第200話 桜の精霊チェリブロ
「今日は完璧な桜の花びらを採取しましょう」
私は王立魔法学院の庭園にある大きな桜の木を見上げた。
満開の花が美しく咲き誇っていて、春の錬金術実験には最適な材料。
「ふみゅ〜」
肩の上のふわりちゃんも桜の美しさにうっとりしている。
ハーブは「ピューイ」と鳴いて、花の香りを楽しんでいるみたい。
「ルナさん、桜の花びらは何の実験に使うのですか?」
カタリナが美しい縦ロールを春風になびかせながら聞いてきた。
「春限定の『桜香スイーツ』を作るの!食べると口の中で桜吹雪が舞うような...」
「それは素敵ですわね」
エリオットも興味深そうに見ている。
「古代の記録にも、桜を使った錬金術の記載がありますね」
私は空間収納ポケットから小さなバスケットを取り出して、桜の花びらを集め始めた。ひらひらと散る花びらをそっと受け止めて...
「待てい!」
突然、大きな声が響いた。
「誰が勝手に私の花びらを持ち帰って良いと言った!」
桜の大樹がざわめくと、幹の中から美しい精霊が姿を現した。
桜色の髪に花びらの冠、薄桃色のドレスを着た愛らしい女性の精霊。
「わあ!桜の精霊よ!」
私は目を輝かせた。
「私はチェリブロ!この桜の大樹の守護精霊である!」
チェリブロが威厳たっぷりに宣言した。でも、その可愛らしい外見のせいで、あまり威圧感がない。
「あら、美しい精霊ですわね」
カタリナが感嘆の声を上げた。
「ふんっ!美しいのは当然である!問題はそこではない!」
チェリブロが私を指差した。
「貴様は何の許可もなく、私の大切な花びらを勝手に採取しようとした!これは桜への冒涜である!」
「え、えーっと...」
確かに、精霊に許可を取らずに花びらを採っちゃった。これは失礼だったかも。
「ごめんなさい!でも、桜スイーツを作って、みんなに春の喜びを分けてあげたかったの」
「言い訳は聞かん!桜の花びらは私の分身も同然。それを勝手に持ち帰るなど、許されざる行為である!」
チェリブロが手を振ると、桜の花びらが舞い踊って、小さな竜巻を作った。
「うわあああ!」
私たちは慌てて後ろに下がった。
「決闘を申し込む!貴様の錬金術と、私の桜の力、どちらが上か勝負するのだ!」
「決闘?」
「そうだ!勝った方が桜の花びらの使用権を得る。負けた方は...永久に桜に近づいてはならぬ!」
それは困る!桜の花びらは春の錬金術に欠かせない材料なのに。
「分かったわ!その勝負、受けて立つ!」
私は調合道具を取り出した。
「ルナさん、大丈夫ですの?」
カタリナが心配そうに聞いてくる。
「任せて!錬金術で精霊さんの心を動かしてみせる!」
「それでは始めようか!第一戦、美しさ勝負!」
チェリブロが手を振ると、桜の花びらが空中で踊り始めた。花びらが光って、美しい桜色の光の帯を作る。
「うわあ、綺麗...」
でも、負けてられない!
「私も美しさで勝負よ!」
私は『光の花びら』『虹の雫』『星の粉』を調合鍋に入れた。エリオットが協力して魔法の火を起こしてくれる。
材料がキラキラと光り始めて、七色の光を放った。
ーーぽんっ!
小爆発と共に、虹色の煙がもくもくと上がる。
甘い香りが辺りに広がって、煙が晴れると美しい虹色の花が空中に浮かんでいた。
「ほう...なかなかやるではないか」
チェリブロが感心している。
「第一戦は引き分けである!では第二戦、美味しさ勝負!」
チェリブロが再び手を振ると、桜の花びらが集まって小さなお菓子の形になった。
「桜餅である!私の力で作った特製桜餅を食べてみよ!」
精霊が作った桜餅は、とても美しくて良い香りがする。一口食べてみると...
「美味しい!口の中で桜の香りが広がって、まるで花見をしているみたい!」
「ふふん、当然である!」
でも、私も負けない!
「私の桜スイーツも食べてみて!」
私は急いで『桜の花びら』『甘露の蜜』『幸福の粉』を調合した。カタリナが美しい炎で火加減を調整してくれる。
「今度は失敗しないように...」
材料がふんわりと混ざり合って、淡いピンク色の生地ができた。優しく火を通すと...
