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第184話 雪の孤児院とカタリナの決意

「ピューイ!」


ハーブの鳴き声で目を覚ました私は、窓の外を見て息を呑んだ。一夜にして王都は真っ白な雪景色に変わっている。この時期にしては珍しい大雪だ。


「お嬢様、おはようございます」


セレーナが部屋に入ってきた時、彼女の虹色の髪には雪の結晶がキラキラと輝いている。


「セレーナ、髪に雪が……まるで宝石みたい」

「ありがとうございます。それより、この寒波は予想以上に厳しいようですね」


朝食を終えて学院に向かう準備をしていると、玄関でハロルド執事が慌てた様子で現れた。


「お嬢様、大変です!ローゼン家からの緊急の使者が参りました」


息を切らせたローゼン家の使者は、震え声でこう告げた。


「カタリナお嬢様からの伝言です。光の園孤児院の暖房魔法陣が故障し、お嬢様は急遽そちらへ向かわれました。本日の学院での待ち合わせはなしとのことです」


「孤児院が?」私の心に不安がよぎった。「あの子たちは大丈夫なの?」


「カタリナお嬢様が対処されているとのことですが……」


私は迷った。駆けつけたい気持ちもあったが、カタリナなら大丈夫だろう。彼女の魔法の腕前は私なんかよりもずっと上だし、何より子供たちのことを誰よりも理解している。


「分かったわ。カタリナに任せましょう」


その日は一日中、雪が降り続いた。学院でも暖房の魔法陣がフル稼働で、廊下でさえひんやりとしている。授業中も、孤児院のことが気になって仕方がなかった。


「ルナさん、大丈夫ですか?」


休み時間に、エリオットが心配そうに声をかけてくれた。


「うん、ちょっと心配事があって」


「カタリナさんのことですか?彼女なら大丈夫ですよ。彼女の魔法の実力は学院でも一、二を争いますから」


エリオットの言葉に、少しほっとした。


放課後、家に帰るとカタリナが既に我が家の応接室で温かいお茶を飲んでいた。彼女の頬は少し青白く、普段よりも疲れた様子が見える。


「カタリナ!お疲れ様。孤児院は大丈夫だった?」


「ルナさん、ただいま帰りましたわ…」カタリナは微笑んだが、その笑顔にはいつもより影がある。「ええ、何とかなりましたわ」


セレーナがカタリナのためにもう一杯お茶を淹れてくれる。


「何があったの?詳しく教えて」


カタリナは湯気の立つカップを両手で包み込みながら、ゆっくりと話し始めた。


「今朝早く、シスター・マルゲリータから緊急の使いが来ましたの。孤児院の暖房魔法陣が昨夜の魔力の乱れで完全に故障してしまって……修理業者は明日まで来られないと」


「それで?」


「急いで駆けつけましたの。子供たちは毛布にくるまって震えていて……小さな手が真っ赤になっているのを見た時、居ても立ってもいられませんでしたわ」


カタリナの蒼い瞳に、その時の決意が宿っている。


「『陽だまりの結界』を設置しましたの。でも……」


「でも?」


「この魔法は持続的に魔力を消費しますの。一日中子供たちを暖め続けるためには、相当な魔力が必要で……」


私はカタリナの青白い顔を改めて見た。魔力を使いすぎたのだ。


「無茶をして……」


「いえ、無茶ではありませんわ。必要なことをしただけです」カタリナはきっぱりと言った。「ジュリアも手作りのクッキーとココアを持参してくれて、子供たちはとても喜んでいましたの」


「それで暖房は?」


「明日には修理業者が来ますから、それまで私の魔法で何とかしますわ。もう一度夕方に様子を見に行く予定ですの」


「私も一緒に……」


「いえ、大丈夫ですのよ」カタリナは優しく手を振った。「ルナさんにはいつもお世話になっていますもの。たまには私が頑張らせてくださいな」


そう言って微笑むカタリナの姿に、私は改めて彼女の強さを感じた。


「あの子たちがこんなことを言ってくれましたの」カタリナの表情が温かくなった。「『カタリナお姉ちゃんがいるから安心』って」


「素敵ね」


「でもね、ルナさん」カタリナはカップを置いて、私を真っ直ぐ見つめた。「改めて思いましたの。本当に大切なのは、継続することだと」


「継続?」


「ええ。小さくても続けることの方が子供たちにとって意味がある。毎週通い続けているから、子供たちも私を信頼してくれる。そして私も、彼らにとって本当に必要なものが分かるようになりましたの」


カタリナの言葉には、静かだけれど確固とした決意が込められていた。


「今日も、魔法陣を設置しながら思いましたの。この子たちの笑顔を守り続けたいって。それが私の使命だと」


窓の外では雪がちらちらと舞っている。寒い一日だったけれど、カタリナの話を聞いていると心が温かくなってきた。


「カタリナって、本当にお姫様みたい」


「あら、私は侯爵家の令嬢ですわよ?」


「違うの。見た目じゃなくて、心がお姫様なの」


カタリナは驚いたような顔をして、それから温かく微笑んだ。


「ルナさんのそういうところ、大好きですわ」


夕方、カタリナは約束通り再び孤児院へ向かった。私は見送りながら思った。継続する優しさ。それは魔法よりも、錬金術よりも、きっと強い力を持っている。


その夜、セレーナが温かいスープを持ってきてくれた。


「カタリナお嬢様は、本当に立派な方ですね」


「そうね。私も見習わなくちゃ」


「お嬢様も十分立派ですよ。いつも誰かのために一生懸命になっていらっしゃいます」


「ピューイ♪」ハーブも同感らしい。


「ふみゅみゅ〜」ふわりちゃんも嬉しそうだ。


翌日、カタリナから報告があった。暖房は無事修理され、子供たちも元気に過ごしているとのことだった。そして彼女は、いつものように週一の訪問を続けていくと言った。


雪は止んだけれど、カタリナの優しさは雪のように静かで、でも太陽のように温かく、ずっと続いていくのだろう。私もいつか、そんな風に誰かの支えになれるだろうか。


「今度は私も一緒に行かせてもらおうかな」


心の中でそう決めながら、私は今日の実験の準備を始めた。きっと明日も、素敵な一日になりそうだ。

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