第196話 雪の中の静寂と魔力鎮静薬
「ルナさん、大変です!」
グリムウッド教授が慌てた様子で錬金教室に駆け込んできた。普段は冷静な教授の顔が、珍しく青ざめている。
「どうしたんですか?」
私が調合中の薬草から顔を上げると、教授が息を切らしながら説明し始めた。
「学院全体の魔力が不安定になっています。冬の寒さが魔力の流れに悪影響を与えているようで、生徒たちの魔法が暴走し始めているんです」
「魔法が暴走?」
「ピューイ!?」
ハーブも驚いて跳ね上がった。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも心配そうに鳴いている。
「はい。火の魔法が勝手に発動したり、風の魔法で廊下が竜巻状態になったり…このままでは学院が大変なことになります」
確かに、窓の外を見ると、あちこちで光る魔法の光が見える。
普通なら美しい光景だけれど、制御できていない魔法は危険だった。
「魔力鎮静薬を作る必要がありますね」
さっそく魔力鎮静薬の調合に取りかかった。でも、普通の魔力鎮静薬では、学院全体の魔力を鎮めるには足りないかもしれない。
「冬の寒さが原因なら、冬用の改良版を作らないと」
基本の材料『静寂の花』『安らぎの石』『深い眠りの水』に加えて、冬の特性に合わせた材料を追加する必要がある。
「『雪の結晶』と『穏やかな風の草』を加えてみましょう」
調合台に火をつけて、慎重に材料を投入していく。今回は学院全体に影響する薬だから、いつも以上に丁寧に。
「温度は中火で…魔力は普段の三倍くらい注いで…」
ぐつぐつと煮える音と共に、薬草の香りが立ち上ってきた。少し甘くて、とても落ち着く香りだった。
そんな時、教室の扉が開いて、カタリナとフランが駆け込んできた。
「ルナさん、大変ですわ!」
カタリナの髪がいつもより乱れている。
「廊下で突然氷の魔法陣が発動して、足止めされましたの」
「ルナっち〜♪ 学院がマジでヤバイことになってる〜♪」
フランも興奮している。
「2-Bの教室で爆発が起こって、みんなパニック状態だよ〜♪」
「そんなに大変な状況なの…」
私の手に力が入る。みんなを助けなくちゃ。
「最後に『静寂の雫』を加えて…」
静寂の雫を注いだ瞬間、鍋の中身が美しい青い光を放ち始めた。
「いい感じ…でも、もっと効力を高めないと」
私は思い切って、魔力を最大限に注ぎ込んだ。
ーードッカーン!
いつもの爆発が教室に響いた。でも今度は白い煙がもくもくと上がって、まるで雪のような美しい光景になった。
「きゃあ!」
カタリナが驚いている。
「ルナっち、また爆発〜♪」
フランは慣れたもので、煙が晴れるのを待っている。
煙が晴れると、鍋の中には美しい銀色の液体がきらきらと光っていた。
「成功! これが改良版魔力鎮静薬よ」
「素晴らしいです!」
グリムウッド教授が感動している。
「この美しい輝き…きっと効果も抜群でしょう」
「さっそく使ってみましょう」
私が小さな瓶に薬を分けて、教室の窓から外に向かって散布してみた。
すると、薬は雪の結晶のような美しい粒子になって、ふわりふわりと舞い始めた。
「わあ…きれい」
粒子に触れた瞬間、体中の魔力がすーっと穏やかになっていくのを感じた。暴走していた魔力が、静かに落ち着いていく。
「効果はどうですの?」
カタリナが心配そうに聞いた。
窓の外を見ると、あちこちで光っていた魔法の光が、徐々に収まり始めていた。暴走していた魔法が、静かに鎮まっていく。
「すごい効果ね」
「ルナっち、マジで天才じゃん♪」
フランが目をきらきらさせて絶賛してくれた。
「この薬、普通の魔力鎮静薬よりずっと効くよ〜♪」
「でも、学院全体に散布するには、もっと大量に作る必要がありますわ」
カタリナの指摘に、私は頷いた。
「そうね。みんなで手分けして作りましょう」
