第186話 雪の魔王城とスライムの温泉計画
「ピューイ!」
ハーブの鳴き声で目を覚ました私は、窓から雪化粧した王都の街並みを眺めた。真っ白な屋根が朝日に照らされて、とても美しい光景だ。
「今日はセレスティアに会いに行く日ね」
「お嬢様、魔王城への準備はできていますか?」
セレーナが虹色の髪をなびかせながら入ってきた。彼女の髪色は魔王城の外壁とお揃いで、なんだか運命的な感じがする。
「うん、今回は『魔力鎮静薬』を持参するの。セレスティアに見せてあげたくて」
『魔力鎮静薬』は『静寂の花』『安らぎの石』『深い眠りの水』で作った自信作だ。魔力の高ぶりを鎮めて、心を落ち着かせる効果がある。
魔王城に到着すると、入り口で虹色スライムたちがぷるぷると出迎えてくれた。相変わらず可愛らしい鳴き声で「プルプル〜♪」と挨拶している。
「ルナさん、いらっしゃい」
セレスティアが黒いローブを翻しながら現れた。長い黒髪に雪の結晶がキラキラと付いていて、紫の瞳が温かく微笑んでいる。背中の小さな黒い翼も雪で真っ白になっていた。
「セレスティア!雪の魔王城、とても綺麗ね」
「ありがとうございます。でも今日は少し困ったことになっていまして……」
「困ったこと?」
セレスティアが苦笑いを浮かべると、虹色スライムたちがぷるぷると近寄ってきた。
「プルプル〜、プルプルプル〜!」
「『雪が降って寒いから、温泉を作りたい』と言っているんです」セレスティアが通訳してくれた。「魔王城地下には温泉が湧く場所があるのですが、普通のお湯では面白くないと……」
「あ、それなら!」
私の頭に電球が点灯した。空間収納ポケットから『魔力鎮静薬』を取り出す。
「この『魔力鎮静薬』と虹色スライムの泡を組み合わせたら、すごい温泉ができそう!」
「プルプルプル〜♪」
スライムたちが嬉しそうに跳ね回った。
「面白そうですね。地下の温泉場へご案内します」
魔王城の地下は思っていたより明るく、温かい湯気が立ち上る天然温泉があった。岩に囲まれた自然のプールのような形で、とても風情がある。
「ここが温泉場ですね。でも確かに、普通のお湯だけでは物足りない気がします」
「よーし、やってみましょう!」
私は錬金術の道具を取り出した。でも今回は慎重にやろう……と思ったけれど、やっぱり実験は勢いが大切よね!
「えいやー!」
『魔力鎮静薬』を温泉に一気に注ぎ込む。すると……
「プルプル〜!」
虹色スライムたちが一斉に温泉に飛び込んで、美しい虹色の泡をぶくぶくと出し始めた。
「あ、あれ?何か反応が……」
薬と泡が混ざり合うと、温泉全体がキラキラと光り始めた。そして……
ーードカーン!
やっぱり爆発した!でも今回は派手な音だけで、実際には優しい光の爆発だった。温泉から虹色の光の柱が立ち上り、地下全体が幻想的な光に包まれる。
「きゃー!」
「お嬢様!」
セレーナが慌てて駆け寄ってくるが、私は無事だった。むしろ、とても心地よい暖かさに包まれている。
「これは……」
セレスティアが目を見張った。温泉はもはや普通のお湯ではなく、虹色の泡がぷくぷくと浮かび上がる癒しの温泉に変化していた。泡に触れると、心がふんわりと軽くなる感覚がある。
「『魔力鎮静薬』の効果と虹色スライムの癒しの泡が合わさって……『癒しの泡温泉』ができた!」
「プルプルプル〜♪」
スライムたちも大満足そうだ。温泉に入ったスライムたちがより一層美しく輝いて見える。
「試しに入ってみましょうか?」
私たちは着替えて温泉に入ってみた。お湯の温度はちょうど良く、虹色の泡がぷくぷくと肌に触れるたびに、一日の疲れがすーっと抜けていく。
「あー、気持ちいい〜」
「本当に素晴らしいですね。心も体も癒されます」
セレスティアの紫の瞳がリラックスで柔らかくなっている。黒い翼も気持ちよさそうにゆらゆらと動いていた。
「ピューイ〜♪」
ハーブも温泉の縁で足湯を楽しんでいる。
「ふみゅ〜♪」
ふわりちゃんは泡の上にふわふわと浮かんで、まるで雲に乗っているみたいだ。
「これは……観光地としてさらに進化しましたね」
セレスティアが感慨深げに呟いた。
「そうね!冬限定の『癒しの泡温泉』として、魔王城の新しい名物にしましょう」
「プルプルプル〜♪」
スライムたちも賛成しているようだ。
「週一回のレストランに加えて、今度は温泉ですか。魔王城がどんどん楽しい場所になっていきますね」
セレスティアの嬉しそうな顔を見ていると、私も心が温かくなった。
「でも大丈夫?魔王様が温泉経営なんて……」
「構いません。みんなに喜んでもらえるなら、それが一番です」
セレスティアの優しい笑顔に、改めて彼女の人柄を感じた。
温泉から上がると、体がぽかぽかして、心もすっかり軽やかになっていた。
「ルナさん、今日は素晴らしいものを作っていただき、ありがとうございました」
「私こそ、セレスティアのおかげで新しい発見ができたわ」
「プルプル〜♪」
スライムたちがお見送りをしてくれる。温泉の湯気で城内が暖かく、雪の寒さを忘れるほどだった。
帰り道、セレーナが言った。
「お嬢様の実験は、いつも人を幸せにしますね」
「そうかしら?」
「ええ。魔王城の外壁を虹色にした時も、今回の温泉も、みんなを笑顔にしています」
「ピューイピューイ♪」
「ふみゅみゅ〜♪」
ハーブとふわりちゃんも同感らしい。
その夜、魔王城の『癒しの泡温泉』の噂は早くも王都に広まり始めていた。
「冬限定の魔王城温泉、今度行ってみたいな」
「虹色の泡って、どんな感じなんだろう」
「魔王城のレストランも美味しいって聞いたし……」
街角でそんな会話が聞こえてくる。
家に戻ると、ハロルド執事が苦笑いを浮かべながら言った。
「お嬢様、また魔王城で爆発を起こされたとか……でも今回は良い結果だったようですね」
「ええ、大成功よ!今度みんなで温泉に行きましょう」
「それは……楽しそうですね」
ハロルドの表情が少し和らいだ。
その夜、窓から王都の夜景を見渡すと、街の灯りがキラキラと輝いて見えた。遠く離れた魔王城からも、きっと温泉の暖かい光が城全体を優しく照らしているのだろう。
魔王城を訪れる人々が増えれば、セレスティアも寂しくないだろう。そして虹色スライムたちも、もっとたくさんの人を喜ばせることができる。
実験が誰かの幸せに繋がるって、とても素敵なことだと思う。明日はどんな発見が待っているかな?
「おやすみ、ハーブ、ふわりちゃん」
「ピューイ♪」
「ふみゅ〜♪」
今日も充実した一日だった。魔法も錬金術も、友達と一緒だからこそ、こんなに楽しいのかもしれない。




