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第195話 雪の魔物とズレた調査隊

「今回の調査対象は『雪の守り神』と呼ばれる魔物ですの」


カタリナが美しく整理された調査資料を広げながら説明してくれた。

私たちTri-Orderの調査室は、いつものように資料と魔法道具で整然と整理されている。


「雪原地帯に住む友好的な魔物で、古くから現地の人々に愛されているそうですわ」

「どんな特性があるんですか?」

エリオットが真剣に聞いている。


「雪を自在に操り、雪原の動植物を守る役割を果たしているとのことです。ただし、非常に臆病で、人間との接触は困難とされていますの」

「臆病な魔物か…慎重にアプローチする必要がありますね」


「ピューイ」

ハーブも神妙な面持ちで鳴いている。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも真剣そうだ。


「そこで、今回は段階的接触法を採用しますの」

カタリナが魔法陣の設計図を取り出した。


「まず遠距離から『探知の魔法』で様子を観察し、次に『森の檻』で安全な接触環境を作って、最後に『治癒の光』で友好の意思を示す計画ですわ」


「完璧な計画ですね」

エリオットが感心している。


私も頷いてはいたけれど、実は密かに別のアイデアを考えていた。


翌日、雪原に到着した私たちは、カタリナの計画通りに調査を開始した。


「まずは『探知の魔法』で魔物の居場所を特定しますわ」

カタリナが美しい魔法陣を描くと、雪原のあちこちに小さな光点が現れた。


「あちらの雪だまりの陰にいるようですわね」


確かに、大きな雪の塊の向こうに、白くてふわふわした何かがちらちらと見える。

「次に『森の檻』で安全な接触環境を…」


その時私は思いついた。前回の寒がり魔物の時、友情促進薬がとても効果的だったことを。


「あ、そうだ!」

私は調合道具を取り出し始めた。


「ルナさん?何をしているんですの?」

「友情促進薬・雪原対応版を作るの! きっと効果的よ!」


「え、でも計画では…」

カタリナが困った顔をしているけれど、もう調合を始めてしまった。


「『絆の草』に『信頼の石』、それから雪原対応で『雪解けの雫』も追加して…」


ーードッカーン!


