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第185話 雪の夜と魔力の光

「今夜は完璧な条件ね」


学院の屋上で、私は星空を見上げながら呟いた。雪が止んだ夜空は澄み切って、星たちがまるでダイヤモンドを散りばめたようにきらめいている。


「本当ですわね。空気が澄んでいて、魔力の流れも安定していそうですの」


カタリナが杖を軽く振ると、『探知の魔法』で周囲の魔力を確認している。


「それじゃあ、始めましょうか」


私は空間収納ポケットから調合したばかりの『魔力可視化薬』を取り出した。薄紫色に輝く液体が、小瓶の中でゆらゆらと光っている。


「『光の花びら』『透明な水晶』『魔力の結晶』……うまく調合できたと思うんだけど」


「ルナさんの錬金術なら大丈夫ですわ。いつも驚くような結果を出してくださいもの」


カタリナの信頼の言葉に、胸が温かくなった。でも今回は爆発させるわけにはいかない。学院の屋上だし、何より貴重な実験だから。


「ピューイ♪」


ハーブが私の肩で応援の声を上げる。


「ふみゅみゅ〜」


ふわりちゃんも肩の上で嬉しそうに羽ばたいている。小さな翼がふわふわと動くたびに、水色の瞳がキラキラと輝いた。


「それじゃあ、いくわよ」


薬瓶の蓋を開けると、甘い花のような香りが夜風に乗って広がった。薬液を少しずつ空中に振りまくと、液体は霧のように散って消えていく。


最初は何も変わらないように見えたが……


「あ……」


カタリナが息を呑んだ。私も同じ光景に目を見張った。


空中に、淡い光の筋が現れ始めたのだ。まるで見えない川の流れが突然姿を現したように、魔力の流れが光の帯となって夜空に浮かび上がっている。


「すごい……」


光の帯は一本ではなく、何本も何本も空に流れている。ある流れは学院の魔法陣から立ち上り、またある流れは遠くの王宮の方角から伸びてきている。それらが複雑に絡み合いながら、まるで天の川のように空を横切っていく。


「まるで星座みたい……」


光の帯は時々キラキラと明滅し、本当に星座のような美しさを醸し出している。青い光、金色の光、薄紫の光……様々な色の魔力が織りなす光景は、この世のものとは思えないほど幻想的だった。


「ふみゅ〜……」


ふわりちゃんが感嘆の声を上げた。水色の瞳が光の帯を映して、まるで小さな宝石のようにきらめいている。きっと「きれいだね」と言っているのだろう。


「本当にきれいですわ……」カタリナが杖を下ろしながら、うっとりと空を見上げた。「魔力がこんなにも美しいものだったなんて」


「普段は見えないけど、こんな風に空を流れているのね」


光の帯の中でも、特に太く明るいものがある。それは王都の中心部から放射状に広がり、まるで巨大な花のように空に咲いている。


「あれはきっと王宮の大魔法陣からの魔力ね」


「そうでしょうね。それに……」カタリナが指を差す。「あちらの小さな光の流れは、光の園孤児院の方角ですわ」


確かに、小さいけれど温かみのある光が、孤児院の方角からゆらゆらと立ち上っている。きっとシスター・マルゲリータの祈りや、子供たちの純真な心が魔力となって現れているのだろう。


「あの子たちにも、この景色を見せてあげたいですわ……」


カタリナがぽつりと呟いた言葉に、私ははっとした。


「それよ!」


「え?」


「孤児院で魔法観察会をやりましょう!子供たちにも魔力の美しさを見せてあげるの」


カタリナの蒼い瞳が輝いた。


「それは素晴らしいアイデアですわ!でも、『魔力可視化薬』はもっとたくさん必要になりますわね」


「大丈夫よ。材料はまだあるし、今度はもう少し大きな瓶で作ってみる」


「ピューイピューイ♪」


ハーブも賛成してくれているようだ。


「ふみゅみゅ!」


ふわりちゃんも嬉しそうに羽ばたいている。


空の魔力の流れは、私たちが話している間にも絶え間なく流れ続けている。時々強くなったり弱くなったりして、まるで生きているみたいだった。


「不思議ね……魔力って、こんなにも動的なものだったのね」


「そうですわね。まるで大きな生き物の血液のように、王都全体を循環していますの」


その時、特に大きな光の波が空を駆け抜けていった。金色に輝く美しい流れが、夜空を一瞬だけ昼間のように明るく照らす。


「今のは何だったのかしら?」


「きっと誰かが大きな魔法を使ったのでしょうね。それが波となって伝わってきたのですわ」


魔力の流れを眺めていると、この王都で暮らす人々の営みが見えるような気がした。魔法を使う人々、祈りを捧げる人々、そして魔力に包まれて生活するすべての生き物たち……


「みんな、繋がっているのね」


「ええ、魔力を通じて」カタリナが微笑む。「そして心を通じても」


薬の効果が切れ始めると、光の帯は徐々に薄くなっていった。まるで朝霧が消えていくように、魔力の流れは再び見えなくなる。


「また見えなくなっちゃった……」


「でも、流れていることは分かりましたわ。見えなくても、いつもそこにあるのですのね」


屋上から学院の中庭を見下ろすと、雪化粧した木々が月光に照らされて美しく輝いている。見た目は静かだけれど、きっと目に見えない魔力がそこにも流れているのだろう。


「今度の観察会、どんな準備が必要かしら?」


「まず、『魔力可視化薬』をもっと大量に作る必要がありますわね。それから、子供たちにも分かりやすい説明を考えて……」


「シスター・マルゲリータにも相談しないといけないわね。夜の活動だから、許可が必要だと思う」


「そうですわね。でも、きっと喜んでくださると思いますの」


計画を練りながら、私たちは屋上を後にした。階段を降りる時、カタリナが振り返った。


「ルナさん、今日は素晴らしい体験をありがとうございました。魔力の美しさを初めて実際に見ることができましたわ」


「私こそ、カタリナと一緒だったからより感動できたのよ」


「ピューイ♪」


「ふみゅ〜♪」


ハーブとふわりちゃんも満足そうだ。


屋敷に戻ると、セレーナが温かいココアを用意して待っていてくれた。


「お帰りなさい、お嬢様。実験はうまくいきましたか?」


「大成功よ!セレーナも今度一緒に見ない?きっと虹色の髪が魔力の光に映えて、もっと綺麗になるわ」


「ありがとうございます。ぜひ拝見させていただきたいです」


セレーナの虹色の髪がほんのりと輝いて見えた。きっと彼女の特殊な魔力も、あの光の流れの一部になっているのだろう。


ココアを飲みながら、私は今夜見た光景を思い返していた。魔力の流れ、星座のような光の帯、そして友達と分かち合った感動……


孤児院の観察会が楽しみだ。子供たちがあの美しい光を見た時、どんな反応をするだろう。きっと目を輝かせて、「わあ!」って声を上げてくれるに違いない。


「明日から準備を始めなくちゃ」


心の中でそう決めながら、私は今日という特別な日に感謝していた。魔法も錬金術も、一人で楽しむより、大切な人と分かち合う方がずっと素晴らしいのだから。

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