第174話 冬季花園管理・魔法園芸学
今日の魔法園芸学は、冬の花や果樹を魔法で育てる実習だった。
学院の温室で行われるこの授業は、私にとってちょっとした試練でもある。
なぜなら、植物を相手にした実験は時々予想外の結果を招くからだ。
「では皆さん、冬季における薔薇の剪定から始めましょう」
ヒルテンズ先生の指導の下、私たちは各自に割り当てられた薔薇の株の前に立った。
隣にはもちろんカタリナがいて、既に完璧な手つきで剪定ばさみを握っている。
「ふみゅ〜?」
肩の上のふわりちゃんが首をかしげながら薔薇を見つめている。
ポケットの中のハーブも「ピューイ」と小さく鳴いて興味深そうだ。
「剪定のポイントは、弱い枝や交差している枝を取り除くことですの。そして切り口は斜めに、新芽の上で切るのが基本ですわね」
カタリナの説明を聞きながら、私も恐る恐るはさみを向ける。しかし——
「あれ?この枝とこの枝、どっちが弱いんだろう?」
私が悩んでいる間に、カタリナはすでに見事な剪定を終えていた。
彼女の薔薇は枝振りが美しく整い、まるで芸術作品のようだ。
「ルナさん、その枝は元気そうですから残しておいた方がよろしくてよ」
「あ、ありがとう!でも、じゃあこっちの枝は——」
チョキン。
切った瞬間、薔薇の枝から青い液体がぽたぽたと垂れ始めた。
「え?え?なんで青いの?!」
「まあ、ルナさん、それは魔力を過剰に吸収した枝ですわ。切り口から魔力が漏れ出しているのですのよ」
カタリナが優雅に微笑みながら説明してくれる。
青い液体は地面に落ちると小さく光って消えていく。
なんだか綺麗だけど、これって大丈夫なのかな?
「次は魔法肥料の配合ですね。『成長促進の粉』『栄養の露』『生命の水滴』を3対2対1の割合で混ぜてください」
先生の指示に従って、私は材料を取り出す。
カタリナは既に正確な分量を量り取り、丁寧に混ぜ合わせている。
私も真似をして——
「あれ、3対2対1って、どれが3だったっけ?」
とりあえず適当な分量で混ぜてみる。
すると、なぜか緑色の煙がもくもくと立ち上がった。
「あらあら、ルナさん、それは少し配合が違うようですわね」
「うわあ、ごめんなさい!」
煙の中からセレーナの突っ込みが聞こえてきそうだったが、幸い彼女は屋敷だ。
代わりにふわりちゃんが「ふみゅう〜」と心配そうな声を上げている。
「大丈夫ですわ。魔法肥料は多少配合が違っても害はありませんの。ただ、効果が予想外になることがありますけれど」
カタリナの言葉に安心しつつ、私は緑色の煙が立ち上がる怪しい肥料を薔薇の根元に注いだ。すると——
ーーボンッ!
小さな爆発音と共に、薔薇の株全体がキラキラと光り始めた。
「わあ!光ってる!」
「まあ、とても美しいですわね」
カタリナは相変わらず優雅だ。
でも、この光り方、どこかで見たことがある。
そうだ、この前実験室で作った特製ブドウジュースの時と同じような——
「あ!」
思い出した瞬間、私は慌ててポケットから小瓶を取り出した。
中には、あの特製ブドウジュースから生まれた「光の粒」が入っている。
浄化効果があることが分かったこの光の粒を、新しい実験材料として持ち歩いているのだ。
「せっかくだし、これも混ぜてみようかな?」
「ルナさん、それは何ですの?」
「えーっと、浄化の光って言うんだって。ティナちゃんが教えてくれたの」
私は光の粒を数滴、薔薇の根元に垂らした。
すると——
ーーーボボボンッ!
今度はもっと大きな爆発音が響いた。
温室全体が虹色の光に包まれ、私の薔薇だけでなく、周りの植物たちも一斉に光り始めた。
「うわあああ!」
「まあ、なんと幻想的な!」
爆発の煙が晴れると、そこには信じられない光景が広がっていた。
私の薔薇は夜空の星のようにキラキラと光り、花びらからは小さな光の粒がふわふわと舞い上がっている。
そして、その光が他の薔薇にも伝染して、温室全体が柔らかな光に包まれていた。
「ピューイ〜」
ハーブも感動したように鳴いている。
ふわりちゃんに至っては「ふみゅみゅ〜♪」と嬉しそうにくるくる回っている。
「ルナさん、これは素晴らしい偶然ですわね」
カタリナが手を叩きながら言った。
「冬の夜に光る薔薇なんて、まるで童話の世界のようですわ。これはこれで美しいと思いますのよ」
「本当?よかった〜。でも、これって大丈夫なの?」
私が心配していると、ヒルテンズ先生がやってきた。
「これは......興味深い現象ですね。光の粒と魔法肥料の化学反応により、薔薇に発光性が付与されたようです。害はありませんが、効果は一晩程度でしょう」
先生の説明に安心する。そして——
「ただし、アルケミさん、次回からは新しい材料を使う時は事前に相談してくださいね」
「はーい」
私は素直に返事をした。
でも、内心ではもうすでに次の実験のことを考えている。
光の粒と他の材料を組み合わせたら、どんな面白いことが起こるだろう?
「ふみゅ?」
ふわりちゃんが私の考えを察したのか、首をかしげている。
きっと「また爆発する気でしょ?」と言いたいのだろう。
「大丈夫だよ、今度はもっと慎重にやるから」
「ふみゅう......」
どうやら全然信じてもらえていないようだ。
授業の後、暗くなってから私とカタリナは温室を見に行った。
外は雪が降る寒い夜だったが、温室の中は光る薔薇たちの幻想的な光に満ちていた。
「本当に美しいですわね、ルナさん」
「うん、思った以上に綺麗になった。でも、明日の朝には元に戻っちゃうんだよね」
「それもまた良いものですわ。一夜限りの美しさというのも、特別な価値がありますもの」
カタリナの言葉に、私は深く頷いた。
確かに、この光る薔薇たちは今夜だけの特別な贈り物だ。
「ねえ、カタリナ。今度は別の花でも試してみない?」
「まあ、ルナさんは懲りませんのね。でも......少し興味がありますわ」
私たちは光る薔薇に見守られながら、次の実験について話し合った。
きっと明日もまた、新しい発見が待っているに違いない。
「ピューイ」
ハーブの鳴き声が、私の期待に同意してくれているようだった。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんの声は、少し呆れているようにも聞こえたけれど。




