第178話 冬至祭と思い出の妖精
今年も一年で最も夜が長い冬至の日がやってきた。
王都中央広場には去年以上に豪華な光の装飾が施され、氷の彫刻たちがきらめいている。
「わあ!今年のテーマは『永遠の絆』ですのね」
カタリナが感嘆の声を上げながら、手を繋いだ天使の氷像を眺めている。
去年の「光の精霊事件」がきっかけで、今年は友情や絆をテーマにした作品が多いみたい。
「ルナさん、今年はどんな錬金術を披露するんですか?」
エリオットが期待と不安が入り混じった表情で尋ねてくる。
去年の光の精霊たちがあまりにも印象的だったから、今年は更なる期待が寄せられている。
「今年は『思い出の光』よ!みんなの大切な思い出を光にして見せるの」
私は胸を張って答えた。
今回は『記憶の雫』と、あの光る鍋の残留効果を利用した特別な調合を考えている。
「思い出を光に...まさか、あの『記憶の雫』を使うのですか?」
セレーナが心配そうに聞く。
虹色の髪が冬の灯りで美しく輝いている。
「そうよ!きっと素敵な光景になるわ」
「ふみゅ〜♪」
肩の上のふわりちゃんが楽しそうに鳴いている。
今日は冬至祭用の小さな星飾りを付けているの。
「ピューイピューイ!」
ハーブも期待で興奮している。
きっと今日も面白いことが起こると分かっているのね。
ステージに上がると、去年よりもさらに多くの観客が集まっていた。
最前列には兄とハロルドの姿も見える。
「皆様、今年も錬金術師ルナ・アルケミの時間です!」
司会者の声に、観客席から温かい拍手が響く。
「今年は『思い出の光』をテーマに、皆様の心に残る美しい瞬間をお見せします」
私は実験道具をステージに並べ始めた。『記憶の雫』『温もりの粉』『共鳴の水晶』、そして去年から光り続けている『冬至の炎の鍋』。
「まず、記憶の雫に温もりの粉を加えて...」
二つを混ぜると、ほんのり温かい金色の光が立ち上る。
「次に共鳴の水晶で、皆様の心と繋がりを作ります」
水晶を液体の中に入れると、観客席の方向に向かって細い光の糸がすーっと伸びていく。
「そして最後に...」
私が去年から光り続けている鍋に調合薬を注いだ瞬間—
ーーボワーン!
鍋から虹色の大きな泡がぷかぷかと浮き上がった。
「わあ!大きな泡!」
泡の表面には、まるで映画のように様々な光景が映し出されている。
家族で過ごす時間、友達との楽しい時間、初恋の思い出...
「まあ、これは皆様の思い出が映ってますわ」
カタリナが驚きながら解説してくれる。
確かに、観客席の人たちが自分の思い出を見つけては感動している。
「すごいじゃありませんか!本当に思い出が見えます!」
観客の一人が声を上げる。
でも、泡はどんどん大きくなって、ついには観客席まで包み込んでしまった。
「あ、あれ?こんなに大きくなる予定じゃ...」
「ルナさん、泡の中に入ってしまいました!」
エリオットが慌てている。
確かに、観客席全体が巨大な虹色の泡の中に入ってしまった。
でも中にいる人たちは恐がるどころか—
「わあ、あの時の桜が見える」「お母さんとの思い出だわ」「懐かしい学院時代ね」
泡の内側では、まるで空中映画館のように、あちこちで思い出の光景が再生されている。
「これは予想外だけど...素敵ですわね」
カタリナも泡の中で幻想的な光に包まれながら微笑んでいる。
「でも、このままじゃ泡から出られなくなるかも」
私が心配していると、突然『記憶の雫』のボトルが震え始めた。
「今度は何?」
ボトルの中で新しい雫が形成されている。
そして—
ーーピキーン!
