第173話 雪の精霊との交渉(フェス開催!)
今日の実習授業は学院から少し離れた雪山で行われる『雪の精霊との交渉』。
冬の寒さが厳しくなってきたこの時期、雪の精霊たちとの交渉は魔法を使う者にとって重要なスキルの一つだ。
「皆さん、雪の精霊は気まぐれで神秘的な存在です。正しい手順を踏んで、丁寧に交渉してください」
グリムウッド教授が雪に覆われた森の中で説明する。
吐く息が白くなるほど寒い中、私たちは厚手のコートに身を包んでいた。
肩の上でふわりちゃんが「ふみゅ〜」と興味深そうに辺りを見回している。
雪景色が珍しいのか、小さな翼をぱたぱたさせて嬉しそうだ。
「ピューイ」
ハーブも私のポケットから顔を出して、鼻をひくひくさせている。
寒いけど、雪の匂いが新鮮で面白いらしい。
「まずは祭壇を設置し、適切な供物を捧げます」
クラスメートたちが教科書通りに、小さな雪の祭壇を作り始めた。
カタリナも優雅な手つきで雪を積み上げ、美しい祭壇を作っている。
「次に、古代の詠唱で雪の精霊を呼び出します」
エリオットが真面目に古代語の詠唱を練習している。
「えーっと、私はどうすればいいんだろう?」
他の生徒たちが儀式的な交渉の準備をしている中、私は少し困惑していた。
魔物との意思疎通は得意だけど、こういう正式な儀式は苦手だ。
「ルナさん、一緒に祭壇を作りましょうか?」
カタリナが親切に声をかけてくれる。
「ありがとう、カタリナ」
私たちが雪を積み上げていると、肩のふわりちゃんが突然興奮し始めた。
「ふみゅ!ふみゅみゅ!」
いつもより元気な鳴き声で、何かを見つけたようだ。
「どうしたの、ふわりちゃん?」
ふわりちゃんが指差す方向を見ると、雪の陰からキラキラと光る小さな影がちらちらと動いている。
「あ、雪の精霊?」
他の生徒たちはまだ準備に忙しくて気づいていないが、どうやら雪の精霊たちが既に私たちの周りにいるらしい。
「ふみゅー!」
ふわりちゃんが楽しそうに鳴くと、雪の精霊たちがひょっこりと姿を現した。
手のひらサイズの透明な妖精のような存在で、雪の結晶でできた羽根を持っている。
「わあ、綺麗!」
雪の精霊たちはふわりちゃんを見て、とても興味深そうに近づいてきた。
そして小さな声で囁き合っている。
「あの子、とても可愛い存在だね」
「なんだか温かい力を感じる」
「一緒に遊ぼうか?」
魔物との意思疎通ができる私には、彼らの声が聞こえる。
「あの、こんにちは。私はルナです」
雪の精霊たちに挨拶すると、彼らは嬉しそうに舞い踊った。
「こんにちは、人間の子!」
「久しぶりに温かい心の人に会えた!」
「君の肩の子はとても特別だね」
「この子はふわりちゃん。私の大切な友達よ」
すると、ふわりちゃんが「ふみゅー!」と元気よく鳴いて、小さな翼をぱたぱたさせながら雪の精霊たちに何かを伝えようとしている。
雪の精霊たちがふわりちゃんの鳴き声を聞いて、目を輝かせた。
「雪遊びをしたいって?」
「それは素晴らしいアイデア!」
「久しぶりに楽しい遊びができそうだ!」
「え、雪遊び?」
私が驚いている間に、雪の精霊たちは興奮し始めた。
そして次の瞬間、周囲の雪がふわりと舞い上がって、小さな雪玉になった。
「雪合戦だ!」
「みんなでやろう!」
「楽しい戦いの始まりだ!」
「ちょっと待って!」
私が慌てている間に、雪の精霊たちが作った小さな雪玉がぽんぽんと飛んできた。
「きゃっ!」
思わず身をかわすと、雪玉は木に当たって粉雪になった。
全然痛くない、ふわふわの雪玉だ。
「ふみゅみゅ〜!」
ふわりちゃんが嬉しそうに鳴いて、私に「一緒に遊ぼう」と言っているようだ。
「わ、分かった!一緒に遊ぼう!」
私も雪を丸めて、雪の精霊たちに向かって投げてみた。
ぽふっ!
