第190話 雪の夜の魔物たちと灯火の宴
「お嬢様、魔物保護施設からお呼びがかかっていますよ」
セレーナが困ったような顔で報告してくれた。外では雪がしんしんと降っていて、もうすっかり夜の帳が下りている。
「こんな時間に?」
私は暖炉の前でハーブと一緒にくつろいでいたのに。ハーブも「ピューイ?」と首をかしげている。
「スライムキングからの伝言で、『冬の灯火祭の準備で困っているヨ〜』とのことです」
「灯火祭?」
聞き慣れない言葉だった。でも、スライムキングが困っているなら放っておけない。
「行ってみましょう」
「ふみゅ?」
肩の上のふわりちゃんも興味深そうに鳴いた。
魔物保護施設に着くと、入り口からもう騒がしい音が聞こえてきた。
「プルルル〜ン!」「プルルン、プルルン!」
中に入ると、スライムたちが大慌てで動き回っていた。施設の中央には、小さな灯火らしきものがいくつも並べられているけれど、どれも暗くてよく見えない。
「スライムキング、どうしたの?」
「プルルン!ルナちゃん!」
スライムキングが嬉しそうに跳ねながら近づいてきた。
『ルナちゃん〜、困ったヨ〜』
心の声が聞こえてくる。
『みんなで冬の灯火祭をしようと思ったんだけど、灯火の魔法がうまくいかないヨ〜』
よく見ると、確かに小さな魔法の光がちらちらと点いては消えを繰り返している。
「あら、これは…」
そこに虹泡スライムがやってきた。いつものように美しい虹色の泡をぷかぷかと作っているけれど、よく見ると泡が光を吸い込んでいるようだった。
「そうか、虹泡スライムの泡が光を吸収しちゃってるのね」
『そうなのヨ〜』
スライムキングが残念そうだった。
『せっかくみんなで灯火祭をしようと思ったのに…』
施設を見回すと、他の魔物たちも期待に満ちた目でこちらを見ている。踊茸も新しい氷雪踊茸の姿で、小さく踊りながら待っている。
「大丈夫よ。錬金術で何とかしてあげる」
さっそく調合の準備を始めた。今回は光を強化する薬を作る必要がある。
「えーっと、『光の花びら』と『魔力の結晶』…それから『透明な水』も必要ね」
材料を並べながら、虹泡スライムの特性を考慮した配合を考える。
「光を吸収されても大丈夫なくらい、強力な光を作らないと」
調合台に火をつけて、慎重に材料を投入していく。
「光の花びらから…ほんのり甘い香りがしてきたわね」
次に魔力の結晶を加えると、鍋の中身がきらきらと光り始めた。
「いい感じ!」
最後に透明な水を注ぐと…
ーードッカーン!
予想通りの爆発が起こった。今度は金色の煙がもくもくと上がって、施設中が温かい光に包まれた。
「わあ!」
煙が晴れると、鍋の中には美しい金色の液体がきらきらと光っていた。
「成功ね!」
できあがった灯火薬を小さな瓶に分けて、施設の各所に置いてみる。すると、虹泡スライムの泡が光を吸収しても、まったく暗くならない。
「プルルン♪」
スライムキングが大喜びしている。
『すごいヨ〜!とっても明るいヨ〜!』
でも、ここで予想外のことが起こった。虹泡スライムの泡が光を吸収した後、今度はその光を反射し始めたのだ。
「あら?」
泡の表面が鏡のようになって、光が乱反射している。施設の天井や壁に、まるで万華鏡のような美しい光の模様が映し出された。
「きれい…」
思わずため息が出るほど幻想的な空間になっていた。雪の結晶のような光の模様が、ゆらゆらと踊っている。
「プルルル〜ン♪」
虹泡スライムも嬉しそうに、さらに美しい泡を作り始めた。光を吸収しては反射し、反射しては吸収して、まるで光のショーのようだった。
「すごいじゃない! これなら灯火祭どころか、光の祭典よ!」
そんな時、施設の扉が勢いよく開いた。
「祭りじゃああああ!」
メルヴィン副校長が、いつものカラフルな服で登場した。そして、幻想的な光景を見た瞬間…
「おおおおお!これぞ冬のショー!いや、これは芸術じゃあ!」
副校長が感動で震えている。
「魔物たちと人間の共演!これこそが真の教育じゃあ!」
副校長の号令で、またしても学院中の生徒たちが集まってきた。カタリナも美しいドレスを着て現れた。
「まあ、なんて美しい光景でしょう」
カタリナが感嘆の声を上げる。
「魔物たちが作り出す光の芸術ですのね」
生徒たちも次々と施設に入ってきて、幻想的な空間に見とれている。
「すげ〜♪まるで天国みたい〜♪」
フランも珍しくしみじみとした口調で言った。
「これは写真に撮りたいレベル〜♪」
スライムたちも人間たちが喜んでくれて嬉しそうだった。虹泡スライムは特に張り切って、いつも以上に美しい泡を作り続けている。
『みんな喜んでくれているヨ〜♪』
スライムキングの心の声も弾んでいた。
『一緒にお祭りできて嬉しいヨ〜♪』
氷雪踊茸も雪の結晶を舞い散らせながら踊っていて、光の反射と合わさって、まるで雪の妖精のようだった。
「これは素晴らしい発見ですわ」
カタリナが私に言った。
「虹泡スライムの泡の特性を利用した光の演出…これは魔法陣の研究にも応用できそうですの」
「そうね。偶然の発見って、時々すごいことになるのよ」
私がそう答えると、ふわりちゃんも「ふみゅ〜」と同意するように鳴いた。
「ピューイ♪」
ハーブも楽しそうに光の模様を追いかけている。
夜が更けるまで、魔物たちと人間たちの共演は続いた。スライムたちの泡と、踊茸の雪の結晶、そして錬金術で作った灯火薬の光が織りなす幻想的な空間で、みんなが心から楽しんでいた。
「今日は本当に素晴らしい夜でしたわ」
カタリナが帰り際に言った。
「魔物たちと人間が一緒に楽しめる、こんな素敵なお祭りがあるなんて」
「そうね。スライムキングたちのおかげよ」
『ルナちゃん、ありがとうヨ〜♪』
スライムキングが跳ねながら感謝を伝えてくれた。
『また一緒にお祭りしようねヨ〜♪』
「ええ、また一緒に楽しみましょう」
帰り道、雪がまだ降り続いていたけれど、心は温かかった。
「今日は偶然から始まったけれど、素晴らしい結果になりましたね」
セレーナが満足そうに言った。
「虹泡スライムの泡が光を反射するなんて、誰も予想していませんでしたし」
「そうなのよ。錬金術って、時々こういう予想外の発見があるから面白いの」
空を見上げると、雪の結晶がきらきらと光って見えた。きっと今日の灯火祭の余韻で、いつもより美しく見えるのかもしれない。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうだ。
「ピューイ」
ハーブも今日の出来事を振り返っているようだった。
こうして、スライムキングたちの冬の灯火祭は、予想を超えた美しい光の祭典となって、学院に新しい冬の伝統を作ることになった。
きっと来年の冬も、魔物たちと人間たちが一緒に光の宴を楽しむことだろう。
そんなことを考えながら、私は雪の夜道を歩いていた。