第198話 芽吹きの森としゃべる芽
「今日は新緑の森で薬草探しよ!」
私は張り切って学院の裏にある森へと向かった。春の陽射しが木々の間から差し込んで、新緑がキラキラと輝いている。
「ふみゅ〜」
肩の上のふわりちゃんも嬉しそうに羽ばたいている。
ポケットの中のハーブも「ピューイ」と鳴いて、薬草探しに興味津々の様子。
「お嬢様、今日は何の薬草をお探しですか?」
セレーナが後ろから付いてきながら尋ねた。彼女は確実に巻き込まれる覚悟を決めた表情をしている。
「えーっと、『活力増進薬』の材料になる珍しい薬草があるって聞いたの。『芽吹き草』っていうんだけど」
森の奥へ進むと、鳥のさえずりと風の音に混じって、何やら小さな声が聞こえてきた。
「みず〜、みず〜」
「ひかり〜、ひかり〜」
「つち〜、やわらか〜い つち〜」
え?何この声?
「お嬢様、今何か聞こえませんでした?」
セレーナも首をかしげている。
私たちは声のする方向へ足を向けた。すると、小さな林の中で、地面からぽこぽこと緑の芽が顔を出している場所を発見した。
「あ、これが芽吹き草かな?」
近づいてみると—
「わあああ!にんげん〜!」
「おっき〜い!」
「みず〜!みず ちょうだ〜い!」
芽たちがいっせいに喋り出した!
「うわあああ!芽がしゃべってる!」
私は驚いて後ずさった。でも、よく見ると芽たちはとても可愛い。小さな葉っぱに愛らしい目がついていて、まるで赤ちゃんみたい。
「ふみゅみゅ〜?」
ふわりちゃんも興味深そうに芽たちを見下ろしている。
「みず〜!のどかわいた〜!」
「ひかり〜!もっとひかり〜!」
「つめた〜い!あったか〜いのがいい〜!」
芽たちは口々に要求してくる。何て賑やかなの!
「え、えーっと、水が欲しいの?」
私が聞くと、芽たちは一斉に「う〜ん!」と頷いた。
「セレーナ、水の魔法でちょっと雨を降らせてもらえる?」
「承知いたしました」
セレーナが手を振ると、小さな雨雲ができて、芽たちの上にぽつぽつと雨が降り始めた。
「わ〜い!あめ〜!」
「つめた〜い!きもちい〜!」
「もっと〜!もっと〜!」
芽たちは大喜び。でも今度は別の要求が。
「おひさま〜!おひさま〜!」
「あたたか〜い ひかり〜!」
「光も欲しいのね...」
私は空間収納ポケットから『光の花びら』を取り出した。これを使って光の魔法薬を作れば...
調合鍋に『光の花びら』『透明な水晶』『魔力の結晶』を入れて、セレーナの魔法の火で温める。材料がきらきらと光り始めて、まばゆい光を放った。
ーーぽんっ!
