第191話 雪の中の小さな約束
「今日は孤児院の日ですわね」
カタリナが美しい笑顔でお弁当の入った籠を手に取った。
いつものように、ジュリアと一緒に『光の園孤児院』を訪問する日だ。
私も一緒についていくことになった。
「雪が積もっているから、子供たちも外で遊べないでしょうね」
外を見ると、一面の雪景色だった。美しいけれど、確かに子供たちには少し退屈かもしれない。
「ピューイ」
ハーブも心配そうに鳴いている。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも何だか寂しそうだ。
孤児院に着くと、予想通り子供たちは中で退屈そうにしていた。
「カタリナお姉ちゃん!」
「ルナお姉ちゃんも!」
子供たちが駆け寄ってきて、一気に明るい雰囲気になった。
「こんにちは、皆さん。今日もお弁当とお菓子を持ってきましたの」
カタリナが籠を見せると、子供たちの目がきらきらと輝いた。
「やった!カタリナお姉ちゃんのお弁当だ!」
「今日は何が入ってるの?」
シスター・マルゲリータも穏やかな笑顔で迎えてくれた。
「今日もありがとうございます、カタリナ様、ルナ様」
お弁当を配った後、一人の小さな女の子が窓の外を見ながら言った。
「雪だるま、作りたいな…」
その子の名前はリリィちゃん。いつも控えめで、でも心優しい子だった。
「雪だるまですの?それは素敵ですわね」
カタリナが微笑んだ。
「でも、外は寒すぎますし…」
「あ、そうだ!」
元気な男の子のトミーが手を上げた。
「雪だるまに願いを込める遊びをしない?僕、聞いたことがあるんだ」
「願いを込める?」
「うん!雪だるまを作る時に、心の中でお願いごとをするの。そうすると、雪だるまが願いを叶えてくれるんだって」
子供たちの目が一斉に輝いた。
「それ、やってみたい!」
「お外行こう!」
結局、みんなで孤児院の中庭に出ることになった。
雪はたっぷり積もっていて、雪だるま作りには完璧だった。
「寒くないように、温かくしてくださいね」
シスター・マルゲリータが心配そうに見守る中、子供たちは大喜びで雪玉を作り始めた。
「僕は大きくて強い雪だるまを作るんだ!」
トミーが一生懸命雪を丸めている。
「私は可愛い雪だるまがいいな」
小さなエミちゃんも頑張っている。
そんな中、リリィちゃんが一人で静かに雪だるまを作っていた。とても丁寧に、愛情を込めて。
「リリィちゃん、どんなお願いごとをするの?」
カタリナが優しく聞いた。
「えーっと…」
リリィちゃんが恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「カタリナお姉ちゃんみたいに、優しくて美しくて、頭が良い人になりたいの」
その言葉を聞いた瞬間、カタリナの目に涙が浮かんだ。
「リリィちゃん…」
「お勉強も頑張って、みんなを幸せにできる人になりたいの。カタリナお姉ちゃんみたいに」
カタリナは静かにリリィちゃんの雪だるまを見つめた。小さいけれど、とても心のこもった美しい雪だるまだった。
「カタリナ?」
私が心配になって声をかけると、カタリナが振り向いた。その顔は涙でいっぱいだったけれど、とても温かい笑顔だった。
「ルナさん、子供たちの純粋な願いを、何とかして叶えてあげられないでしょうか」
「どうするつもり?」
「魔法陣を使って、雪だるまに命を吹き込みますの」
カタリナが杖を取り出すと、雪の上に美しい魔法陣を描き始めた。
普通の魔法陣とは違って、雪の結晶のような繊細で美しい模様だった。
「皆さん、雪だるまの周りに円になって座ってくださいませ」
子供たちが言われた通りに座ると、カタリナが静かに呪文を唱え始めた。
「雪に宿る清らかな心よ、子供たちの純粋な願いに応えたまえ」
魔法陣が淡い光を放ち始めた。そして、その光が子供たちの雪だるまを包んでいく。
「わあ…」
子供たちが息を呑んだ。雪だるまたちが、ゆっくりと動き始めたのだ。
「おはよう、みんな」
雪だるまたちが優しい声で話しかけてきた。
「僕たちは君たちの夢を守る守護者だよ」
「えー!本当に動いてる!」
トミーが大興奮している。
「すごい!魔法って本当にあるんだ!」
リリィちゃんの雪だるまが、彼女の前にやってきた。
「リリィちゃん、君の願いはとても美しいよ。優しさと美しさは、心の中にすでにあるんだ」
「本当?」
「本当だよ。君がいつもお友達を思いやる気持ち、お勉強を頑張る姿勢、それがすでに君を美しくしているんだ」
リリィちゃんの目に涙が浮かんだ。
「ありがとう…」
他の子供たちの雪だるまも、それぞれの願いに優しく答えていた。
「強くなりたい」と願ったトミーには「本当の強さは、仲間を守る心だよ」
「可愛くなりたい」と願ったエミちゃんには「君の笑顔が一番可愛いよ」
楽しい時間は、夕方まで続いた。でも太陽が傾き始めると、雪だるまたちの体が少しずつ透けて見えるようになってきた。
「あ…雪だるまさんたちが…」
リリィちゃんが心配そうに言った。
「大丈夫ですの」
カタリナが優しく微笑んだ。
「雪だるまは溶けても、皆さんの心に込めた願いは消えませんわ。それが本当の魔法ですの」
雪だるまたちが最後の言葉をかけてくれた。
「みんな、夢を忘れないでね。いつか必ず叶うから」
「また会えるかな?」
トミーが寂しそうに聞いた。
「きっと会えるよ。君たちが夢に向かって頑張っている時、僕たちはいつもそばにいるから」
そして、雪だるまたちは静かに溶けていった。
でも、溶けた後には小さな光の粒が残って、ふわふわと宙に舞っていた。
「きれい…」
子供たちが見上げる中、光の粒は一人一人の胸のあたりで優しく光った後、静かに消えていった。
「みんなの心の中に、夢の光が灯りましたわね」
カタリナが子供たちを見回しながら言った。
「夢は、心に灯る雪のようなものですわ。清らかで美しく、そして溶けても形を変えて、いつまでも心の中で輝き続けるのです」
帰り道、カタリナがまだ涙を浮かべていた。
「リリィちゃんの言葉、とても嬉しかったですわ」
「カタリナらしいわね。いつも子供たちのことを第一に考えて」
「でも、私も子供たちから多くのことを学んでいますの。純粋な心の美しさを」
空を見上げると、雪がまた降り始めていた。一つ一つの雪の結晶が、今日の子供たちの願いのように見えた。
「ピューイ」
ハーブも満足そうに鳴いている。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも嬉しそうだ。
「また来週も来ますのよ」
カタリナが決意を込めて言った。
「今度は何をして一緒に遊びましょうか」
私は隣を歩く親友を見ながら、今日の温かい光景を心に刻み込んだ。きっと子供たちも、今日のことを一生忘れないだろう。
雪だるまは溶けても、心に灯った夢の光は、これからも子供たちを照らし続けるのだから。
そんな小さな約束を胸に、私たちは雪の夜道を歩いていった。