第183話 暖房薬と酔っ払い
「寒い!今年の冬は特に厳しいわね!」
私は王立魔法学院の教室で、ガタガタと震えていた。
今年の冬は例年よりもずっと寒くて、魔法で暖房をかけても追いつかない状況が続いている。
今日は特に寒いから、ふわりちゃんも私のコートの中で小さく丸まっている。
ハーブに至っては、もこもこの毛が逆立って、まん丸のボールみたいになっていた。
「ルナさん、本当に寒いですわね」
カタリナも震え声で話している。
いつもは優雅な彼女も、今日は厚いコートでぐるぐる巻きになっていた。
「僕の領地でもここまで寒くなることはありません」
エリオットも息を白くしながら言う。
「学院の暖房魔法も限界みたいですね」
確かに、教室の暖房用魔法陣は一生懸命光っているのに、室温は全然上がらない。
「そうだ!暖房薬を作ってみない?」
私の提案に、みんなが振り返る。
「暖房薬?」
「飲むと体が温まる薬よ!」
「確かに、何とかしないとこのまま凍えてしまいそうですわ」
カタリナの言葉に、みんなが頷く。
「よし!特別教室で暖房薬を作りましょう!」
私たちは急いで実験用の特別教室に向かった。
幸い、ここには実験用の防護結界があるから、多少の爆発があっても大丈夫。
「えーっと、温かくなる材料は...『火の花びら』『温もりの石』『熱湯草』...あ、そうそう!」
私は空間ポケットから特製ブドウジュースを取り出した。
「これも入れてみましょう!アルケミ領のブドウは栄養価が高いから、きっと効果的よ!」
「でも、ルナさんのブドウジュースって...」
エリオットが心配そうに言う。
「大丈夫よ!今度は少しだけだから!」
錬金鍋に『熱湯草』を煮出した熱いお湯を注いで、『火の花びら』を散らす。すぐに鍋から暖かい湯気が立ち上った。
「いい感じね!」
次に『温もりの石』を砕いて粉末にして加える。
すると、鍋の中身が綺麗なオレンジ色に変わった。
「綺麗な色ですわね」
カタリナが感心している。
「最後に特製ブドウジュースを...ちょっとだけよ!」
私はスプーン一杯分だけブドウジュースを垂らした。
その瞬間—
ーーボンッ!
小さな爆発と共に、鍋から虹色の蒸気が立ち上った!
「きゃあ!」
「また爆発した!」
でも今回は小さな爆発だったから、大したことはない。
むしろ、立ち上った蒸気がとても暖かくて気持ちいい。
「あら、暖かいですわ」
「本当だ、蒸気に暖房効果があるみたいですね」
エリオットが興味深そうに観察している。
鍋を覗いてみると、中で赤とオレンジが混じったような綺麗な液体がぽこぽこと泡立っている。香りも甘くて温かそう。
「完成よ!『特製暖房薬』!」
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも暖かい蒸気で元気になったのか、コートから顔を出している。
「試してみましょうか」
私はカップに薬を注いで、一口飲んでみた。
「あ、あったか〜い!」
体の芯から温まってくる!これは大成功ね!
「私たちも飲んでみますわ」
カタリナとエリオットも飲んでみて、すぐに顔がほころんだ。
「本当に温かいですね!」
「これは素晴らしいですわ!」
ところが、しばらくすると変化が起こった。
「あ、あれ?なんだか顔が熱くなってきた...」
鏡を見ると、私の頬が真っ赤になっている。
「ルナさん、顔が真っ赤ですよ」
エリオットが心配そうに言う。見ると、彼の顔も茹でダコみたいに赤い。
「私も...なんだか頭がぼーっとしますわ」
カタリナもふらふらしている。
「まさか...」
私はブドウジュースの瓶を見た。ラベルに『陶酔の雫使用』と書いてある。
「あ...」
そうだった!アルケミ領のブドウジュースは、ワインの品種改良から作られているから、ジュースでも魔法的な酔っ払い効果があるんだった!
「え〜っと、ちょっと酔っ払っちゃったかも...」
その時、教室の扉が勢いよく開いて、グリムウッド教授が入ってきた。
「実験の爆発音が聞こえましたが...あれ?」
教授は私たちの真っ赤な顔を見て、目を丸くした。
「君たち、まさか...」
「せ、先生!これは暖房薬の実験で...」
「暖房薬?」
教授が鍋を覗き込むと、まだぽこぽこと温かい薬が泡立っている。
「なるほど、温熱効果はありそうですが...」
教授はちょっとだけ薬を舐めてみて—
「うーん、確かに温まりますが、これはアルコールが含まれていませんか?」
「あ、あの...ちょっとだけブドウジュースを...」
「ブドウジュース?アルケミ領の?」
「はい...」
教授は深いため息をついた。
「君たち、休憩室で休んでいなさい。水を飲んで、酔いが醒めるのを待つんです」
「はーい...」
私たちはふらふらしながら休憩室に向かった。
「今度は意図せずお酒を作ってしまったのね...」
私が呟くと、カタリナが苦笑いした。
「でも確かに暖かくなったわよ?」
「それは体が火照っているからですわ!」
カタリナが呆れたように言う。
休憩室で水を飲みながら休んでいると、だんだん酔いが醒めてきた。
でも体は確かにまだポカポカしている。
「あら、この温かさは本物みたいですわね」
カタリナが驚いている。
「酔いは醒めましたが、暖房効果は続いていますね」
エリオットも感心している。
「つまり、成功よね?」
その時、教室から教授の声が聞こえてきた。
「これは...面白い調合ですね」
私たちが戻ってみると、教授が残った暖房薬を分析していた。
「アルコール成分を除去すれば、優秀な暖房薬になりそうです。温熱効果が長続きするのも良い特徴ですね」
「本当ですか?」
「はい。今度から実験する時は、材料の成分をもう少し確認してからにしてください」
「はーい」
結局、暖房薬は大成功だった。アルコール成分さえ除けば、完璧な冬の薬になる。
「教授、学院の暖房が効かない問題も、これで解決できるかしら?」
「それは良い考えですね。大量生産して、全教室に配布してみましょうか」
「やったあ!」
「ふみゅ〜!」
ふわりちゃんも嬉しそうに羽ばたいている。
ハーブももこもこの毛がふわっと元に戻って、気持ちよさそうにしている。
その後、改良版の暖房薬は学院中で大人気になった。
寒い冬の教室で、みんなが温かく過ごせるようになったのだ。
「今度は『冷却薬』も作ってみようかしら。夏に向けて」
「ルナさん、季節はまだ冬ですよ」
エリオットの突っ込みに、私はへへへと笑った。
でも、きっと夏になったら冷却薬も必要になるよね。




