以上に美しく輝いていた。

虹色の土の効果で、花たちはまるで宝石のように光っている。


「来年の春も、また一緒に花壇を作りましょうね」

カタリナの提案に、ルナとトーマスが嬉しそうに頷いた。


「うん!」

「私も楽しみにしております、お嬢様方」


春の花壇に小さな騒動はあったけれど、結果的にはそれが新しい美しさを生み出した。

そして何より、カタリナの優しさがみんなの心を温かくしてくれた。


これも、素敵な春の一日の思い出になるのだろう。

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