第172話 大喜利カエルは謎掛けがお好き
「おはようございます、ギルドマスター」
王都の冒険者ギルドの扉を開けると、ギルドマスターが受付カウンターにいた。
「おお、Tri-Orderの皆さん、お疲れ様です」
私たち三人は、学院公認の「王立魔法学院 三家合同魔物生態調査研究班」として活動している。
正式名称は長いので、通称は「Tri-Order」。
「今日はどのような調査依頼でしょうか?」
カタリナが上品にお辞儀をしながら尋ねる。
「実は今回の依頼は、少し変わったものでしてね…」
ギルドマスターが苦笑いを浮かべながら一枚の依頼書を取り出した。
「『大喜利カエル』の生態調査をお願いしたいのです」
「大喜利カエル?」
聞き慣れない名前に、私たちは顔を見合わせた。
「はい。王都から少し離れた『笑いの池』というところに生息している魔物なのですが…実は最近、そのカエルたちの行動が変わってきているんです」
「どのように変わったのですか?」
エリオットが真面目に質問する。
「以前は普通に『ケロケロ』と鳴いていただけなのですが、最近は人間の言葉で謎かけやダジャレを言うようになりまして…」
「え?謎かけを?」
「そうなんです。しかも、かなり高度な内容で…村人たちも最初は面白がっていたのですが、段々とエスカレートしてきて」
ギルドマスターが困った顔をする。
「今では池の近くを通る度に大喜利大会が始まってしまい、村人たちが用事を済ませられない状況になっています」
「それは…確かに困った問題ですわね」
カタリナが眉をひそめる。
「友好的な魔物のようですが、日常生活に支障をきたすレベルということですね」
エリオットがメモを取りながら分析する。
「危険度はいかがですか?」
私が確認すると、ギルドマスターは首を振った。
「攻撃性は全くありません。ただひたすら笑いを追求しているだけで…むしろ村人たちも笑い過ぎて困っているくらいです」
「分かりました。調査をお受けします」
私たちは依頼を正式に受諾し、翌日には『笑いの池』へ向かうことにした。
ー
「本当にカエルが大喜利をするんでしょうか?」
王都から馬車で一時間ほどの場所にある小さな村の外れ、美しい池のほとりに私たちは到着した。
「興味深い現象です。魔物が人間の言語を習得し、しかも娯楽性の高い内容を…」
エリオットが学術的興味を示している間に、池から声が聞こえてきた。
「ケロ〜、新しいお客さんケロ〜」
振り返ると、池の蓮の葉の上に大きな緑色のカエルが座っていた。
普通のカエルより一回り大きく、なぜか小さな帽子を被っている。
「あ、こんにちは」
私が挨拶すると、カエルは嬉しそうに跳び跳ねた。
「おお〜、礼儀正しいお嬢さんケロ〜。それでは早速、問題を出すケロ〜」
「え?もう?」
「『池の主』とかけて『優秀な学生』と解く、その心は?」
カエルが得意げに問題を出す。
「え〜っと…」
私が困っていると、他の蓮の葉からも次々とカエルが現れた。
みんな色とりどりの帽子やリボンを身につけている。
「『どちらも水際だってる』ケロ〜!」
「ぶー、ベタ過ぎるケロ〜」
「もっとひねりが欲しいケロ〜」
カエルたち同士で議論を始めた。
「これは…確かに大喜利をしていますわね」
カタリナが驚く。
肩の上でふわりちゃんが「ふみゅ?」と首をかしげている。
どうやら彼女にも状況が理解できないようだ。
「ピューイ〜」
ハーブも困惑している。
「皆さん、どうして大喜利をするようになったんですか?」
私がカエルたちに尋ねると、一番大きなカエルが答えてくれた。
「実は最近、池に古い石板が沈んでいるのを見つけたケロ〜」
「古い石板?」
エリオットが食いつく。
「そうケロ〜。その石板には古代の文字で『笑いは最高の魔法』と書いてあったケロ〜」
「それを読んだ途端、急に人間の言葉が分かるようになって、面白いことを言いたくなったケロ〜」
別のカエルが説明を続ける。
「なるほど…古代の魔法的な石板が影響しているのですね」
エリオットがメモを取る。
「でも、どうして大喜利なんですか?」
「それはケロ〜、村人たちがよく池のほとりで休憩しながら、面白い話をしていたからケロ〜」
「人間たちの会話を聞いているうちに、笑いのパターンを覚えたケロ〜」
「そして、自分たちも人を笑わせたくなったケロ〜」