いつもの爆発が雪原に響いた。虹色の煙がもくもくと上がって、雪景色に美しいコントラストを作る。


「ルナさん!計画が…」

カタリナの抗議の声も、煙に紛れてしまった。


煙が晴れると、できあがった友情促進薬・雪原対応版が美しいピンク色に光っていた。


「成功!」

私が薬を雪の上に数滴垂らすと、甘い香りが辺り一面に広がった。すると…


「あれ?魔物がこちらに向かってきますわ」


確かに、雪だまりの陰から白いふわふわした魔物が、まっしぐらにこちらに向かって走ってきた。


「成功だよ!魔物が懐いた!」


でも、次の瞬間起こったことは、私の予想を大きく上回っていた。


「お姉ちゃーん!」

雪の魔物が、なぜかカタリナに向かって飛び込んできた。


「きゃあ!」

カタリナが美しい悲鳴を上げながら、魔物にがっちりと抱きつかれた。


「お姉ちゃん、お姉ちゃん!ずっと会いたかった!」

魔物の心の声が聞こえてくる。とても純粋で愛らしい声だけれど…


「あの…距離感が大切ですわ…」

カタリナが困り果てている。美しい髪も服も雪だらけになって、いつもの完璧な姿が台無しだった。


「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう!雪合戦しよう!雪だるま作ろう!」

魔物がカタリナの周りをくるくると回りながら、雪をぱらぱらと降らせている。


「懐きすぎですわ…」

カタリナのつぶやきが、雪原に静かに響いた。


「えーっと…」

エリオットも困っている。


「これは…友好的接触は成功したと言えるのでしょうか」

「成功よ!すごく懐いてるじゃない!」


私が胸を張って答えると、カタリナが振り向いた。


「ルナさん、『懐く』と『べったり』は違いますの」

「お姉ちゃん、僕と一緒に雪の国に住もう!毎日一緒にいよう!」


魔物がさらにカタリナに抱きついた。


「あの、お話はとても嬉しいのですが、私にも都合というものが…」

「お姉ちゃんは優しくて美しくて、僕の理想のお姉ちゃんだよ!」


「…ありがとうございますわ」

カタリナが何とも言えない表情で答えた。


私は気づいた。この魔物、ずっと一人で雪原にいて、寂しかったのかもしれない。


「あなた、一人で寂しかったの?」

魔物がカタリナから離れて、私の方を向いた。


「うん…ずっと一人だったの。雪原を守るのがお仕事だけど、誰も話し相手がいなくて」

「それは寂しかったでしょうね」


カタリナも優しい表情になった。

「でも、そんなに急に『一緒に住もう』と言われても困りますの。まずはお友達から始めませんか?」


結局、雪の魔物(みんなから『雪丸』と呼ばれるようになった)は、学院の魔物保護施設に迎えられることになった。


「毎日お姉ちゃんに会える!」

雪丸が大喜びしている。


「適度な距離感を保って、ですわよ」

カタリナが釘を刺すけれど、雪丸は嬉しそうに雪をくるくると舞わせている。


雪丸の能力は素晴らしかった。学院の庭園に美しい雪景色を作ったり、暑い夏の日に涼しい雪を降らせたりできる。特に、植物の成長を促進する特殊な雪を降らせる能力は、学術的にも非常に価値が高かった。


「これは『成長促進雪』とでも名付けましょうか」


エリオットが興味深そうに記録を取っている。

「古代魔法の記録にも似たような現象の記載がありますね」


数日後、調査報告書をまとめながらカタリナがため息をついた。


「結果は良好ですわ。雪丸は学院の素晴らしい仲間になりましたし、学術的価値も高い」

「やったじゃない!」


私が喜ぶとカタリナが続けた。


「過程は…予測不能でしたけれど」

「えへへ…」


「でも、ルナさんの直感的なアプローチも、時には効果的ですわね」

エリオットも苦笑いしながら言った。


「予定にない爆発があったおかげで、魔物の感情的な側面も記録できましたし」


そんな時、窓の向こうで雪丸が他の魔物たちと楽しそうに遊んでいるのが見えた。

スライムキングやハートちゃんと一緒に、雪合戦をしている。


「お姉ちゃーん!見て見て!雪だるま作ったよ!」

雪丸が嬉しそうに手を振っている。


「はいはい、とても上手ですわね」

カタリナが優雅に手を振り返した。その時の表情は、とても温かくて優しかった。


「結局、カタリナも雪丸のこと、気に入ってるじゃない」


「…適度な距離感を保てば、可愛い存在ですわ」

カタリナが少し頬を染めながら答えた。


「ピューイ♪」

ハーブも楽しそうに鳴いている。


「ふみゅ〜♪」

ふわりちゃんも満足そうだ。


論文執筆も順調に進んで、『雪原系魔物の社会的孤立と友好化プロセスの研究』というタイトルで学院に提出することになった。


「今回の調査で分かったのは、魔物の社会性の重要さですわね」

「そうね。雪丸も、一人でいるより仲間と一緒にいる方がずっと幸せそうよ」


「Tri-Orderの調査方法も、柔軟性を持つことの重要性を学びましたね」

エリオットの言葉に、私たちは深く頷いた。


「計画通りに行かないことも多いけれど、それはそれで新しい発見に繋がるのね」

「そうですわ。ルナさんの予測不能な行動も、実は貴重かもしれませんわ」


「えー、そんな風に言わないでよ」


確かに今回の調査は成功だった。

雪丸は学院の新しい仲間になったし、私たちも魔物との接触方法について新しい知見を得ることができた。

窓の外で雪丸が嬉しそうに雪を舞わせているのを見ながら、私は次の調査への期待を膨らませていた。


きっと、また新しい出会いと発見が待っているのだろう。

たとえ、それが予測不能な展開になったとしても。

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