第18話 学院祭当日と展示ブースの大騒動
「お嬢様、起きてください! 学院祭当日ですよ!」
セレーナの声で目を覚ますと、窓の外には美しい朝日が差し込んでいる。
今日は待ちに待った学院祭の日だ。
「もう朝? 昨夜遅くまで『展示用変色液』の調合をしていたから……」
「4時間しか寝てませんね。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ! 今日は私の錬金術を皆に披露する記念すべき日なのだから!」
急いで身支度を整えて、馬車で学院に向かう。
到着すると、学院は既に学院祭の準備で活気に満ちていた。
実験室に向かう途中、廊下では学生たちが忙しく展示物を運んでいる。
実験室では昨日完成させた『装飾薬』と、新たに準備した実演用の材料がずらりと並んでいた。
「『色彩変換薬』『音響発生剤』『香り演出液』『形状変化粉』……準備完璧ね!」
「材料は完璧でも、お嬢様の腕が……」
「失礼ね! 昨日はちゃんと成功したじゃない」
「一度だけですけどね……」
セレーナの心配をよそに、私は展示ブースに向かった。
錬金術科の展示エリアは学院の中央広場にあり、既に多くの学生や保護者、来賓が集まっている。
「おはようございます、ルナさん」
カタリナが美しく装飾されたドレス姿で現れた。
今日は彼女も自分の展示があるのに、わざわざ手伝いに来てくれたのだ。
「カタリナ! 今日もよろしくお願いします」
「もちろんですわ。私の『完璧なる茶会セット』の展示は午後からですので、午前中はお手伝いいたします」
ブースに到着すると、グリムウッド教授が既に待っていた。
「ルナ・アルケミ、準備はいかがですか?」
「完璧です! 今日こそ皆を驚かせてみせます!」
「その意気やよし。ただし、安全基準は必ず守ってください」
教授の念押しに頷きながら、私は実演台の準備を始めた。
午前10時、ついに学院祭が開幕。
「さあ、ルナ・アルケミの錬金術実演ショーの始まりよ!」
最初の実演は『色彩変換薬』。透明な水を様々な色に変える、基本的な錬金術だ。
「まずは基本の『透明水』に……」
大きなガラスボウルに澄んだ水を注ぐ。集まった観客が興味深そうに見つめている。
「『色彩変換薬・赤』を一滴……」
慎重に赤い液体を落とすと——
——ボンッ!
小さな爆発と共に水が真っ赤に染まった。
「おおー!」
観客から感嘆の声が上がる。
「続いて青!」
今度は青い液体を加える——
——パンッ!
今度は美しい青色に変化。
「すごいじゃない!」
「今度は紫にしてみて!」
観客のリクエストに応えて、紫の液体を加えると——
——ドカーン!
予想以上に大きな爆発が起こり、紫の水しぶきが周囲に飛び散った。
「きゃー!」
「服が紫に!」
「すみません! すみません!」
慌てて謝りながら『色消し液』を配布する。
幸い、この液体は10分で自然消失する設計だった。
「気を取り直して、次の実演に参りましょう!」
次は『音響発生剤』の実演。様々な音を錬金術で作り出すのだ。
「この『音響発生剤』に『楽音粉』を混ぜ魔力を注ぐと……」
小さな試験管に粉を加える——
——ピロリロリン♪
美しいハープの音色が響いた。
「素敵な音色ね!」
「今度は違う音も!」
調子に乗って『太鼓音粉』を加えると——
——ドンドンドンドン!!
太鼓の音が響き始めた。しかし、量を間違えたらしく、音がどんどん大きくなっていく。
——ドンドンドンドンドンドンドン!!!
「うわあ、うるさい!」
「耳が痛い!」
観客が耳を塞いで逃げ始める中、私は慌てて『音消し薬』を探した。
「あった!」
急いで薬を加えると——
——シーン……
今度は完全に無音になってしまった。
「あの……聞こえますか?」
私が話しても音が出ない。口パクになってしまった。
セレーナが慌てて『音量調整液』を持ってくる。
——ボコボコボコッ!
液体が泡立ちながら、ようやく正常な音量に戻った。
「皆様、お騒がせいたしました!」
「大丈夫ですわ、ルナさん。これも錬金術の醍醐味ですの」
カタリナがフォローしてくれるが、観客の半分は既に他のブースに移動している。
「次こそは成功させるわ!」
三番目の実演は『香り演出液』。美しい香りで観客を魅了する予定だった。
「この『基本香料』に『花香エッセンス』を加える魔力を注ぐと……」
丁寧に液体を混ぜ合わせる——
——フワ〜ン
最初は美しいバラの香りが漂った。
「いい匂い!」
「まるで花園にいるみたい」
観客が戻ってきて、安心していると——
——プ〜ン
今度は何か違う匂いが混じり始めた。
「あれ? 何の匂いかしら……」
匂いはだんだん強くなって——
——プ〜〜〜ン!
