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第194話 冬の魔物は心の温度計

「Tri-Orderに新しい調査依頼が来ましたわ」


カタリナが美しく整理されたファイルを手に、私たちの研究室を訪れた。

王立魔法学院三家合同魔物生態調査研究班、通称Tri-Orderを設立してから、もう何件もの調査を成功させてきた。


「どんな魔物?」

私が作業中の薬草を置いて振り向くと、エリオットも古代文献から顔を上げた。


「雪山に住む『寒がり魔物』という種族ですわ。人間の感情に反応する特性があるとか」

「感情に反応? それは面白いわね」


「ピューイ?」

ハーブも興味深そうに耳をピンと立てている。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんも調査に興味津々のようだった。


「詳細な報告をお聞かせください」

エリオットが聞く。


「ええ。目撃証言によりますと、『心が冷たい人』には氷の塊のような姿で現れ、『心が温かい人』にはふわふわした可愛い姿になるそうですわ」

「それは興味深い特性ですね。古代魔法との関連性も調べる価値がありそうです」


翌日、私たちは雪山の麓にある小さな村を訪れた。村人たちは親切で、すぐに寒がり魔物の目撃情報を教えてくれた。


「あの魔物は不思議でのう」

村長のおじいさんが言った。


「機嫌の悪い時に山に入ると、氷の塊みたいな恐ろしい姿で現れるんじゃ。でも、楽しい気分の時は、まるで雲のようにふわふわで可愛いんじゃよ」


「実害はありますか?」

カタリナが記録を取りながら聞いた。


「いや、危害を加えることはない。ただ見た目が変わるだけじゃ。むしろ、自分の心の状態を教えてくれる、ありがたい存在かもしれん」

「心の状態を映し出す魔物…これは貴重な研究対象ですわね」


雪山の中腹で調査を開始した。雪がちらちらと降る中、私たちは静かに魔物の出現を待った。


「あ、来た」

エリオットが静かに指差した方向を見ると、確かに何かがもやもやと現れ始めた。


最初に現れたのは、氷の塊のような冷たい姿の魔物だった。トゲトゲした氷の結晶に覆われていて、確かに近づきがたい雰囲気がある。


「これが氷モードね」

私が『友情促進薬』の小瓶を取り出すと、魔物の姿がゆっくりと変化し始めた。


「『絆の草』『信頼の石』『温かい水』で作った友情促進薬よ。みんなの心を温かくしてくれるはず」


小さじ一杯分の薬を雪の上に垂らすと、甘い香りが辺りに広がった。

すると、魔物の氷の部分が溶け始めて、代わりにふわふわした白い毛のような物質に変わっていく。


「わあ…」

氷の塊だった魔物が、まるで大きな白いぬいぐるみのような愛らしい姿に変身した。

小さな黒い目がきらきらと輝いていて、とても可愛い。


「こんにちは」

私が声をかけると、魔物がふわふわと近づいてきた。


『わ〜い、温かい人だ〜』

心の声が聞こえてきた。とても純粋で優しい声だった。


『久しぶりに温かい気持ちになったよ〜』

「あなたは、人の心の温かさを感じ取れるのね」

『そうだよ〜。心が冷たい時は僕も冷たくなっちゃうし、温かい時は僕も温かくなるの〜』


カタリナが美しい魔法陣を描いて、魔物との交流を記録し始めた。


「『探知の魔法』で感情の変化を可視化してみますわ」

魔法陣が光ると、空中に美しい光の粒子が現れて、私たちの感情状態を色で表示してくれる。

私は温かいオレンジ色、カタリナは優しいピンク色、エリオットは穏やかな青色だった。


「エリオットさん、古代魔法陣での記録をお願いしますの」


「承知いたしました」

エリオットが『戦術強化陣』を改良した記録用の魔法陣を設置する。


「この魔物の特性変化を詳細に記録できる魔法陣です」


魔法陣が作動すると、寒がり魔物の姿の変化が立体的に記録され始めた。

氷モードからふわふわモードへの変化過程が、まるで映像のように保存されている。