ーーぽんっ!
今度は小さくて可愛い爆発。薄紫の煙と共に、桜の香りが広がった。
「桜クッキーの完成!」
出来上がったクッキーは桜の花の形をしていて、食べると口の中でほんのり温かい幸福感が広がる。
「むむ...これも美味である」
チェリブロが認めてくれた。
「第二戦も引き分け!では最終戦、楽しさ勝負である!」
「楽しさ勝負?」
「そうだ!私は桜の下で花見をする人々の笑顔を見るのが一番の喜び。貴様は桜でどんな楽しさを作り出せるか!」
これは得意分野かも!
「それなら...」
私は『遊びの石』『笑顔の草』『友情の雫』を取り出した。これに桜の花びらも加えて...
「何を作るつもりですの?」
カタリナが興味深そうに見ている。
調合鍋の中で材料がぐつぐつと踊っている。桜の花びらが回転しながら、他の材料と混ざり合っていく。
「えいっ!」
最後に魔力をたっぷり込めて...
ーードッカーン!
いつもより大きな爆発!ピンク色の煙がもくもくと立ち上って、甘い香りが辺り一面に広がった。
煙が晴れると...
「わあ!」
空中に小さな桜の木のミニチュアが浮かんでいた。
手のひらサイズの可愛い桜の木で、小さな花びらがくるくると回っている。
「桜のオルゴールよ!」
ミニチュアの桜が美しいメロディを奏でながら、花びらを舞わせている。まるで小さな春の世界。
「おお...これは...」
チェリブロが目を輝かせた。
「美しく、楽しく、そして心温まる...」
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも桜のオルゴールに夢中になっている。
「私の負けである!」
チェリブロが深々と頭を下げた。
「貴様...いや、貴方の錬金術は、確かに桜の美しさと喜びを表現している」
「チェリブロさん...」
「桜の花びらを使う許可を与えよう。ただし!」
チェリブロが指を立てた。
「桜を愛する気持ちを忘れてはならぬ。そして、作ったものでみんなを幸せにするのだ」
「約束するわ!」
私が答えると、チェリブロが微笑んだ。
「それでは...和解の証に」
チェリブロが手を振ると、桜の大樹から美しい花びらが舞い散った。
まるで雪のように、空から花びらが降り注ぐ。
「桜吹雪ですわ!」
カタリナが感動の声を上げた。
「これは美しい光景ですね」
エリオットも見とれている。
「みんなで花見宴会をしませんか?」
私が提案すると、チェリブロが嬉しそうに頷いた。
「それは良い案である!」
私たちは桜の木の下にシートを敷いて、即席の花見宴会を始めた。
桜クッキーに桜餅、そして桜のオルゴールの音楽付き。
「プルルン♪」
スライムキングたちも魔物保護施設からやってきて、花見に参加してくれた。
「ころころ〜♪お花見〜♪」
雪丸も桜色の雪を降らせて、花見を盛り上げてくれる。
「これは賑やかな花見ですわね」
カタリナが楽しそうに笑っている。
「春らしくて良いですね」
エリオットも満足そう。
「あ、そうだ!」
私はアルケミ領の特製ブドウジュースを取り出した。
「チェリブロさんにも飲んでもらいましょう」
「ほほう、これは何だ?」
チェリブロがジュースを一口飲むと、その美しい桜色の髪がさらに輝いた。
「美味である!体が温かくなって、力が湧いてくる」
「気に入ってもらえて良かった」
桜吹雪の中でのお花見。精霊さんとの交渉バトルも楽しかったし、最後はみんなで仲良くお茶会。
「来年の春も、また一緒に花見をしましょう」
私が言うと、チェリブロが嬉しそうに頷いた。
「約束である!その時は、もっと美しい桜を咲かせてお待ちしよう」
『ルナちゃん、また面白い友達ができたヨ〜』
スライムキングの心の声が聞こえた。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんも満足そう。
「今日の実験報告書のタイトルは何にしましょう?」
カタリナが聞いてきた。
「『桜の精霊との友好交渉及び春季錬金術実験成果報告』かな」
「さすがですわ、ルナさん。精霊との決闘も実験扱いですのね」
カタリナが苦笑いしている。
桜の花びらが舞い散る中、私たちの特別な花見宴会は続いた。
チェリブロという新しい友達もできたし、今日も素敵な一日になった。




