第199話 桜色の爆発スイーツ
「今年は特別な桜スイーツを作るのよ!」
私は張り切って調合室に桜の花びらを広げていた。ピンク色の花びらがテーブル一面に散らばって、まるで春の絨毯みたい。
「ふみゅ〜♪」
肩の上のふわりちゃんも桜の香りに嬉しそうにしている。
ポケットの中のハーブも「ピューイ」と鳴いて、甘い匂いに興味津々。
「お嬢様、今度は何を作られるのですか?」
セレーナが心配そうに尋ねてきた。
彼女の表情には「また何か爆発するのでは」という警戒心が見え隠れしている。
「桜餅をベースにした、新感覚スイーツよ!桜の花びらを錬金術で特別に加工して、食べると口の中で花吹雪が舞うような...」
「それは素敵ですわね」
カタリナが調合室に入ってきた。今日は薄いピンクのドレスを着て、まさに桜の妖精のよう。
「カタリナも手伝ってくれる?」
「もちろんですわ。お菓子作りは得意ですの」
私は本を開いて、桜スイーツの調合法を確認した。『春の花びら』『発酵の粉』『甘露の蜜』『爆発性...』
あれ?爆発性?
「えーっと、『発酵の粉』と『爆発の粉』...似てるから間違えないように注意、って書いてある」
私は材料を確認した。白い粉が二つ。どっちがどっちだっけ?
「お嬢様、ラベルをちゃんと確認した方が...」
「大丈夫大丈夫!いつも使ってる材料だもん」
私は適当に白い粉を手に取った。多分、発酵の粉だと思う。
調合開始!桜の花びらを細かく刻んで、甘露の蜜と混ぜる。ほんのり甘い香りが立ち上って、とても良い匂い。
「次は発酵の粉を...」
白い粉をぱらぱらと振りかけた。その時、粉が妙にキラキラしているのに気づいた。
「あれ?発酵の粉って光るんだっけ?」
でも、もう混ぜちゃったし、きっと大丈夫よね。
「セレーナ、魔法の火をお願い!」
「承知いたしました」
セレーナが魔力を込めた炎を起こす。調合鍋の中で材料がぐつぐつと煮える。
桜の香りがさらに濃くなって、調合室が春の庭園みたいになった。
「いい匂いですわね」
カタリナがうっとりと目を閉じた。
その時、鍋の中でぷくぷくと泡が立ち始めた。普通の発酵とは違う、なんだか激しい泡立ち。
「あれ?なんか様子が変...」
ーーポンッ!
突然、小さな爆発音がした。鍋から桜色の液体が跳ね上がって、天井に桜色の染みを作った。
「きゃー!」
「これは...まさか」
セレーナの顔が青ざめた。
「お嬢様、もしかして『爆発の粉』を...」
「え?」
私は慌てて材料の袋を確認した。『爆発の粉』と書いてある。
「あ、あはは...間違えちゃった」
ーーポンポンッ!
また爆発音。今度は鍋の中で桜餅の生地がぽんぽんと弾け始めた。
ピンク色の生地が花火のように飛び散って、調合室の壁に桜色の斑点を作っていく。
「うわあああ!逃げて〜!」
ーーポンポンポンッ!
桜餅たちが次々と爆発して、調合室が桜色の爆発祭りになった。甘い香りと共に、ピンク色の生地が宙を舞う。
「まあ、綺麗...」
カタリナが呆然とつぶやいた。確かに綺麗だけど、これはスイーツじゃなくて花火よね。
「ハロルド様〜!大変です〜!」
廊下からマリアの声が聞こえた。きっと爆発音に驚いたのね。
ーーポンポンポンポンッ!
爆発は止まらない。桜餅たちは調合室を飛び出して、廊下に、階段に、そして屋敷中に散らばっていく。
「あああ、止まって〜!」
私は慌てて追いかけるけど、桜餅たちの方が早い。ぽんぽん弾けながら、屋敷のあちこちで爆発している。
「お、お嬢様...」
ハロルドが階段の途中で立ち尽くしていた。白髪に桜色の生地がちょこんと付いている。
「ハロルド、ごめんなさい!」
ーーポンッ!
またひとつ、ハロルドの隣で桜餅が爆発した。今度は眼鏡が桜色に染まった。
「これは一体...」
「桜スイーツの実験だったんだけど、爆発の粉と間違えちゃって...」
兄さんも王宮から帰ってきたところで、玄関で桜餅爆弾に遭遇していた。
「ただいま...って、何だこのピンクの嵐は」
ーーポンッ!
兄さんの目の前で桜餅が爆発して、服が桜色の水玉模様になった。
「ルナ...まさかお前が...」
「えへへ...」
一時間後。
屋敷は完全に桜色に染まっていた。壁も、天井も、床も、家具も、みんな桜のピンク色。まるで巨大な桜の花の中にいるみたい。
「これは...すごいことになりましたね」
セレーナが苦笑いしながら、髪に付いた桜色の生地を取り除いている。
「でも、とても幻想的ですわね」
カタリナは意外にも感動している。「まるで桜の世界に迷い込んだみたい」
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも桜色に染まって、さらに可愛くなっている。
ハーブは完全にピンク色のウサギになって「ピューイ」と鳴いている。
「あ、そうだ!」
私は空間収納ポケットから材料を取り出した。今度は間違えないように、ちゃんとラベルを確認。
「『桜の花びら』『発酵の粉』『甘露の蜜』『浄化の水』...今度こそ本当の桜スイーツを作るわ!」
「お嬢様、もう今日はやめませんか?」
セレーナが止めようとするけど、私はもう調合を始めていた。
今度は慎重に、発酵の粉をゆっくりと加える。材料が穏やかに混ざり合って、美しい桜色の生地ができた。
「セレーナ、優しい火でお願い」
「...承知いたしました」
今度は穏やかに火を通す。生地がふんわりと膨らんで、とても良い香りが立ち上った。
ーーポンッ!
あ、また爆発音。でも今度は小さくて優しい音。生地が可愛くぷくっと膨らんだだけ。
「成功よ!」
完成した桜スイーツは、淡いピンク色でとても美しい。
食べてみると、口の中でほんのり桜の香りが広がって、まるで花びらが舞っているみたい。
「わあ、美味しい!」
「これは見事な出来映えですわね」
カタリナも感激している。
「みんなで食べましょう」
桜色に染まった屋敷のリビングで、私たちは桜スイーツパーティーを開いた。
ハロルドも兄さんも、最初は困っていたけど、美味しいスイーツを食べて機嫌を直してくれた。
「来年はもう少し慎重にお願いします」
ハロルドが優しく言った。眼鏡はまだ桜色だけど。
「でも、これはこれで素敵な『花吹雪スイーツ祭り』でしたわね」
カタリナが提案した。
「そうね!来年はちゃんと爆発スイーツとして作ってみようかな」
「それは勘弁してください」
セレーナとハロルドが同時に言った。
桜色に染まった屋敷で食べる桜スイーツは、特別な味がした。失敗も含めて、これも素敵な春の思い出ね。
「ふみゅ〜♪」
桜色になったふわりちゃんが満足そうに鳴いている。きっと彼女も楽しかったのね。
「来年の桜の季節も楽しみですわ」
カタリナが微笑んだ。でも、ちょっと心配そうな表情も見え隠れしている。
来年はもっと上手に作れるかな?桜色の屋敷を見回しながら、私はそんなことを思っていた。