第2話 初めての実験
転生してから三日。
私はすでに、屋敷中で「書斎にこもる変わり者令嬢」という扱いを受けつつあった。
だって、ほら、机の上には見たこともない薬草や鉱石が山積みなんですよ?
前世の化学オタク魂が黙っていられるはずがない。
今日のお題は、「魔力増幅ポーション(試作1号)」。
レシピ本には《精霊草を煮出し、月光水を加える》とある。
……普通にやるだけじゃつまらない。
私は前世の知識を総動員して、手順にちょっとだけ“改良”を加えることにした。
ただ、この世界では魔力を使用した火を使う。
魔力以外の火で錬金すると完成品は平凡。
なので火加減が強ければ注がれる魔力量は多くなる。
気を付けなければならないポイントだ。
「精霊草を細かく刻んで……あ、ついでに火力を倍にしてみよう」
鉄鍋の底で青い火がメラメラと燃え上がり、部屋の温度がぐんぐん上昇する。
香ばしい草の香りに混じって、どこか柑橘系の爽やかな匂いも漂ってきた。
よし、このまま——。
「お嬢様、何を——って、わぁあ!?」
背後から声をかけてきたのは執事のハロルド。
彼の眼鏡が曇るより早く、鍋の中で何かが「ポコポコ」と泡立ち始めた。
「……あれ、ちょっと加熱しすぎたかも」
私が鍋を覗き込んだ瞬間——
——ボンッ!!
天井まで届く勢いで白とピンクの煙が立ち上り、部屋は一瞬で視界ゼロ。
同時に、花のような甘い香りが屋敷中に広がっていく。
「お嬢様ああああっ!? ご無事ですかっ!?」
「私、またやったのか!」
煙の向こうから、執事の悲鳴と兄の怒声。足音がドタバタと近づいてくる。
私は咳き込みながらも、机の上に残った小瓶を見つめていた。
中には、淡く光る液体がゆらゆらと揺れている。
香りは、鼻に抜ける心地よさと頭がすっきりする感覚が同時に訪れる不思議なものだ。
「……やっぱり、ただの失敗じゃない」
手の中で小瓶をくるくる回す。
これは多分、既存の魔力増幅ポーションとは全く違う効果を持っている。
「お嬢様、実験は必ず私か侍女を呼んでからに……」
「はいはい、次は気をつけます」
(次もやるけどね)と心の中で呟きながら、私は小瓶をエプロンのポケットにしまった。
その夜、私は屋敷内を歩きながら、次の実験のアイデアを頭の中で膨らませる。
書斎に漂う甘い香りを避けながらも、ルナ・アルケミとしての新しい生活は、もう始まっていた。
小さな爆発も、光り輝く液体も、全ては私の好奇心と発見欲を刺激する——これこそ、異世界での錬金術の日々の幕開けだ。
まだ序の口です(爆発が)