第189話 踊茸の冬祭り
「踊茸ちゃんの元気がないですわね」
カタリナが心配そうに、特別教室の隅で小さくうずくまっている踊茸を見つめていた。いつもなら赤いキノコの傘をゆらゆらと揺らしながら、楽しそうに踊っているはずなのに、今日は白い斑点も何だか色あせて見える。
「そうなのよ。冬になってから、全然踊らなくなっちゃって」
私は机の上でぐったりしているハーブを撫でながらため息をついた。ハーブも寒さで毛がぺちゃんこになっている。
「ピューイ…」
元気のない鳴き声が、教室の静寂を破った。
「ふみゅう…」
肩の上のふわりちゃんも、いつもよりふわふわ度が控えめだ。みんな冬の寒さにやられているようだった。
そんな時、踊茸がゆっくりと私の方を向いた。
「…ルナちゃん」
心の声が聞こえてきた。いつもの元気いっぱいな調子とは違って、しょんぼりとしている。
「寒くて…踊れないヨ。体が重いヨ…」
「踊茸ちゃん…」
確かに、魔物であっても寒さは辛いものだろう。特に踊茸は踊ることが生きがいなのに、それができないなんて。
「そうだわ!」
私は突然ひらめいた。
「踊りたい気持ち増幅薬を作ってあげる! しかも冬仕様で!」
「本当ヨ?」
踊茸の心の声が、少しだけ明るくなった。
さっそく錬金術の準備に取りかかった。いつもの『踊りたい気持ち増幅薬』に、冬の寒さに負けない要素を加える必要がある。
「えーっと、基本の材料は…『リズムの草』『弾む石』『楽しい水』…」
材料を並べながら、冬仕様の追加要素を考えた。
「寒さに負けないように…『温かい心の花』と、『情熱の結晶』を加えましょう」
調合台に火をつけて、慎重に材料を投入していく。今回は特に慎重にしなければ。踊茸ちゃんのためだもの。
「温度は中火で…魔力もいつもより多めに…」
ぐつぐつと煮える音と共に、甘い香りが立ち上ってきた。順調、順調。
「あ、そうそう。冬だから『雪解けの雫』も入れてみましょう」
私が雪解けの雫を加えた瞬間、突然鍋の中身が光り始めた。
「え?」
そして、次の瞬間。
ーードッカーン!
いつもの爆発が起こった。今度は虹色の煙がもくもくと上がって、教室中に甘い香りと共に、何だかうきうきするような感覚が広がった。
「あ…あら?」
煙が晴れると、踊茸が立ち上がっていた。そして、小さな足(?)でぴょんぴょんと跳ね始める。
「わ〜い♪踊れるヨ〜♪」
踊茸の心の声が弾んでいた。赤い傘がくるくると回って、白い斑点がきらきらと光っている。
「やった!成功ね!」
でも、そこで異変に気づいた。教室の床に飛び散った薬が、キラキラと光る粒子になって舞い上がっているのだ。
「あれ?この光る粒子は…」
粒子に触れてみると、体が軽やかになって、何だか踊りたい気分になってきた。
「カタリナ、あなたも何だか…」
振り向くと、カタリナが小さくステップを踏んでいる。
「あら、不思議ですわね。体が勝手に…」
「ピューイ♪ピューイ♪」
ハーブまで跳ねるように歩いている。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも翼をぱたぱたさせながら、空中でくるくる回っている。
そんな時、教室のドアが勢いよく開いた。
「祭りじゃああああ!」
メルヴィン副校長が、カラフルな服を翻しながら登場した。でも、一歩教室に入った途端、光る粒子に包まれて…
「おおお!この軽やかさ!これはダンスの神様のお告げじゃあ!」
副校長が突然タップダンスを始めた。
「これぞ冬のショー!学院中にお知らせするのじゃ!」
メルヴィン副校長の号令で、学院中の生徒と教職員が特別教室に集まってきた。そして、教室に入った瞬間、みんな光る粒子に包まれて踊り始める。
「わあ!体が軽い!」
「踊りたくなってきた!」
「これは楽しい!」
生徒たちが次々と踊り始めた。カタリナも優雅にワルツを踊り、フランはヒップホップのような激しいダンスで盛り上げている。
「ルナっち〜♪この薬、マジでヤバイ〜♪超楽しい〜♪」
エミリとノエミ様も手を取り合って、くるくると回っている。
そんな中、魔物保護施設からスライムキングたちがやってきた。
「プルルン♪」「プルルルル〜ン♪」
スライムキングが嬉しそうに跳ねながら現れた。光る粒子を浴びると、体がさらにぷるぷると弾むようになる。
「わあ、スライムキングも来てくれたのね」
『ルナちゃん〜、楽しい香りがするから来たヨ〜』
スライムキングの心の声が聞こえてきた。
『みんなで踊るヨ〜♪』
スライムキングが虹色の泡を次々と作り始めた。泡がぽんぽんと弾ける音が、まるでリズムのようだった。
「プルル♪プルルル♪プルルン♪」
スライムキングの仲間たちも加わって、泡のリズムセッションが始まった。虹泡スライムの美しい泡も混じって、教室がまるでコンサートホールのようになる。
「すごいわ!完璧なリズム!」
踊茸も大喜びで、スライムたちと一緒に踊っている。赤い傘をくるくる回しながら、まるでバレリーナのようだ。
「踊れるヨ〜♪寒くても踊れるヨ〜♪」
踊茸の心の声が弾んでいた。そして、踊っているうちに、踊茸の体に変化が起き始めた。
「あら?踊茸ちゃんの色が…」
赤い傘に、雪の結晶のような白い模様が現れ始めた。そして傘の縁が、薄いブルーに変色している。
「これは…進化?」
踊茸がくるくると回ると、小さな雪の結晶が舞い散った。でも冷たくない、温かい雪だった。
「わ〜い♪冬でも踊れる茸になったヨ〜♪」
踊茸の心の声が誇らしげだった。
「氷雪踊茸に進化したヨ〜♪」
即興の冬祭りは、夕方まで続いた。光る粒子の効果が切れても、みんな楽しい気持ちのまま踊り続けていた。
「いや〜、素晴らしいショーでしたぞ!」
メルヴィン副校長が満足そうに汗を拭いている。
「来年の冬の行事は、これで決まりじゃな!『氷雪踊茸祭り』と名付けよう!」
踊茸も嬉しそうに跳ねている。新しい姿になって、寒さなんて全然平気そうだった。
「ルナちゃん、ありがとうヨ〜♪今度は一年中踊れるヨ〜♪」
「良かったわね、踊茸ちゃん」
私が頭を撫でようとすると、踊茸から小さな雪の結晶が舞い散って、とても綺麗だった。
「プルルン♪」
スライムキングも満足そうだった。
『楽しかったヨ〜♪また一緒に踊るヨ〜♪』
「ええ、また遊びましょう」
こうして、偶然の爆発から始まった冬祭りは、踊茸の新たな進化と、学院の新しい名物行事の誕生という、素晴らしい結果をもたらした。
後日、グリムウッド教授から報告書の提出を求められたけれど、それはまた別のお話。
「ピューイ」
ハーブも満足そうに鳴いている。君も楽しそうに踊ってたものね。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも嬉しそうだ。
私は窓の外に降り始めた雪を見ながら、今日の成功を静かに喜んでいた。冬も悪くないものね。
特に、みんなで踊る冬は。