第176話 侯爵令嬢の完璧演技 ~アドリブを添えて~
今日の授業は冬の短編劇発表会だった。
学院の大講堂には立派な舞台が設営され、私たち2-Aクラス全員が参加することになっている。
「今回の演目は『雪の女王と心優しき騎士』ですわね」
カタリナが台本を読みながら優雅に微笑んでいる。
もちろん彼女は主役の雪の女王役で、私は......
「えーっと、私は大道具係?」
「はい、アルケミさんは舞台装置の操作をお願いします」
担当の先生に確認されて、私は少し安心した。
演技は苦手だけど、大道具なら何とかなるはず。
「ふみゅ〜?」
肩の上のふわりちゃんが首をかしげている。
きっと「本当に大丈夫?」と心配してくれているのだろう。
ポケットの中のハーブも「ピューイ」と不安そうに鳴いている。
「大丈夫だよ、今日は爆発させないから」
そう言いながら、私は舞台裏の大道具を確認した。
雪の城を模したパネル、氷の玉座、そして舞台効果用の雪を降らせる装置などが並んでいる。
「ルナさん、大道具の操作は慎重にお願いしますわよ」
カタリナが美しい青いドレスに身を包みながら声をかけてくれる。
雪の女王の衣装が本当によく似合っていて、まるで本物のお姫様のようだ。
「任せて!」
私は自信満々に答えた。
でも、内心では少しドキドキしている。
劇が始まると、相変わらずカタリナの演技は素晴らしかった。
優雅な仕草、美しい声、完璧な表情......観客席からはため息が漏れるほどだった。
「我は雪の女王。この氷の城で永遠の孤独に耐えているのです」
カタリナの台詞に合わせて、私は雪を降らせる装置のレバーを引く。
きらきらとした人工雪が舞台に舞い散り、幻想的な雰囲気を演出する。
「おお、上手くいった!」
でも調子に乗ったのがいけなかった。
次の場面で氷の玉座を移動させようとした時——
「あれ?動かない?」
私が力いっぱいレバーを押すと——
ガタガタガタッ!
ーードーン!
なんと、氷の玉座だけでなく、雪の城のパネルまで一緒に倒れてしまった。
「うわああああ!」
舞台上に大きな音が響き、観客席がざわめく。
カタリナは倒れてくるパネルをすんでのところで避けたが、舞台は大変なことになっていた。
「ご、ごめんなさい!」
私が慌てて舞台に飛び出そうとすると——
「待って、ルナさん」
カタリナが手を上げて私を制止した。
そして、倒れたパネルを見つめながら、なぜか微笑んでいる。
「これは......氷の城が崩れ落ちる場面ということにしましょう」
「え?」
カタリナは倒れたパネルの陰に身を隠しながら、台詞を続けた。
「ああ、私の冷たい心が、騎士の優しさによって溶け始めている。氷の城が崩れるように、私の心の壁も崩れていくのです」
なんと、カタリナは倒れた大道具を演技に取り入れてしまった。
倒れたパネルの間から顔を覗かせたり、氷の玉座の破片を手に取って悲しそうに見つめたり......
「カタリナ、すごい!」
私が感動していると、カタリナは私にも手招きをした。
「ルナさんも、城の精霊役で出てきてくださいまし」
「え?私が?」
「はい。城が崩れたことで、封印されていた精霊が現れるという設定ですわ」
私は慌てて舞台に出る。
でも演技なんてしたことがないから、どうしていいか分からない。
「えーっと......わたし、城の精霊です?」
観客席からくすくすと笑い声が聞こえる。
でも、なんだか温かい笑いだった。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも一緒に演技しようと、私の肩で小さく手を振っている。
その可愛らしい姿に、観客席から「きゃあ!」という歓声が上がった。
「おお、精霊様。あなたは私に何を教えてくれるのですか?」
カタリナが即興で台詞を作ってくれる。
「えーっと......友情は大切で、一人でいるより、みんなでいる方が楽しいです?」
下手くそな演技だったけど、私なりに精一杯演じた。すると——
ーーボンッ!
また小爆発が起こった。
「あ!また爆発した!」
煙が晴れると、舞台全体がキラキラと光っていた。
倒れたパネルも、壊れた玉座も、すべてが虹色に輝いている。
「わあ!綺麗!」
観客席からも歓声が上がる。
「まあ、これは本当に魔法のようですわね」
カタリナが感嘆の声を上げながら、光る破片を手に取った。
「精霊様の魔法によって、壊れた城が美しく生まれ変わったのですね」
そう言いながら、カタリナは最後の台詞を見事に決めた。
「愛と友情の力で、冷たい氷の心も温かくなる。これが真の魔法なのです」
「ピューイ〜」
ハーブまで感動したように鳴いている。
劇が終わると、観客席から大きな拍手が響いた。
「ブラボー!」「素晴らしい演出だった!」「斬新なハプニング劇でしたね!」
メルヴィン副校長が興奮して立ち上がった。
「これぞエンターテイメント!予想外の展開こそが真の芸術じゃああ!」
私とカタリナは手を取り合って礼をした。
「カタリナ、本当にありがとう。私のミスを素敵な演出に変えてくれて」
「いえいえ、ルナさんのおかげで、とても印象的な劇になりましたわ。台本通りの劇より、ずっと心に残るものになったと思いますの」
カタリナの優雅な笑顔を見ていると、私も嬉しくなってくる。
「でも、次は大道具係じゃなくて、ちゃんと演技の練習もしようかな」
「それは素晴らしいですわね。今度は一緒に練習いたしましょう」
舞台から降りながら、私たちは次の劇のことを話し合った。
きっと今度はもっと素敵な劇ができるはず。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんの嬉しそうな声が、その期待を後押ししてくれているようだった。
でも正直なところ、ハプニング込みの劇も悪くないと思う。
予想外のことが起こるからこそ、みんなで力を合わせて乗り越える楽しさがあるのかもしれない。
「ピューイ」
ハーブも同意してくれているようで、私はさらに嬉しくなった。
舞台裏で衣装を脱ぎながら、光る大道具の破片を見つめる。
きっとこれも、素敵な思い出の一つになるだろう。
「次はもっと派手な爆発を......いえ、今度は慎重にやりましょう」
私のつぶやきに、カタリナが苦笑いしていた。でも、その表情はとても優しかった。