小爆発と共に、金色の煙がもくもくと上がる。甘い花の香りが辺りに漂って、調合鍋の中に虹色に輝く液体が完成した。
「光の薬、完成!」
液体を芽たちにかけてあげると、暖かい光が芽たちを包み込んだ。
「あったか〜い!」
「きもちい〜!」
「ありがと〜!」
芽たちは満足そう。でも、まだ終わりじゃなかった。
「つち〜!つち かた〜い!」
「やわらか〜い つち がいい〜!」
「えいよう〜!えいよう ちょうだ〜い!」
今度は土の改良を求めてきた。
「うーん、土壌改良薬を作ってみようか」
私は『豊穣の土』『生命の水』『成長の粉』を取り出した。でも、調合している最中に芽たちが歌い始めた。
「みず〜みず〜、あめふり〜♪」
「ひかり〜ひかり〜、おひさま〜♪」
「つち〜つち〜、やわらか〜♪」
「あら、可愛い歌ですわね」
いつの間にかカタリナもやってきていた。
「カタリナ!芽吹き草を見つけたの!でも、とっても世話焼きが大変で...」
「あら〜!おじょうさま〜♪」
「きれ〜い!きれ〜い!」
「ぼくたちの うた きいて〜♪」
芽たちはカタリナを見つけると、さらに嬉しそうに歌い始めた。
「土壌改良薬、完成よ!」
完成した薬を土にかけると、土がふわふわになって、芽たちはさらに元気になった。
「きもちい〜!」
「げんき〜!げんき〜!」
「うた〜!みんなで うた〜!」
すると、森の奥から別の声が聞こえてきた。
「♪みず〜みず〜♪」
「♪ひかり〜ひかり〜♪」
「♪つち〜つち〜♪」
「え?他にも芽吹き草があるの?」
見回すと、森のあちこちから芽たちが顔を出して、歌い始めていた。最初に見つけた芽たちの歌声に誘われて、森中の芽吹き草が合唱を始めたみたい。
「♪みんな〜で〜 うた〜お〜う〜♪」
「♪たのし〜い〜 うた〜♪」
「♪もり〜の〜 なか〜ま〜♪」
森全体が緑の音楽堂になった。大小さまざまな芽たちが、それぞれ違う高さの声で歌っている。高い声、低い声、可愛い声、元気な声...
「これは...森の合唱団ですわね」
カタリナが感動したように呟いた。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも一緒に歌っている。ハーブは「ピューイ♪ピューイ♪」とリズムを取っている。
「私たちも歌いましょうか」
セレーナが提案した。
私たちは芽たちと一緒に歌い始めた。歌詞なんてめちゃくちゃだけど、とても楽しい。森に響く緑の音楽会。
「♪みず〜と〜 ひかり〜と〜 つち〜♪」
「♪みんな〜で〜 そだ〜つ〜♪」
「♪もり〜の〜 なか〜ま〜♪」
歌声が森全体に響いて、鳥たちも一緒に鳴き始めた。リスたちもちょこちょこ出てきて、木の上から手を振っている。
「あっ、そうだ!」
私は空間収納ポケットから、アルケミ領の特製ブドウジュースを取り出した。
「芽たちにも飲んでもらおう」
ジュースを少しずつ芽たちの根元にかけてあげると、芽たちの葉っぱがほんのり紫色に染まった。
「あま〜い!」
「おいし〜い!」
「げんき〜でる〜♪」
芽たちはさらに元気になって、歌声も大きくなった。
「♪ありがと〜う〜 おねえさ〜ん♪」
「♪また〜あそ〜びに〜 きて〜♪」
「♪ずっと〜 ともだち〜♪」
気がつくと、日が傾き始めていた。
「そろそろ帰らないといけませんわね」
カタリナが空を見上げて言った。
「また来るからね、芽たち!」
私が手を振ると、森中の芽たちが一斉に答えた。
「また〜きて〜!」
「まって〜る〜!」
「ばいば〜い♪」
森を後にしながら、私たちはまだ芽たちの歌声を聞いていた。
「今日は薬草探しのはずだったのに、音楽会になっちゃった」
私が苦笑いすると、セレーナが微笑んだ。
「でも、とても素敵な体験でしたね。芽吹き草のサンプルもいくつか分けてもらいましたし」
「そうですわね。あの子たちの歌声は忘れられませんわ」
カタリナも嬉しそうに歌声を口ずさんでいる。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんもまだ歌の余韻に浸っている。
「今度はもっと美味しいものを持って行ってあげよう」
私は心の中で決めた。芽たちとの音楽会、きっとまたやりたいな。
森の向こうから、まだ小さく芽たちの歌声が聞こえてくる。今度はどんな歌を歌ってくれるのかな?
「♪また〜あえる〜 ひ〜まで〜♪」
芽たちの可愛い歌声に包まれて、私たちはそれぞれの屋敷への帰り道を歩いた。今日も素敵な一日だった。