カエルたちの説明を聞いて、私は彼らの純粋な気持ちに心を打たれた。
「でも最近、村人の皆さんが困っているみたいですよ」
「え?困ってるケロ?」
カエルたちが驚く。
「みんな笑ってくれるから、喜んでくれていると思ったケロ〜」
「確かに笑ってくれますけど、用事があるのに池を通れなくて…」
私が説明すると、カエルたちは申し訳なさそうな顔をした。
「そうだったケロ〜。気づかなかったケロ〜」
「でも、笑いを止めるのは寂しいケロ〜」
カエルたちが悲しそうにする姿を見て、私は何か良い解決方法はないか考えた。
「そうだ!決まった時間だけ大喜利タイムにするのはどうでしょう?」
「決まった時間?」
「例えば、午後の3時から4時までは『大喜利の時間』にして、それ以外の時間は静かにしているとか」
私の提案に、カエルたちの目が輝いた。
「それは良い案ケロ〜!」
「時間を決めれば、村人たちも心の準備ができるケロ〜」
「そして、村人たちにも『大喜利の時間』を楽しみにしてもらえるかもしれませんわね」
カタリナが補足する。
「規則正しい活動サイクルは魔物の生態にとって健全です」
エリオットも賛成してくれた。
「それでは早速、村人の皆さんに相談してみましょう」
ー
村に戻って村長さんに相談すると、とても喜んでくれた。
「それは素晴らしいアイデアですね!実は村人たちも、カエルたちの大喜利自体は面白いと思っているんです。ただタイミングが…」
「分かりました。それでは正式に『笑いの池 大喜利タイム』を午後3時から4時に設定しましょう」
私たちは村人たちと一緒に池に戻り、カエルたちと話し合った。
「午後3時から4時が『大喜利タイム』ケロ〜」
「それ以外は静かにしているケロ〜」
「でも、どうしても面白いことを思いついた時は?」
「そんな時は小さな声でメモしておいて、大喜利タイムに発表するのはどうでしょう?」
私の提案に、カエルたちは「ナイスアイデアケロ〜」と拍手した。
そして翌日の午後3時、初めての正式な『大喜利タイム』が開催された。
「それでは始めるケロ〜!今日のお題は『最近の若いカエルは』ケロ〜」
「『最近の若いカエルは』とかけて『優秀な魔法使い』と解く、その心は?」
池の主らしき大きなカエルが問題を出すと、村人たちも一緒に考え始めた。
「どちらも『跳び抜けている』!」
村の子供が答えると、カエルたちは大喜びした。
「正解ケロ〜!素晴らしいケロ〜!」
その光景を見て、私は微笑んだ。
カエルたちと村人たちが一緒に笑っている姿は、とても温かい。
「ルナさんの提案のおかげで、みんなが幸せになりましたわね」
カタリナが嬉しそうに言う。
「魔物と人間の共生関係として、理想的な事例になりそうです」
エリオットも満足そうだ。
「ふみゅみゅ〜」
ふわりちゃんも楽しそうに鳴いている。
「ピューイ♪」
ハーブも村の子供たちと一緒に跳び跳ねて遊んでいる。
ー
一週間後、私たちは調査報告書をまとめた。
『大喜利カエル』生態調査報告書
- 正式名称:大喜利カエル
- 危険度:低(友好的)
- 特殊能力:人間の言語理解、ユーモア創造
- 発生原因:古代の「笑いの魔法」石板の影響
- 社会性:群れで生活し、人間との交流を好む
- 解決策:定時制の交流システムを確立
- 今後の課題:古代石板の詳細調査、他地域への応用可能性
「今回の調査も成功でしたわね」
カタリナが満足そうに報告書を見る。
「古代の『笑いの魔法』についても興味深い発見でした」
エリオットが学術的価値について言及する。
「でも一番良かったのは、みんなが仲良くなれたことね」
私がそう言うと、窓の外から聞こえてきた。
「『調査成功』とかけて『美味しいお茶』と解く、その心は?」
大喜利カエルの声だった。
なんと、王都まで遊びに来ていたらしい。
「どちらも『心が温まる』ケロ〜!」
私たちは顔を見合わせて笑った。
「また新しい問題が発生しそうですわね」
カタリナが苦笑いする。
でも、こんな楽しい問題なら大歓迎だ。
「ふみゅ〜」
ふわりちゃんも同じ気持ちのようで、小さく鳴いて微笑んだ。
こうして、Tri-Orderの新たな実績がまた一つ増えた。
今度は『笑いの池 大喜利タイム』が王都の新名所になったりして。
そんな予感を感じながら、秋は穏やかに過ぎていく。




