第181話 王都雪像祭り
「見よ!この素晴らしい雪景色を!王都雪像祭りは最高の盛り上がりじゃああ!」
バルナード侯爵の陽気な声が、雪に覆われた王都の中央広場に響き渡る。
色とりどりの服を着た侯爵が両手を広げて、まるで舞台の演出家のようにポーズを決めていた。
「すごい雪ね!こんなに積もるなんて」
私は白い息を吐きながら、広場に集まった各領地の雪像を見回していた。
アルケミ領からもお父様の代理で参加することになったのだ。
「お嬢様、風邪をひかないよう気をつけてください」
セレーナがマフラーを直してくれる。
今日は寒いから、ふわりちゃんも私のコートの中で丸くなっている。
ハーブは雪が苦手なので、暖かい屋敷でお留守番だ。
「ルナさん!こっちですわ!」
カタリナの声で振り返ると、彼女も厚いコートを着込んで優雅に手を振っている。
隣にはエリオットもいて、既に雪まみれになっていた。
「始まったばかりなのに、もう雪だらけね」
「僕の領地は雪が少ないので、つい興奮してしまって...」
エリオットが恥ずかしそうに雪を払っている。
「それにしても、各領地の雪像、どれも立派ですわね」
カタリナの指差す方を見ると、確かにどの領地も気合が入っている。
グランヴィル侯爵領の雪像は、精密な城の模型。ローゼン侯爵領は美しいバラの花を雪で表現していた。
「我がローゼン領の雪のバラ園はいかがですか?」
カタリナが誇らしげに説明する。確かに美しいけれど...
「でも、雪像って動いた方が面白くない?」
「動い…?」
その時、バルナード侯爵がパッと振り返った。
「ほほう!動く雪像とな!それは面白い!ぜひ見せてもらいたいものじゃ!」
「えーっと...」
気がつくと、広場の人たちの注目が私に集まっていた。
各領地の領主たちも興味深そうにこちらを見ている。
「お嬢様、まさか...」
セレーナの不安そうな声。
「大丈夫よ!ちょっとした錬金術で、きっと素敵な雪像ができるわ!」
私は空間ポケットから錬金術の材料を取り出した。
『動きの水』『結束の粉』『生命の息吹草』。
「ルナさん、まさか雪像を動かす気?」
「うん!『動く雪だるま』を作るの!」
広場の人々がざわめく中、私は雪だるまを作り始めた。
大きな雪玉を二つ重ねて、基本的な雪だるまの形に。
「可愛い雪だるまですわね」
「でもこれから動かすのよ!」
私は錬金鍋を取り出して、雪の上で調合を始めた。
『動きの水』に『結束の粉』を混ぜて、最後に『生命の息吹草』を加える。
「『雪像活性化薬』の完成!」
緑色に光る薬液を雪だるまにかけてみる。
すると—
「おお!」
雪だるまが微かに震え始めた。そして、黒い石で作った目がキョロキョロと動いて—
「動いた!雪だるまが動いたぞ!」
バルナード侯爵の興奮した声と共に、雪だるまがゆらゆらと立ち上がった!
「成功よ!」
「ふみゅみゅ!」
コートの中のふわりちゃんも嬉しそうに鳴いている。
雪だるまは少しふらつきながらも、ちゃんと歩いている!これは大成功ね!
「すごいですわ!本当に動いてますわね!」
カタリナが感動している。
エリオットも目を輝かせて雪だるまを観察している。
「これは革新的ですね!雪像に生命を与えるなんて...」
その時、雪だるまが突然勢いよく動き出した。
「あれ?なんだか元気すぎない?」
雪だるまは広場をぐるぐる回り始めて、他の領地の雪像に近づいていく。
「おい、そっちは我が領の雪の城だぞ!」
グランヴィル侯爵が慌てた声を上げる。
でも雪だるまは止まらない。それどころか、雪の城に体当たりしてしまった!
ガラガラガラ〜!
「ああ!我が自慢の雪の城が!」
「申し訳ありません!ちょっと待って!」
私は慌てて雪だるまを追いかける。
でも雪だるまは予想以上に足が速くて、つるつるの雪道で追いつけない。
「お嬢様!転ばないでください!」
セレーナが後ろから叫んでいる。
雪だるまは次にローゼン領のバラ園雪像に向かっていく。
「あ、だめ!カタリナの雪のバラが!」
「きゃあ!」
ドスン!
雪だるまが雪のバラ園に突っ込んで、美しいバラの花がバラバラになってしまった。
「うううう...」
カタリナが泣きそうな顔をしている。
「ごめんカタリナ!すぐに直すから!」
でも雪だるまはまだ暴れている。
今度はシルバーブルーム領の精密な機械仕掛け風雪像に向かっていく。
「ちょっと待って!」
私は必死に追いかけながら、空間ポケットから『鎮静の薬』を取り出した。
でも、雪で足を滑らせて—
「わああ!」
転んだ拍子に、鎮静の薬が宙に舞った。
そして、それは雪だるまではなく、広場の雪の上に降りかかった。
すると—
「え?」
広場の雪が、全体的にキラキラと光り始めた。そして積もっている雪が、ムクムクと動き出す!
「雪が生きてる!」
あちこちで雪が勝手に雪だるまの形になっていく。
気がつくと、広場中に小さな雪だるまたちがたくさん誕生していた!
「これは一体...?」
バルナード侯爵が目を丸くしている。
雪だるまたちはみんな仲良くお手々をつないで、広場をぐるぐる回り始めた。
まるで雪だるまの輪踊りみたい!
「可愛い〜!」
「なんて素晴らしい光景じゃ!」
観客たちは大喜び。最初の暴れん坊雪だるまも、仲間たちと一緒に楽しそうに踊っている。
「お嬢様、これは結果オーライですね…」
セレーナがほっとしたような顔をしている。
「そうね!でも最初は焦ったわ」
その時、バルナード侯爵が手をパンパンと叩いた。
「素晴らしい!今年の王都雪像祭りは大成功じゃな!」
「え?」
「こんなに人を楽しませてくれる雪像は他にない!来年もぜひ参加してほしいものだ!」
雪だるまたちは嬉しそうに踊り続けている。
壊れてしまった他の領地の雪像も、雪だるまたちが協力して元通りに直してくれていた。
「あら、雪のバラが前より綺麗になってますわ」
カタリナが驚いている。
確かに、雪だるまたちが修復したバラ園は、前より精密で美しくなっている。
「雪だるまって、意外に器用なのね」
「『生命の息吹草』の効果で、知性も少し芽生えたのかもしれませんね」
エリオットが興味深そうに観察している。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんもコートの中から顔を出して、雪だるまたちを見ている。
きっと浄化の力で、雪だるまたちをより良い存在にしてくれたのね。
「今度の実験も大成功ね!」
「お嬢様、次回は事前にもう少し計画を...」
「大丈夫よ!なんとかなったでしょ?」
雪だるまたちの楽しそうな踊りを見ながら、私たちも笑顔になった。
王都雪像祭りは、きっと今年一番楽しい冬のイベントになったと思う。
「来年はもっとすごい雪像を作るわよ!」
「それは楽しみですが、今度は暴走しない雪像でお願いします...」
セレーナの心配をよそに、雪だるまたちは夕方まで楽しそうに踊り続けた。
きっと今夜は、王都中の子供たちが雪だるまの夢を見るだろうな。