ボトルから光の雫がぽたりと落ちると、それが小さな光の妖精に変わった。
でも去年の精霊とは違って、この子は人の形をしている。
「わあ、小さな人みたい」
光の妖精は私の手の平に降り立つと、小さな声で話し始めた。
「こんにちは、ルナさん。私は思い出の妖精メモリーです」
「思い出の妖精?」
「はい。皆さんの美しい思い出から生まれました。でも、この泡はとても重いので、みんなで支えないと消えてしまいます」
メモリーが説明すると、泡の表面がぷるぷる震え始めた。確かに重そう。
「どうすればいいの?」
「皆さんに、一番大切な思い出を分けてもらうんです。そうすれば泡は軽くなります」
なるほど。つまり、観客の皆さんに協力してもらうということね。
「皆さーん!」
私は泡の中の観客に向かって叫んだ。
「一番大切な思い出を心の中で思い浮かべてください!そうすれば、この泡から抜け出せます」
最初はざわめいていた観客も、だんだん静かになって、それぞれが大切な思い出に集中し始めた。
すると、泡の中に新しい光景が現れ始める。
結婚式の日、子供が生まれた瞬間、家族でのひととき、友達との約束...
「わあ、みんなの大切な思い出が集まってる」
泡全体が温かい光で満たされ、重さがだんだん軽くなっているのが分かる。
そして—
ーーボワーン♪
泡は美しい音を立てながら、ゆっくりと上空に舞い上がった。
そして空中で小さな光の粒となって、雪のように舞い散った。
「きれい〜」「まるで思い出の雪ね」
光の雪に触れると、それぞれが温かい記憶を思い出させてくれる。
まさに『思い出の雪』だった。
「お嬢様、今年は『虹の雪』じゃなくて『思い出の雪』になりましたね」
セレーナが感心している。
「でも、こっちの方が素敵かもしれませんわ」
カタリナも満足そうに微笑んでいる。
メモリーは私の肩に止まると、小さく礼をした。
「ありがとうございました、ルナさん。おかげで素敵な思い出がたくさん生まれました」
「こちらこそ、ありがとう」
「でも、私たち思い出の妖精は一年に一度しか現れることができません。また来年お会いしましょう」
そう言うと、メモリーは光の粒となって空に舞い上がっていった。
観客席からは今年も大きな拍手が響いている。
「素晴らしかった!」「感動しました」「来年も楽しみです」
ステージを降りると、兄が迎えてくれた。
「今年は街を巻き込む騒ぎにならなくて安心したぞ」
「今年は泡だけだったものね」
「泡『だけ』って...あの巨大な泡を忘れたのですか?」
ハロルドが苦笑いしている。
「でも、今年は誰も怪我せず、みんな幸せになったから大成功ね」
帰り道、エリオットが興味深そうに尋ねた。
「来年はどんなことを考えてるんですか?」
「来年?来年は『愛情のオーロラ』を作ってみたいの」
「オーロラですか...」
「そうよ、きっと素敵になるわ」
「ピューイ〜」
ハーブが心配そうに鳴いている。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんは楽しそうだけれど。
その夜、実験用の鍋を確認すると、まだほんのり光っていた。
「来年まで光り続けるのでしょうか」
セレーナが心配そうに見つめている。
「きっと来年の冬至祭まで、新しい力を蓄えてるのよ」
そう言いながら、私は来年のことを考えていた。
思い出の妖精メモリーとの約束もあるし、きっともっと素敵な錬金術を見せられるはず。
でも今夜は、みんなの大切な思い出に囲まれて、とても温かい気持ちになった。
これも錬金術の素敵な一面かもしれないわね。
「お嬢様、今日の『記憶の雫』、まだ少し残ってますね」
「そうね、今度は日常の小さな幸せも記録してみましょう」
きっと毎日にも、素敵な発見がいっぱい隠れているはず。
そんなことを考えながら、私は今夜も新しい実験を夢見ていた。




