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第20話 侯爵令嬢の優雅な一日と隣家の大爆発

「お嬢様、お目覚めでございますか?」


朝の陽光が差し込むローゼン侯爵家の豪華な寝室で、カタリナは優雅に目を覚ました。

侍女のジュリアが銀の盆にのせた朝茶を運んできている。


「おはようございます、ジュリア。今日も美しい朝ですのね」


「はい、お嬢様。本日の予定でございますが、午前中は庭園でのティータイム、午後は刺繍のお時間、夕方は音楽のレッスンとなっております」


「完璧な一日になりそうですわ」


カタリナが上質なシルクのナイトドレスから優雅に身を起こし、窓辺に向かった。

隣接するアルケミ伯爵家の屋敷が見える。


「ルナさんは今頃、何をなさっているのかしら……」


その瞬間——


——ドッカァァァン!!!


隣家の方角から巨大な爆発音が響いた。


「きゃっ!」


カタリナが驚いて紅茶カップを落としそうになる。ジュリアが慌てて支えた。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「ええ、大丈夫ですわ。きっとルナさんが朝の錬金術実験をなさっているのでしょう」


窓の向こう、アルケミ家の実験室から紫色の煙がもくもくと立ち上っているのが見える。


「相変わらず派手な実験ですのね……さあ、朝の支度を始めましょう」


カタリナは気を取り直して、優雅な一日の準備を始めた。


侍女たちに手伝ってもらい、美しいモーニングドレスに着替える。

今日は薄いラベンダー色のシルクドレスに、真珠のアクセサリーを合わせた。


「お美しゅうございます、お嬢様」

「ありがとうございます。それでは朝食をいただきましょう」


大理石のテーブルが美しく設えられた食堂で、カタリナは優雅に朝食を楽しんでいた。

焼きたてのクロワッサンに、薔薇のジャムを上品にのせる。


「このジャムは格別ですわね」

「庭園の薔薇から作らせていただきました」


ジュリアが説明している時——


——バァァァン!!


今度はさらに大きな爆発音。


「うわああああ!」

「お嬢様ああああ!」


隣家から悲鳴も聞こえてくる。


カタリナの手が震えて、クロワッサンからジャムがポタリと落ちた。


「……大丈夫でしょうか、ルナさん」


心配になりながらも、カタリナは朝食を続けた。

隣家がどんなに騒がしくても、侯爵令嬢としての品格は保たねばならない。


朝食後、カタリナは庭園のガゼボでティータイムを楽しむ予定だった。

美しく手入れされた薔薇園の中央にある白い東屋で、午前のお茶を楽しむのが日課なのだ。


「今日はアールグレイでございます」


ジュリアが丁寧にお茶を淹れてくれる。

薔薇の香りに包まれた静寂の庭園で、カタリナは深く息を吸った。


「なんて優雅なひととき……」


ティーカップを優雅に持ち上げ、唇に運ぼうとした瞬間——


——ドッゴォォォン!!!


今度は地響きまで伴う大爆発。


「ひっ!」


カタリナの手が大きく震え、熱いお茶が膝の上にこぼれてしまった。


「お嬢様! 大変です!」


ジュリアが慌ててハンカチを差し出す中、隣家の方角から緑色の煙が高々と立ち上っている。


「あ、緑色……今度は何の実験かしら」

「『植物成長促進剤』でしょうか……」


ジュリアの推測通りなら、きっとルナが植物関係の錬金術に挑戦しているのだろう。


「お嬢様、お着替えをなさいますか?」

「いえ、大丈夫ですわ。乾きますもの」


気を取り直して、カタリナは読書を始めた。

最近お気に入りの恋愛小説を読みながら、優雅な午前のひとときを過ごすつもりだった。


「『公爵様は優しく微笑んで、彼女の手を取ると……』」


物語に没頭していると——


——ピロピロピロ〜ン♪


今度は爆発ではなく、奇妙な音楽が聞こえてきた。


「あら? 音楽?」


音楽は美しいワルツ調だったが、だんだんテンポが早くなっていく。


——ピロピロピロピロピロ〜ン♪♪♪


「なんだか慌ただしい音楽ですのね」


そう思った瞬間——


——ドップ〜ン!!


爆発と共に音楽が止んだ。


カタリナの持っていた本がパタンと閉じてしまう。


「……『音響制御薬』の実験でしょうか」


もはや推測するのも慣れてきた。カタリナは諦めて、午後の予定に移ることにした。


午後は居間での刺繍の時間。

カタリナは美しい薔薇の刺繍を施したハンカチを作っている最中だった。


「この薔薇の花びら、もう少し丸みを帯びさせましょう」


集中して細かい作業をしていると、心が落ち着いてくる。

針を優雅に動かしながら、美しい薔薇を刺繍していく。


「お嬢様の刺繍はいつ見ても美しゅうございます」

「ありがとうございます、ジュリア。母から教わった技法ですの」


平和な午後のひととき。

ようやく隣家も静かになったようで、カタリナは安心して刺繍に没頭していた。


薔薇の花びらの最後の一針を刺そうとした時——


——シュルシュルシュル〜


何か奇妙な音が聞こえ始めた。


「あら? 何の音でしょう?」


音はだんだん大きくなって——


——シュルシュルシュルシュル〜〜


「まるで何かが回転しているような……」


その時——


——ドガガガガァァァン!!!


