第197話 雪丸の贈り物
「あれ?春なのに雪?」
私は王立魔法学院の教室の窓から外を見て、首をかしげた。
四月の初めだというのに、学院の庭園にひらひらと白い雪が舞い降りている。でも変なの。普通の雪じゃない気がする。
「ふみゅ?」
肩の上のふわりちゃんも不思議そうに首をかしげている。その隣でハーブが「ピューイ」と鳴いた。
「ルナさん、あの雪...普通じゃありませんわね」
隣の席のカタリナが蒼い瞳を輝かせながら言った。彼女も窓の外を不思議そうに眺めている。
「そうなの!なんだか温かそうだし...あ、もしかして!」
私は思い出した。Tri-Orderの調査で魔物保護施設に迎えた雪丸のことを。
「雪丸が何かやってるのかな?」
授業が終わると同時に、私たちは急いで中庭に向かった。エリオットも一緒だ。
そこには信じられない光景が広がっていた。昨日までは芽吹いたばかりだった桜の木が、満開の花を咲かせている。花壇のチューリップは人の背丈ほどに伸び、薔薇は一夜で蔦のように這い回っている。
そして、雪は確かに降っていた。でも触ってみると、冷たくない。むしろほんのりと温かい。
「これは...成長促進雪ですわね」
カタリナがすぐに気づいた。前回の調査で確認した雪丸の特殊能力。
「雪丸の仕業ね!」
その時、庭園の奥の方から「ころころ」という聞き覚えのある笑い声が聞こえてきた。
「お姉ちゃーん!」
雪だるまのような白い生き物がカタリナに向かって走ってきた。雪丸だ。
「雪丸!あなた、こんなところで何をしているんですの?」
カタリナが優雅に雪丸を出迎えた。前回ほど驚いていないのは、もう慣れたからかしら。
「ころころ〜♪お花さんたち、喜んでもらおうと思って〜♪」
雪丸は嬉しそうにくるくる回りながら、成長促進雪を降らせ続けている。その雪が植物に触れると、みるみる成長していく。
「あら、とても良いアイデアですわね。でも、少し度が過ぎているような...」
カタリナの心配は的中した。庭園の隅で育てていた実験用のカボチャが、みるみる巨大化している。昨日はまだ手のひらサイズだったのに、今や私の身長を超えそうな勢い。
「これは前回の調査記録にない現象ですね」
エリオットが興味深そうに観察している。
すると突然、巨大カボチャがぐらぐらと揺れ始めた。そして—
「ごろごろごろ〜〜〜!!」
転がり始めた!オレンジ色の巨大な球体が庭園を駆け回る!
「うわあああ!」
「きゃー!」
庭園にいた他の生徒たちが慌てて逃げ回る。カボチャは止まる気配がなく、花壇を踏み潰しながら暴走している。
「これは実験の出番ね!」
私は空間収納ポケットから錬金術の材料を取り出した。『静寂の花』『安らぎの石』『深い眠りの水』—魔力鎮静薬の材料。
「ルナさん、火はどうしますの?」
「私がやりますわ!」
カタリナが杖を振ると、美しい青い炎が現れた。
「ありがとう、カタリナ!」
急いで調合開始。カタリナの魔法の火で材料を温める。
「私は『拘束の蔦』で動きを止めます」
カタリナがもう一本の杖を振ると、緑の蔦が地面から生えてカボチャに絡みつく。
でも成長促進雪の影響で、蔦も異常に太くなって逆に暴走し始めた。
「あわわわ!蔦も暴走してる!」
「『軌道修正』!」
エリオットが魔法を使って、暴走する蔦の方向を変えようとする。でも成長促進雪の効果が強すぎて、完全にはコントロールできない。
「ころころ〜?お姉ちゃん、大変なことになっちゃった〜」
雪丸も困ったような声を上げている。
その時、魔物保護施設の方向から「プルルン♪」という声が聞こえてきた。
「プルルルル〜ン♪」
スライムキングが仲間たちと一緒に現れた。虹泡スライムも一緒で、美しい虹色の泡をふわふわと浮かべている。
『雪丸、ちょっとやりすぎヨ〜』
スライムキングの心の声が聞こえた。
調合鍋の中で材料がぐつぐつと煮えている。静寂の花が溶けて、深い青色の液体になった。安らぎの石が細かく砕けて、キラキラと光る粉になる。最後に深い眠りの水を加えると—
ーーぽんっ!