その後、数時間かけて大量の魔力鎮静薬を調合した。フランも「お手伝いしたい〜♪」と言って、材料の準備を手伝ってくれた。
「ルナっちの錬金術、めっちゃ面白い♪ 爆発とか煙とか、まるでショーみたい〜♪」
「ありがとう、フラン。あなたがいると作業が楽しいわ」
「えへへ〜♪ 今度もっと教えてよ〜♪」
カタリナは『花咲の魔法』で薬草を処理してくれて、グリムウッド教授は魔法陣で薬の効力を測定してくれた。
「完成した薬を学院全体に散布しましょう」
夕方、私たちは学院の屋上に上がって、改良版魔力鎮静薬を風に乗せて散布した。
美しい銀色の粒子が雪の結晶のように舞い踊りながら、学院全体に降り注いでいく。まるで魔法の雪のようだった。
「美しいですわ…」
カタリナがうっとりとつぶやいた。
「こんなに美しい薬は見たことがありませんの」
「ルナっち〜♪ まるで冬の妖精が踊ってるみたい〜♪」
フランも感動している。
粒子が学院全体を覆うと、不思議な静寂が訪れた。暴走していた魔力がすっかり鎮まって、学院が穏やかな空気に包まれる。
「『静寂の結界』みたいですわね」
カタリナが静かに言った。
確かに、学院全体が見えない結界に包まれたように、とても静かで穏やかになっていた。
夜が更けて、学院が完全に静寂に包まれた頃、私たちは屋上から美しい夜景を眺めていた。
「今日は大変でしたが、素晴らしい結果になりましたね」
グリムウッド教授が満足そうに言った。
「ルナさんの改良版魔力鎮静薬のおかげで、学院は救われました」
「みんなで協力したからですよ」
私が答えると、フランが嬉しそうに笑った。
「チームワーク最高〜♪ また一緒にお薬作ろうよ〜♪」
「ええ、ぜひまたお手伝いしてくださいませ」
カタリナも微笑んでいる。
「今回の薬は、冬の魔力不安定に対する恒久的な解決策になるかもしれませんわ」
空を見上げると、雪がしんしんと降っていた。でも今夜の雪は、学院の静寂を破ることなく、静かに舞い落ちている。
「ピューイ」
ハーブも満足そうに鳴いている。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも平和そうだ。
翌朝、学院は完全に平常を取り戻していた。魔力の暴走は完全に収まって、生徒たちも安心して授業を受けている。
「ルナ先輩、昨日は大変だったって聞きましたよ!」
エミリが心配そうに声をかけてくれた。
「でも、魔力鎮静薬で学院を救ったんですよね? すごいな〜」
「みんなで協力したからよ」
「それでも、ルナ先輩の錬金術がなかったら、学院はどうなっていたか…」
教職員の方々からも感謝の言葉をいただいて、少し照れくさかった。
でも、一番嬉しかったのは、フランが「錬金術、教えて〜♪」と興味を持ってくれたことだった。
「今度、基本的な調合から始めてみましょう」
「やった〜♪ 爆発とか大丈夫?」
「最初は爆発しない薬から始めるわよ」
「えー、爆発も楽しそうなのに〜♪」
フランらしい反応に、みんなで笑った。
その夜、静かな錬金教室で一人調合の片づけをしながら、私は今回のことを振り返っていた。
冬の寒さが引き起こした魔力の不安定。それを解決するために作った改良版魔力鎮静薬。
そして、みんなで協力して学院を救ったこと。
「錬金術って、やっぱり人を助けるためにあるのよね」
窓の外では、相変わらず雪が降っている。でも昨日とは違って、とても穏やかで美しい雪だった。
「ピューイ」
ハーブも同意するように鳴いた。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうだ。
こうして、学院の魔力暴走騒ぎは、美しい静寂の夜で幕を閉じた。
今夜は特に穏やかで美しい夜だ。
静寂に包まれた学院で、私は帰る準備を始めていた。
そこにあった確かな冬は、すーっと小さくなり春の風が吹き始めていた。