第177話 王都の冬の大市(ウィンターマーケット)開催中
今年も王都の中央広場で冬の大市が開催された。
去年の「虹色商品事件」のおかげで、今年は例年以上の賑わいを見せている。
「わあ、去年より人が多いですわね!」
カタリナが感嘆の声を上げる。
確かに、石畳には雪が積もっているのに、人々の熱気で暖かいくらいだ。
「今年は何も起こさないでくださいね、お嬢様」
セレーナが念を押すように言う。
虹色の髪が冬の陽射しでキラキラと輝いている。
「分かってるわよ〜。今年は本当にお買い物だけ」
私は胸を張って答えた。
でも、空間ポケットの中の『時短調合鍋』が気になる。
あれから一年経ってるのに、まだほんのり温かいのよね。
「ふみゅ〜♪」
肩の上のふわりちゃんが嬉しそうに鳴いている。市場の活気が伝わってくるみたい。
「ピューイピューイ!」
ハーブも興奮して顔を出している。きっと美味しそうな匂いを嗅いでいるのね。
最初に向かったのは、去年お世話になった魔法道具店。
「おお!ルナお嬢様!」
店主のおじいさんが手を振って迎えてくれた。
「今年も何か面白いものはありませんか?」
「それがですな、去年の件があってから、うちの商品の売れ行きが格段に良くなりまして」
おじいさんが嬉しそうに話す。
「今年は特別に、これをお見せしましょう」
奥から取り出されたのは、透明な水晶でできた小さなボトル。
「『記憶の雫』と申します。大切な思い出を保存できるんですよ」
「思い出を保存?」
「ええ、この雫を一滴垂らすと、その瞬間の記憶が結晶化するんです」
興味深い道具だけから一応買っておく。
でも今日は材料探しが目的。次の店に向かおう。
薬草店では、今年も珍しい冬の食材が並んでいた。
「あら、『星霜の花』ですって!」
私が手に取ったのは、星形の小さな白い花。
触ると冷たくて、でもどこか温かみがある。
「お客さん、それは今年初入荷の貴重品ですよ」
商人のおばさんが説明する。
「冬の満月の夜にだけ咲く花で、食べると心が穏やかになるんです」
「穏やかに?副作用は?」
「特にありませんが、一度にたくさん食べると眠くなりますね」
これは面白そう。
『友情促進薬』の材料としても使えるかもしれない。
「これください!」
お金を払いながら、私はふと思った。
この花、どんな味がするのかしら?
「ルナさん、まさかその場で試すつもりでは...」
カタリナが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫よ、今度は慎重に」
私は花びらを一枚だけ口に入れた。
ほんのり甘くて、すっと心が落ち着く感じ。
「あら、本当に穏やかになったわ」
でも、なんだか眠くなってきた。
「あれ?ちょっと眠い...」
そう言った瞬間、私の意識がふわりと遠のいていく。
「ルナさん!」
「お嬢様!」
カタリナとセレーナの声が遠くに聞こえる。
でも、とても心地よい眠気で、抵抗する気が起きない。
夢の中で、私は不思議な光景を見た。
市場全体が光に包まれ、商品たちが踊っているような...
「ルナさん、起きてください」
優しい声に目を覚ますと、カタリナの心配そうな顔があった。
「あれ?私、寝ちゃった?」
「10分ほど立ったまま眠っていましたの」
「立ったまま?!」
慌てて周りを見回すと、なんと私の周りに人だかりができていた。
「すごいじゃないか!立ったまま眠るなんて」
「あれが瞑想の極意か?」
「魔法使いはやっぱり違うな」
どうやら見世物になっていたらしい。
「でも、面白い夢を見たのよ。市場の商品が踊っていて...」
その時、空間ポケットの中の『時短調合鍋』が急に熱くなった感覚があり、空間ポケットの中にてを入れる。
「あつい!」
慌てて鍋を取り出すと、中で『星霜の花』の成分と、去年から残っていた『極光の実』の残留物が反応を起こしている。
「あ、あああ!また始まった!」
「みなさん、離れてください!」
セレーナが素早く人々を誘導する。
鍋の中では金色の泡がぽこぽこ湧いている。
しかも、泡が鍋から溢れ出して地面に落ちていく。
「これは...」
金色の泡に触れた雪が、キラキラと光る結晶に変わっていく。
そして、その結晶に触れた人が—
「あら、とても穏やかな気持ちになりますわ」
「心が軽やかになった気がします」
金色の結晶は『星霜の花』の穏やかにする効果と『極光の実』の魔力増幅効果が組み合わさって、周囲の人々に平安をもたらしているみたい。
「ルナさん、今度は争いを鎮める効果のようですわね」
カタリナが感心している。
確かに、さっきまで値段交渉で言い争っていた商人とお客さんが、にこやかに握手をしている。
「まあ、結果的に良い方向に...」
ーーボンッ!
私が安心した瞬間、また小爆発が起こった。
今度は鍋から虹色の煙が立ち上がって—
「今度は虹色ですわ!」
煙が晴れると、市場全体が虹色の光に包まれていた。
でも去年とは違って、今度は商品ではなく、人々が虹色に光っている。
「わあ、みんなキラキラしてる!」
「ふみゅみゅ〜!」
ふわりちゃんも嬉しそうに光っている。
「これは一体...」
エリオットが駆け寄ってきた。今年も偶然市場にいたらしい。
「『星霜の花』の心を穏やかにする効果が増幅されて、人々の心の美しさが外見に現れているようですね」
確かに、光っている人たちはみんなとても優しい表情をしている。
そして—
「あら、今日は疲れていたのに、とても元気になりました」
「心が軽くて、何でもできそうです」
虹色の光は疲労回復効果もあるみたい。
「ルナお嬢様!」
市場の組合長が駆け寄ってきた。
「今年もまた素晴らしいことを!おかげで市場が『癒しの広場』として有名になりそうです」
「え、でも効果はいつまで...」
「心配ありません。この平和な気持ちは一日中続くでしょう」
組合長が満面の笑みで言う。
「来年も必ずいらしてくださいね!」
帰り道、カタリナが不思議そうに首をかしげた。
「ルナさんって、本当に不思議ですわ。いつも偶然から素敵なことが生まれますの」
「それが錬金術の面白さよ!予想外の結果こそ、新しい発見の源なの」
「お嬢様、来年はどんなことが起こるのでしょうね」
セレーナが苦笑いしながら言う。
「来年?来年はもっとすごいことを...」
「ピューイ〜」
ハーブが心配そうに鳴いた。
「でも、今年手に入れた『記憶の雫』で、今日のことを記録しておきましょう」
私は透明なボトルを取り出して、一滴垂らした。
すると、今日の市場での出来事が美しい結晶になって瓶の中に閉じ込められた。
「綺麗ですわね」
「これで来年への参考資料になるわ」
「参考にして何をするつもりですか...」
セレーナのツッコミを聞きながら、私は来年の市場のことを考えていた。
きっともっと面白いことができるはず。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんが呆れたような声を出しているけど、きっと来年も一緒に楽しんでくれるはず。
夕方、屋敷に戻ると兄が待っていた。
「ルナ、今年も市場で何かやったそうだな」
「今年は癒し効果よ!みんな幸せになったの」
「...まあ、苦情ではなく感謝の手紙が届いているから良しとしよう」
兄が呆れたように言う。
でも一つ気になることが。
『時短調合鍋』、また温かくなってきたみたい。もしかして、来年まで何かが熟成中?
まあ、来年のお楽しみということにしておこう。
「ピューイ」
ハーブの不安そうな鳴き声が、私の期待を後押ししているようだった。