小さな爆発と共に、薄紫色の煙がもくもくと立ち上った。ほんのり甘い香りが辺りに広がる。成功の印!
「魔力鎮静薬、完成!」
私は出来上がった薬を小瓶に詰めて、暴走するカボチャに向かって投げた。瓶が割れると、薬が霧状になってカボチャを包み込む。
「ごろ...ごろ...ごろ」
だんだんカボチャの動きが鈍くなって、最後は「ぽてん」と静かに停止した。蔦も大人しくなって、地面にぺたんと横たわる。
「やったー!」
「お見事ですわ、ルナさん!」
カタリナが拍手してくれた。エリオットも感心している。
「Tri-Orderの連携作業、見事でしたね」
雪丸がしょんぼりとカタリナに近づいてきた。
「ころころ〜、ごめんなさい〜。雪丸、お花さんたちを喜ばせたかっただけなの〜」
「分かっていますわ、雪丸。でも、適度な量が大切ですの」
カタリナが優しく雪丸の頭を撫でた。前回の調査以来、二人はすっかり仲良しになっている。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも雪丸に挨拶している。
「大丈夫よ、雪丸。お花たちは確かに喜んでるもの」
実際、庭園は一夜で見違えるほど美しくなっていた。桜は満開、チューリップは色とりどり、薔薇は甘い香りを漂わせている。まさに楽園みたい。
「今度は量を調整して、もう一度やってみましょうか」
エリオットが提案した。
「ころころ〜♪お姉ちゃんと一緒なら頑張れる〜♪」
雪丸が嬉しそうにカタリナの周りをくるくる回る。今度は控えめに、薄いピンク色の雪をほんのりと降らせた。
「あら、これは美しいですわね」
カタリナがうっとりとつぶやいた。薄桜色の雪が舞い散って、まるで本物の花びらみたい。
『雪丸も上手になったヨ〜』
スライムキングが褒めてくれた。
「あら、せっかく綺麗になった庭園ですし、お茶会でもしませんこと?」
カタリナが提案した。
「いいね!雪丸とスライムキングたちも一緒に」
「プルルン♪」「ころころ〜♪お茶会〜♪」
カタリナが優雅にお茶セットを取り出してくれて、私たちは花の絨毯の上にシートを敷いた。虹泡スライムが美しい虹色の泡を浮かべて、雪丸は控えめに桜色の雪を降らせる。
「ふみゅ〜」「ピューイ」
ふわりちゃんとハーブも嬉しそう。
「あ、そうだ!」
私は空間収納ポケットから、アルケミ領の特製ブドウジュースを取り出した。
「雪丸にも飲んでもらおう」
「ころころ〜、ありがとう〜」
雪丸がジュースを一口飲むと、体がほんのりピンク色に染まった。
「わあ、雪丸が桜色になった!」
「ころころ〜、お花さんの色〜♪」
雪丸がくるくる回ると、さらに美しい桜色の雪が舞い散った。桜の花びらと虹色の泡と混じって、とても幻想的。
「これは美しい光景ですわね」
カタリナがうっとりとつぶやいた。
「調査記録にも追加しておきましょう」
エリオットが楽しそうに記録を取っている。
春の庭園で、桜色の雪と虹色の泡、花の香りに包まれてのお茶会。Tri-Orderの仲間と魔物保護施設の家族たちと一緒に過ごす、特別な時間。
「雪丸、今度からは量を調整して使いましょうね」
「ころころ〜♪分かった〜♪お姉ちゃんと一緒なら何でも覚えられる〜♪」
雪丸がカタリナに甘えている。カタリナも困った顔をしながらも、まんざらでもなさそう。
「適度な距離感を保って、ですわよ」
でも、その表情はとても優しかった。
『ルナちゃんの薬で、心がぽかぽかするヨ〜』
スライムキングも満足そうに揺れている。
「今日も良い調査データが取れましたね」
エリオットが満足そうに言った。
「そうね。Tri-Orderの活動も、こういう日常的な観察が大切よね」
私が答えると、カタリナも頷いた。
「雪丸の成長過程も記録できましたし、魔物保護施設での生活ぶりも確認できましたわ」
でも本当は、こうやって仲間たちと一緒に過ごす時間が一番の宝物なんだ。Tri-Orderの調査活動も、魔物保護施設での生活も、みんなで一緒だから楽しいのよね。
桜色の雪と虹色の泡が舞う庭園で、私たちの特別なお茶会は続いた。