第188話 カタリナの完璧すぎる講義
「お嬢様、今日は冬季特別講義でカタリナお嬢様が講師をするのですね」
セレーナが朝の準備をしながら、いつも以上に楽しそうに話しかけてきた。私は机の上で転がっているハーブを見つめながら、ため息をついた。
「カタリナが講師って、どう考えても生徒より先生の方が若いのに、学院側は何を考えているのかしら」
「ピューイ」
ハーブも同意するような鳴き声を上げる。いや、君は多分何も分かってないでしょう。
「でも、カタリナお嬢様の『魔法陣の応用と美的構造』の知識は教授陣も認めるレベルですし」
セレーナの言葉に、確かにそうだった。カタリナの魔法陣に関する理論は、私でも感心するほど完璧だった。特に美的センスと実用性を両立させる技術は、まさに彼女らしい。
「まあ、見に行ってみましょうか」
講義室に着くと、既に大勢の生徒たちが集まっていた。普通なら眠そうな顔をしている冬季特別講義なのに、今日はなぜかみんな目がきらきらしている。
「ルナっち!ここここ~♪」
フランが手をぶんぶん振って呼んでくれた。隣にはエミリとノエミ様も座っている。
「フランちゃん、随分と張り切っているわね」
「だってカタリナセンセの講義だよ~♪ マジで楽しみ~♪」
エミリが苦笑いしながら教えてくれた。
「朝から『美しすぎる講師』って噂が広まって、他のクラスの生徒も潜り込んでるんです」
確かに見回してみると、普段見かけない顔もちらほらと。3年生のヴィリア先輩まで後ろの方に座っているじゃない。
そんな中、講義室の扉が開いて、カタリナが入ってきた。
「皆様、本日はお忙しい中お集まりいただき、ありがとうございますわ」
その瞬間、教室が静寂に包まれた。
カタリナは今日、特別に濃紺のローブを羽織っていて、赤茶色の縦ロールが肩で美しく弾んでいる。蒼い瞳が真剣な表情を浮かべていて、いつも以上に知的で上品な雰囲気を醸し出していた。
「うわあああ…」
どこからともなく感嘆の声が漏れる。
「美しすぎる…」
「天使だ…」
「女神様だ…」
私の隣でフランが両手で頬を押さえながら、うっとりとつぶやいた。
「カタリナセンセ、マジで女神~♪ これは集中できないわ~♪」
周りの生徒たちも同じような状態で、みんなカタリナに見とれてしまって、肝心の講義の準備に集中していない。
「えーっと…」
カタリナ自身も少し困った様子で、教壇の上で立ち止まった。
「皆様、講義を始めさせていただきたいのですが…」
でも生徒たちの視線は相変わらずカタリナの美貌に釘付けで、ノートを開く音すら聞こえない。
「カタリナ先生、結婚してください!」
突然、どこかの男子生徒が叫んだ。
「私も!」
「僕も!」
「俺も!」
教室が大混乱になった。みんな立ち上がって、カタリナに向かって手を振っている。
「あの、皆様…」
カタリナが困り果てているのが見てとれた。流石の彼女も、この事態は想定外だったようだ。
そんな時、ふわりちゃんが私の肩で「ふみゅ〜」と心配そうに鳴いた。
「そうね、このままじゃ講義にならないわ」
私が立ち上がろうとした瞬間、カタリナが静かに杖を取り出した。
「皆様、申し訳ございませんが、少々お静かに願います」
そして、美しい魔法陣を空中に描き始めた。光る軌跡が幾何学的な模様を作り出し、やがて温かい光の球体が教室の中央に浮かび上がった。
『陽だまりの結界』だった。
「あら…」
温かい光が教室全体を包むと、不思議なことに生徒たちの興奮が徐々に収まっていった。まるで春の日だまりにいるような、穏やかで心地よい感覚が広がる。
「これが『陽だまりの結界』ですわ。心を落ち着かせ、集中力を高める効果があります」
カタリナの声も、いつもの優雅さに戻っていた。
「今日の講義では、このような実用的な魔法陣から、より複雑な応用まで解説させていただきますわ」