これまでで最大級の連続爆発が起こった。


「きゃあああ!」


カタリナが驚いて針を放り出してしまい、美しい薔薇の刺繍に針が刺さってしまった。


「ああ、薔薇に傷が……」


残念そうに刺繍を見つめていると、窓の外に虹色の竜巻のような煙が立ち上っているのが見えた。


「今度は竜巻ですのね……『回転増幅薬』でも作っていらっしゃるのかしら」


もはや驚くことにも慣れてしまった。


夕方、カタリナは音楽室でピアノの練習をしていた。

今日はショパンのノクターンを練習する予定だった。


「♪〜〜〜」


美しい旋律が音楽室に響く。カタリナの指は優雅に鍵盤を撫でていく。


「今日こそは最後まで通して弾けそうですわ」


ノクターンの最も美しい部分、クライマックスに差し掛かった時——


——ボンボンボンボン♪


隣家から太鼓のような音が聞こえ始めた。


「……今度は太鼓ですの?」


ピアノを弾き続けようとするが、太鼓の音がだんだん激しくなってくる。


——ボンボンボンボンボンボン♪♪


「リズムが合いませんわ……」


ショパンのノクターンと太鼓の音が絶妙にずれて、とても演奏を続けられない。


——ボンボンボンボンボンボンボンボン♪♪♪


太鼓の音はさらに激しくなり、ついに——


——ドドドドドーーーン!!!


爆発で太鼓の音も止んだ。


「……『楽器錬成薬』でしょうか」


カタリナはため息をついて、ピアノの蓋を閉じた。


「お嬢様、夕食の準備ができております」


ジュリアが食堂に案内してくれる。今日の夕食は、カタリナの好物のローストチキンだった。


「美味しそうですわ」


優雅にナプキンを膝に置き、フォークとナイフを手に取る。

ローストチキンを一口サイズに切って、口に運ぼうとした瞬間——


——プルプルプル〜


奇妙な振動音が響いた。


「今度は振動?」


振動音はだんだん激しくなって——


——プルプルプルプルプル〜〜


まるで地震のように、屋敷全体が微かに揺れ始めた。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「ええ、きっと『震動増幅薬』の実験でしょう」


その時——


——ドドドドドドーーーーン!!!


これまでで最大の爆発が起こり、カタリナの持っていたフォークがカタカタと震えた。


「……もはや何も驚きませんわ」


完全に慣れてしまったカタリナは、冷静に食事を続けた。


夜、入浴後にナイトガウンを着て、ベッドルームで読書をしていた。

今度こそ平和な時間を過ごせると思っていると——


——ピカピカピカ〜


隣家の実験室から美しい光が漏れ始めた。


「光る実験ですのね。美しい色……」


最初は幻想的で美しかったが、光はだんだん激しくなって——


——ピカピカピカピカピカ〜〜


まるで雷のように激しく点滅し始めた。


「まぶしすぎますわ……」


カーテンを閉めようとした瞬間——


——ピッカァァァ〜〜〜ン!!!


巨大な閃光と共に大爆発。


「目がくらみますわ……」


しばらく目を擦っていると、ようやく隣家が静かになった。


「やっと終わったようですわね」


安心してベッドに入ろうとした時、窓をノックする音がした。


「あら?」


窓を開けると、そこには煤だらけになったルナが立っていた。


「カタリナ! ごめんなさい、今日は騒がしくて……」

「ルナさん! 大丈夫でしたの?」


「ええ、まあ……新しい実験薬をいろいろ試してたの。『朝活促進薬』『植物巨大化薬』『音楽自動演奏薬』『回転制御薬』『太鼓連打薬』『震動調整薬』『光量最大化薬』……」


「一日でそんなに……」

「全部失敗したけどね」


ルナの苦笑いを見て、カタリナも笑ってしまった。


「明日はもう少し静かな実験にしてくださいませ」

「約束するわ! ……たぶん」

「『たぶん』が不安ですが……」


二人で笑いあった後、ルナが自分の屋敷に戻っていく。


「今日も充実した一日でしたわ」


決して予定通りにはいかなかったが、隣に住む親友の存在を感じられる、それもまた幸せな一日だった。


「明日はもう少し静かでありますように……」


カタリナが祈りながら眠りについた時、隣家から小さく——


——ポンッ


最後の爆発音が響いていた。


「……やっぱり無理そうですわね」


カタリナの苦笑いが、月夜の寝室に響いていく。


明日もまた、賑やかな一日になりそうだった。

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