第187話 雪の音楽祭と歌うハリネズミの再登場
「お嬢様、王都音楽祭実行委員会からお手紙が届いております」
ハロルドが銀のトレイに載せた封筒を持ってきた。雪の結晶をデザインした美しい便箋には、優雅な文字でこう書かれている。
「『冬の王都音楽祭において、Tri-Orderの皆様が調査された歌うハリネズミをお招きしたく……』ですって!」
私は興奮して立ち上がった。歌うハリネズミとは、私たちが調査した友好的な魔物の一種で、その歌声には聞く者の心を癒し、魔力を活性化させる不思議な力がある。
「ピューイピューイ♪」
ハーブも嬉しそうに鳴いている。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんも小さな翼をぱたぱたと動かして喜んでいる。
「すぐにカタリナとエリオットに知らせなくちゃ!」
学院で二人に報告すると、カタリナの蒼い瞳がキラキラと輝いた。
「それは素晴らしいニュースですわね!歌うハリネズミたちも、きっと喜びますわ」
エリオットも銀髪を揺らして頷いた。
「古代の音楽魔法との関連も調べられそうですね。貴重な機会です」
その日の午後、私たちは歌うハリネズミたちに会いに行った。学院の魔物保護施設で、彼らは小さなステージを作って練習に励んでいる。
「チリリ♪ チリリリ〜♪」
美しい歌声が施設に響き渡る。聞いているだけで心がぽかぽかと温かくなってきた。
「音楽祭の話をしてみましょう」
私が歌うハリネズミたちに話しかけると、彼らの小さな瞳がきらめいた。
「チリリ? チリリリ〜♪」
「『たくさんの人に歌を聞いてもらえるの?』って言ってるわ」
「チリリリ♪ チリリ〜♪」
「『楽しみ!』ですって。でも少し緊張してるみたい」
音楽祭当日の朝、私は特別な準備をしていた。
「今日は『魔力活性化薬』を少し調整してみるの」
基本の材料に『響きの石』を加えて、歌声の響きを強化する効果を狙う。でも、いつものように派手にやるわけにはいかない。音楽祭で爆発させるわけには……
「あ…」
少しのつもりが多く材料を投入してしまった。案の定……
ーードオーン♪
実験室が美しい金色の光に包まれる。でも今回の爆発は音楽的で、まるでオーケストラの演奏のような美しい音が響いた。
「成功!『響き強化の魔力活性化薬』の完成よ」
薬液は透明な金色に輝き、小さな音符のような光の粒子が踊っている。
「お嬢様、今回の爆発は音楽的でしたね」
セレーナの虹色の髪がキラキラと光を反射している。
王都中央広場の特設ステージは、雪の装飾で美しく飾られていた。観客席には貴族から庶民まで、たくさんの人々が集まっている。
「わあ、すごい人だかりね」
「歌うハリネズミを見るのは初めてという方が多いのでしょうね」カタリナが優雅に微笑む。
バルナード侯爵が華やかな衣装で現れた。
「おお、ルナ嬢!今日は素晴らしいショーになりそうじゃな!音楽は心を躍らせる!」
メルヴィン副校長も負けじとカラフルな服装で登場。
「学問は大事!だが音楽祭はもっと大事じゃああ!今日は観客に最高の感動を与えてやろう!」
いよいよ歌うハリネズミたちの出番だ。小さなステージに上がった彼らは、最初少し緊張しているように見えた。
「大丈夫よ、みんないい人たちだから」
私が優しく声をかけると、リーダー格のハリネズミが小さく頷いた。
「それじゃあ、『響き強化の魔力活性化薬』を散布するわね」
薬液を霧状にして、ステージ周辺に広げる。すると、空気中に金色の光の粒子がきらめき始めた。
「チリリ♪ チリリリ〜♪」
歌うハリネズミたちが歌い始めると、その美しい歌声が薬の効果で会場全体に響き渡った。普段よりもずっと豊かな音色で、まるで天使の合唱のようだ。
「あ……」
観客席からため息が漏れる。歌声を聞いた人々の顔がみるみる穏やかになり、心地よさそうな表情を浮かべている。
「魔力が活性化されてる……」カタリナが驚いたように呟く。「皆さんの魔力がふわっと温まっているのが見えますわ」
確かに、観客一人一人から温かい光のオーラが立ち上っている。まるで小さな太陽がたくさん灯ったみたいだ。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんが感激して踊り始めた。「心がぽかぽか」と言っているようだ。小さな体をくるくると回しながら、嬉しそうに舞っている。
「チリリリ〜♪ チリリ、チリリ〜♪」
歌うハリネズミたちも観客の反応に勇気づけられて、より一層美しい歌声を響かせる。会場全体が温かい魔力の光に包まれて、まるで夢の中のような光景だった。
「素晴らしい……」
観客の一人が涙を浮かべている。年配の貴婦人で、きっと歌声に心を動かされたのだろう。
「ママ、ハリネズミさんたち、とっても上手!」
小さな子供が手を叩いて喜んでいる。その純粋な笑顔を見て、私も心が温かくなった。
歌が終わると、会場は大きな拍手に包まれた。歌うハリネズミたちは嬉しそうに小さな手を振っている。
「チリリ♪ チリリリ〜♪」
「『ありがとう、楽しかった』ですって」
観客席から、アンコールの声が上がった。
「もう一度!」
「素晴らしい歌声でした!」
「また聞きたいです!」
歌うハリネズミたちは照れながらも、もう一曲歌ってくれた。今度は観客も一緒に口ずさめるような、優しいメロディーだ。
「チリリ〜♪ チリリリリ〜♪」
会場全体が一つになって、美しいハーモニーを奏でる。人間と魔物が共に音楽を楽しむ、素晴らしい光景だった。
音楽祭が終わった後、たくさんの人が歌うハリネズミたちにお礼を言いに来てくれた。
「心が軽やかになりました」
「魔力が回復した気がします」
「また歌を聞かせてください」
子供たちは特に歌うハリネズミたちを気に入ったようで、「また会えるー?」と何度も聞いている。
「チリリリ♪」
ハリネズミたちも「もちろん」と答えているようだ。
帰り道、カタリナが言った。
「今日は本当に素晴らしい一日でしたわね。魔物と人間がこんなにも自然に交流できるなんて」
「そうね。音楽には言葉を超えた力があるのかも」
エリオットも頷く。
「古代の記録にも、音楽が種族を超えた絆を結ぶという話がありました。今日はそれを実際に見ることができましたね」
「ピューイピューイ♪」
ハーブも満足そうだ。
「ふみゅみゅ〜♪」
ふわりちゃんはまだ余韻に浸っているようで、小さく踊り続けている。
家に帰ると、セレーナがハーブティーを用意してくれていた。
「音楽祭はいかがでしたか、お嬢様?」
「大成功よ!歌うハリネズミたちも、観客の皆も、みんな幸せそうだった」
「それは良かったです」
虹色の髪がほんのりと光って見える。きっと今日の感動が、セレーナの特殊な魔力にも影響しているのだろう。
その夜、窓から王都の夜景を眺めながら、私は今日のことを思い返していた。魔物と人間が共に音楽を楽しむ光景、観客の笑顔……
「音楽って魔法より素敵かも」
心の中でそう呟きながら、私は明日への期待を胸に眠りについた。きっとまた、素晴らしい発見が待っているに違いない。
音楽祭の成功により、歌うハリネズミたちは王都の新しいアイドルとなった。そして人間と魔物の交流は、ますます深まっていくのだった。