雪玉が精霊の一人に当たると、彼は嬉しそうに笑った。
「上手い!」
「反撃だ!」
気がつくと、私とふわりちゃんは雪の精霊たちと本格的な雪合戦を始めていた。
「ルナさん、何をしているますの?」
カタリナが驚いた声で振り返る。
「あ、えーっと…雪の精霊たちと交渉してる?」
「それは交渉というより…」
その時、雪の精霊たちが大きな声で叫んだ。
「みんなも一緒にやろう!」
「雪合戦フェスの開催だ!」
「楽しい戦いに参加しないか!」
突然、森全体の雪がきらきらと光り始めた。
そして、どこからともなくたくさんの雪の精霊たちが現れ始める。
「え、こんなにたくさん…」
「おおお!」
他のクラスメートたちも驚きの声を上げる。
森じゅうが雪の精霊たちで賑やかになり、まるで雪の妖精たちの祭典のようだった。
「雪合戦フェス!」
「みんなで楽しもう!」
「ルールは簡単、楽しく遊ぶこと!」
雪の精霊たちが作った雪玉がぽんぽんと飛び交い、森全体が雪合戦の戦場になった。
「きゃあ!」
「うわあ!」
クラスメートたちも巻き込まれて、次々と雪合戦に参加し始める。
「これは…予想外の展開ですわね」
カタリナが苦笑いしながら、華麗に雪玉をよけて反撃する。
さすがの運動神経で、とても優雅な雪合戦スタイルだ。
「理論的には…これも交渉の一種ですよね?」
エリオットも真面目に雪玉を投げながら分析している。
「ピューイ♪」
ハーブも楽しそうに跳び回って、小さな雪玉を転がしている。
雪合戦フェスは予想以上に盛り上がり、森中が笑い声で包まれた。
雪の精霊たちも人間たちも、みんなで一緒に楽しく遊んでいる。
「これは…まさに理想的な人間と精霊の交流ですわね」
カタリナが雪玉を投げながら感心している。
「確かに、実戦的な交渉術かもしれませんね」
エリオットも頷く。
そして30分ほど経った頃、雪の精霊たちが満足そうに集まってきた。
「久しぶりに楽しい時間を過ごせた!」
「ありがとう、人間の子たち!」
「また一緒に遊ぼうね!」
精霊たちは嬉しそうにひらひらと舞いながら、キラキラの雪の結晶を私たちにプレゼントしてくれた。
「これは『雪結晶の欠片』です」
「魔法の触媒として使えます」
「友情の証として受け取ってください」
「ありがとうございます!」
私たちが受け取ると、雪の精霊たちは満足そうに森の奥へと帰っていった。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも満足そうに鳴いている。
森が静かになった頃、グリムウッド教授がゆっくりと近づいてきた。
「皆さん、お疲れ様でした」
「あ、先生…」
私は少し気まずそうに振り返る。
完全に教科書通りの交渉方法とは違うことをしてしまった。
「今回の実習ですが…」
教授がしばらく考え込んでから、続けた。
「確かに、従来の儀式的な方法とは大きく異なりましたね。しかし…」
私たちは緊張して先生の言葉を待つ。
「雪の精霊たちとの意思疎通に成功し、友好関係を築き、さらに貴重な魔法材料まで提供していただいた。これは…まあ交渉には成功したから、合格点ですね」
「え、本当ですか?」
「交渉の本質は相手との信頼関係を築くこと。その点で、今回は大成功と言えるでしょう」
教授が微笑む。
「特に、ルナさんの魔物との意思疎通能力と、ふわりちゃんの特別な力が素晴らしい結果を生みました」
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも嬉しそうに鳴く。
「ただし、次回はもう少し計画的に行動するよう心がけてください」
「はい!気をつけます」
帰り道、カタリナが微笑みながら言った。
「ルナさんらしい交渉方法でしたわね」
「確かに、教科書には載っていない手法でしたが、効果的でした」
エリオットも満足そうだ。
「でも楽しかった!雪の精霊たちも喜んでくれたし」
私がそう言うと、ポケットの中でハーブが「ピューイ♪」と同意するように鳴いた。
手の中の『雪結晶の欠片』がキラキラと美しく輝いている。
きっと素晴らしい実験材料になるに違いない。
そして何より、新しい友達ができたことが一番嬉しかった。
来年の冬も、雪の精霊たちと会えるかもしれない。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも同じことを考えているようで、雪景色を見つめながら小さく鳴いていた。
こうして、型破りな雪の精霊との交渉術実習は大成功に終わった。
やっぱり一番大切なのは、相手の気持ちを理解することなのかもしれない。