「すごいですわ。これなら詳細な研究報告書が書けますの」


そんな時、寒がり魔物が私たちの周りをくるくると回り始めた。


『みんな、とっても温かい心を持ってるね〜』

「ありがとう。あなたもとても優しいのね」


『僕、人間の友達が欲しかったの〜。でも、冷たい心の人しか来なくて、いつも氷の姿になっちゃってたの〜』

「それは寂しかったでしょうね」

カタリナが優しく声をかけた。


『うん〜。でも今日は違う〜。みんな温かくて、僕もふわふわでいられる〜』


調査を続けているうちに、寒がり魔物の特性がさらに詳しく分かってきた。


「どうやら、周囲の人々の平均的な感情温度に反応するようですわね」

カタリナが記録を見ながら分析している。


「一人でも心の温かい人がいれば、全体的にふわふわモードになりやすいようです」

「まさに心の温度計のような存在ですね」


エリオットが古代文献と照合している。

「古代の記録にも似たような魔物の記載があります。『感情共鳴獣』と呼ばれていたようです」


『僕たち、昔は神殿で人間の心を癒すお手伝いをしてたんだって〜』

寒がり魔物が教えてくれた。


『おじいちゃんから聞いたの〜。人間が悲しい時は一緒に悲しんで、嬉しい時は一緒に喜んでたんだって〜』

「それは素晴らしい役割ね」


夕方、調査を終えて村に戻る時、寒がり魔物が寂しそうについてきた。


『また会えるかな〜?』

その純粋な願いを聞いて、私たちは顔を見合わせた。


「学院に来てみない?」

『本当に〜?』


「ええ。あなたのような特性を持つ魔物なら、きっと学院のみんなの心を癒してくれるわ」

カタリナも微笑んだ。


「『心の温度計』として、とても貴重な存在ですの。研究も続けられますし」


「学院の魔物保護施設でスライムキングたちとも仲良くできると思います」

エリオットも賛成してくれた。


『わ〜い! いっぱいお友達ができるんだ〜』


翌週、寒がり魔物(みんなから『ハートちゃん』と呼ばれるようになった)は、正式に学院の魔物保護施設に迎えられた。


ハートちゃんの存在は、すぐに学院で話題になった。

嫌なことがあって心が冷たくなっている時は氷の姿になり、楽しい時や嬉しい時はふわふわの姿になるので、生徒たちが自分の心の状態を客観視できるようになったのだ。


「今日は氷モードか…ちょっと心が荒んでるかも」

「ふわふわモードだ! やっぱり友達と一緒にいると心が温かくなるのね」


メルヴィン副校長も大喜びだった。

「これぞ感情教育の革命じゃああ! 心の状態が目で見えるなんて!」


研究室で報告書をまとめながら、カタリナが満足そうに言った。


「今回の調査も成功でしたわね。Tri-Orderの実績がまた一つ増えましたの」

「ハートちゃんも幸せそうだし、学院のみんなにも良い影響を与えているしね」


エリオットも古代文献との照合結果をまとめている。

「古代の『感情共鳴獣』の現代版として、非常に価値のある発見でした」


「ピューイ♪」

ハーブも嬉しそうに鳴いている。


「ふみゅ〜♪」

ふわりちゃんも満足そうだ。


窓の外を見ると、魔物保護施設でハートちゃんがスライムキングたちと楽しそうに遊んでいるのが見えた。

みんなの心が温かいので、ずっとふわふわモードを保っている。


「やっぱり、魔物たちも私たちと同じように、友達と一緒にいるのが一番幸せなのね」

「そうですわね。心の温かさは、種族を超えて通じるものですの」


こうして、Tri-Orderの新しい調査は、学院に素晴らしい『心の温度計』をもたらすことになった。


そして、ハートちゃんの存在が、みんなの心をより温かくしていくのを見ながら、私たちは次の調査への準備を始めていた。


きっと、まだまだ素晴らしい魔物たちとの出会いが待っているのだろう。

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