生徒たちも、ようやく落ち着いてノートを取り始めた。フランも「すげー♪」とつぶやきながら、真剣にメモを取っている。
「まず、魔法陣の基本構造についてですが…」
カタリナが黒板に美しい図形を描き始めた。その線一本一本が、まるで芸術作品のように精密で美しい。
「魔法陣とは、魔力の流れを視覚化し、制御するための設計図のようなものですわ。重要なのは、機能性と美しさの両立です」
確かに、カタリナが描く魔法陣は機能的でありながら、見ているだけでうっとりするような美しさがある。
「例えば、この『癒しの光輪』の魔法陣をご覧ください」
新たな魔法陣が黒板に現れた。円形を基調とした複雑な模様で、中心から放射状に伸びる線が、まるで花びらのようだった。
「美しい…」
エミリが小さく呟いた。私も同感だった。
「皆様、美しいと感じられましたでしょうか? これは偶然ではありませんの。魔法陣における美的要素は、実は魔法の効率にも大きく関わっています」
カタリナが杖で魔法陣を指し示しながら説明を続ける。
「調和の取れた図形は、魔力の流れも安定させます。逆に、歪んだり不均衡な魔法陣は、魔力のロスを生み出してしまうのです」
なるほど、確かに理論として筋が通っている。私も錬金術で同じような経験がある。美しい配合の時ほど、良い結果が出るのだ。
講義が進むにつれて、生徒たちも完全にカタリナの話に引き込まれていった。最初は美貌に見とれていただけだったのに、今では内容の素晴らしさに感動している。
「最後に、皆様に一つお伝えしたいことがありますわ」
カタリナが微笑みながら言った。
「美しさとは、秩序と調和の中にあるものですわ。魔法陣も、人生も、そして学問も、すべて同じです。完璧を目指すのではなく、バランスを大切にしてくださいませ」
教室が深い静寂に包まれた。そして、次の瞬間、盛大な拍手が響いた。
「素晴らしい講義でしたわ!」
「感動しました!」
「カタリナ先生、最高!」
フランも目をきらきらさせながら拍手している。
「マジでヤバかった~♪ 美しいだけじゃなくて、めっちゃ勉強になった~♪」
講義が終わって教室を出る時、ヴィリア先輩が私に近づいてきた。
「ルナさん、あなたの友人は素晴らしいわね。演劇サークルでもぜひ指導していただきたいくらいよ」
「カタリナが?」
「ええ、あの場の掌握力と表現力は、舞台でも通用するわ」
確かに、今日のカタリナは完璧すぎて、まるで舞台を見ているようだった。
帰り道、カタリナと一緒に歩きながら、私は今日の感想を伝えた。
「お疲れ様、カタリナ。素晴らしい講義だったわ」
「ありがとうございますわ、ルナさん。でも、途中はどうなることかと思いましたの」
カタリナが苦笑いしながら言った。
「まさか『結婚してください』の大合唱が起こるとは思いませんでしたわ」
「ふふ、でも『陽だまりの結界』で完璧に場を収めたじゃない」
「あれは咄嗟の判断でしたの。でも、やはり美しさだけでは人を動かせませんわね。中身が伴わなければ」
さすがカタリナ、こんな時でも反省点を見つけている。
「でも、今日の講義は間違いなく伝説になるわよ。『美しすぎる講師カタリナ』として」
「まあ、それは困りますわ」
カタリナが困ったような顔をしたが、その表情も美しくて、きっと明日からまた新しい伝説が始まるのだろうなと思った。
「ピューイ」
ハーブも満足そうに鳴いている。君は講義室にいなかったでしょうに。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも何だか嬉しそうだ。
こうして、王立魔法学院冬季特別講義『カタリナの完璧すぎる講義』は、多くの生徒たちの心に深い印象を残して終わったのだった。
きっと来年も、カタリナに講師を依頼する教授が現れるに違いない。そして、その度に新しい伝説が生まれるのだろう。
私は隣を歩く親友を見ながら、そんなことを考えていた。