完全にニンニクの匂いになってしまった。
「うわあ、臭い!」
「バラの匂いはどこに!」
観客が再び逃げていく中、私は必死に原因を考えた。
「もしかして『花香エッセンス』と『野菜香料』の瓶を間違えた?」
セレーナが瓶を確認すると、案の定ラベルが似ている瓶を取り違えていた。
「『ニンニク増強エッセンス』ですね……」
「どうしてそんなものがあるのよ!」
慌てて『香り中和剤』を大量投入すると——
——ブクブクブクッ!
鍋から泡が溢れ出し、今度は石鹸のような匂いになった。
「もう何が何だか……」
落ち込む私を見て、カタリナが提案した。
「ルナさん、最後の実演に集中しましょう。『形状変化粉』でしたわね?」
「そうね……今度こそ成功させるわ」
最後の実演は『形状変化粉』を使って、粘土を様々な形に変化させる錬金術だった。
「この普通の粘土に『形状変化粉』をかけると……」
粉をパラパラと振りかけ魔力を注ぐ——
——ニュルニュル〜
粘土がうねうねと動き始め、美しいバラの形に変化した。
「おお! 素晴らしい!」
「生きているみたい!」
観客から拍手が起こる。調子に乗って、もっと複雑な形を作ろうと追加で粉をかけた。
——ニュルニュルニュル〜
今度は粘土が複雑にうねり始めて——
「あれ? 止まらない……」
粘土がどんどん大きくなって、テーブルから溢れ始めた。
——ニュルニュルニュル〜〜〜
「うわあ、大きくなってる!」
「逃げて!」
粘土の塊は観客席に向かって伸びていく。
「『形状固定剤』はどこ!」
セレーナが慌てて棚を探している間に、粘土はさらに巨大化。
——ニュルニュルニュルニュル〜〜〜!
まるで巨大なタコのような触手が、ブース全体を覆い始めた。
「きゃー!」
「助けて!」
観客が逃げ惑う中、ついにグリムウッド教授が立ち上がった。
「緊急事態です!」
教授が『万能中和剤』を取り出し、粘土の塊に向かって投げつけると——
——ドッカ〜〜〜ン!!
巨大な爆発と共に、粘土が元の小さなサイズに戻った。
「は、ハハ……成功?」
煙が晴れると、ブースは完全にめちゃくちゃになっていた。
机は倒れ、材料は散らばり、観客はすっかりいなくなっている。
「お嬢様……」
「これは……大失敗ね」
落ち込む私を見て、カタリナが慰めてくれた。
「大丈夫ですわ。午後からは私も一緒に手伝いますから」
「でも、もう観客が来てくれるかしら……」
その時、一人の小さな男の子が近づいてきた。
「お姉ちゃん、さっきの錬金術すごかったよ!」
「え?」
「色が変わったり、音が出たり、いい匂いがしたり……面白かった!」
男の子の言葉に、他の子供たちも集まってきた。
「僕も見たい!」
「今度は何色になるの?」
子供たちのキラキラした瞳を見て、私は元気を取り戻した。
「そうね……午後からは子供向けの簡単な実演にしましょう」
「それがよろしいですわ」
カタリナの提案で、午後は『色変わり水』の簡単なバージョンを準備することにした。
「今度は絶対に失敗しないように、一番簡単な配合で」
「お嬢様の『絶対』は信用できませんが……応援してます」
セレーナの言葉に苦笑いしながら、私は午後の準備を始めた。
午後2時、再開した実演には多くの子供たちが集まってくれた。
「今度は優しい錬金術よ。一緒に色を変えてみましょう」
一人ずつに小さなコップを配り、子供たちと一緒に実験する。
「せーの、で一滴落としてみて」
「せーの!」
——ポンポンポン!
小さな爆発と共に、子供たちのコップが様々な色に変わった。
「わあ! 青になった!」
「僕のは緑!」
「私のは黄色よ!」
子供たちの喜ぶ声を聞いて、私は本当に嬉しくなった。
「今度はこれを混ぜ合わせてみましょう」
子供たちが隣同士でコップの中身を混ぜると——
——パチパチパチ!
小さな火花と共に、新しい色が生まれていく。
「紫になった!」
「オレンジ色だ!」
「キラキラしてる!」
予想以上に美しい結果に、子供たちだけでなく見守る親たちからも拍手が起こった。
「これが本当の錬金術なのね……」
私は実感した。派手な実験も楽しいけれど、みんなで一緒に楽しめる錬金術も素晴らしい。
「お嬢様、とても良い表情をしてますね」
「ええ、今日は本当に勉強になったわ」
夕方、学院祭が終了する頃には、私のブースは子供たちの笑い声で溢れていた。
「また来年も来るからね!」
「今度はもっとすごいの見せて!」
子供たちに見送られながら、私は今日一日を振り返った。
「失敗だらけだったけど……楽しかったわ」
「来年はもう少し準備をしっかりとしましょうね」
セレーナの提案に、私は大きく頷いた。
「そうね。でも今年も十分楽しかったわ!」
「お疲れ様でした、ルナさん。素晴らしい学院祭でしたわ」
カタリナの労いの言葉と共に、学院祭の一日が幕を閉じた。
来年はもっと準備をして、もっと素敵な実演をしよう。
そんな決意を胸に、私は夕焼けに染まる学院を見つめていた。




