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第171話 森の精霊たちの二次会

今日は年に一度の精霊祝祭の日。

学院の大講堂で厳かな儀式が執り行われ、私たちは神聖な雰囲気の中で森の精霊たちへの感謝を捧げた。


「美しい儀式でしたわね」


カタリナが上品にため息をつく。

確かに、色とりどりの秋の恵みで飾られた祭壇は見事で、合唱団の歌声も天使のように美しかった。


「精霊祝祭は本当に神秘的ですね」

エリオットも感慨深げに呟く。


儀式が終わり、みんなが帰路につく中、私たちは学院近くの森を散歩していた。

肩の上でふわりちゃんが「ふみゅ〜」と心地よさそうに鳴いている。


「今年の秋も美しいですの。紅葉が特に鮮やかで…」

カタリナがそう言いかけた時、森の奥から妙に賑やかな声が聞こえてきた。


「おい!まだまだ飲み足りないぞ〜!」

「そうだそうだ!祭りは終わってもパーティーは続くのじゃ〜!」

「酒が足りん!酒を持ってこい〜!」


「あの声…まさか」

私たちが声のする方へ向かうと、森の小さな空き地で見慣れた精霊たちがどんちゃん騒ぎをしていた。


紅葉の精霊は相変わらず美しい赤と橙の葉っぱのドレスを着て、頭の花冠を少し斜めにかけながら、木の切り株をテーブルにして杯を掲げている。


「我こそは秋の女王〜!みんな〜、乾杯じゃ〜!」


小さな栗の精霊は木の実を器にして、何やら得体の知れない液体をちびちび飲んでいる。

既にほっぺたが真っ赤だ。


「ひっく…栗酒は最高じゃ〜」


そして一際目立つのが、大きなキノコの精霊。

傘の部分をくるくる回しながら踊り狂っている。


「きのこ酒で気分は最高〜♪みんな一緒に踊ろうぜ〜♪」


「あの…皆さん、精霊祝祭は先ほど終わりましたけど…」

私が恐る恐る声をかけると、紅葉の精霊が振り返った。


「おお!光る乙女よ!よく来てくれた!」

「え、覚えてくれてるんですか?」

「当然じゃ!去年の仮装舞踏会で一緒に飲み明かした仲ではないか!」


確かに去年もこんな感じで巻き込まれたっけ。


「でも今日は厳かな祝祭だったでしょう?」


「あんなお堅い儀式は建前じゃ〜!本当の祭りはこれからよ〜!」

栗の精霊がひらひらと手を振る。


「そうじゃそうじゃ!人間たちが帰った後が本番なのじゃ〜!」

キノコの精霊も調子に乗って叫ぶ。


「ルナさん、どうやら精霊たちには精霊たちなりの祭りの楽しみ方があるようですわね…」

カタリナが苦笑いを浮かべる。


「まあ、理論的には興味深い現象ですが…」

エリオットも困惑している。


「おお!美しき令嬢方も一緒に祝おうではないか!」


紅葉の精霊が私たちに向かって大きく手を振る。

その拍子にドレスの葉っぱがひらひらと舞い散った。


「あの、私たちはちょっと…」

「遠慮するでない!今宵は森の恵みを存分に味わうのじゃ〜!」


気がつくと、精霊たちに囲まれて森の宴会に参加することになっていた。


「ふみゅ〜」

ふわりちゃんは相変わらず精霊たちに大人気で、みんなで「可愛い〜」と言いながらちやほやしている。

でも去年と違って、ひれ伏したりはしない。やはり精霊同士は対等らしい。


「ハーブも人気者ね」

薬草ウサギのハーブは栗の精霊と意気投合して、一緒に木の実を転がして遊んでいる。


「ピューイ♪」


「さあさあ!森の特製カクテルをどうぞ〜!」


キノコの精霊が怪しげな液体を差し出す。

紫色でぷくぷくと泡立っている。


「え、でも私お酒は…」

「大丈夫じゃ〜!これはきのこエキスと森の果汁を混ぜただけじゃ〜!」


「本当に大丈夫なんですか?」

エリオットが心配そうに尋ねる。


「問題ないぞ〜!ただし少し…幻覚が見えるかもしれんが」

「それ、大問題じゃないですか!」


私が慌てていると、紅葉の精霊が別の飲み物を持ってきてくれた。


「ならばこれじゃ。『紅葉茶』と呼んでおる」

美しい赤色の液体で、とても良い香りがする。


「これなら安全じゃ。ただの葉っぱのお茶よ」


一口飲んでみると、とても上品で美味しい。

まるで秋の森を散歩しているような爽やかな気分になった。


「美味しい!」


「じゃろう?これは特別製じゃからな〜」

紅葉の精霊が得意げに胸を張る。


「カタリナたちも飲んでみて」

「それでは遠慮なく…あら、本当に美味しいですわ」


「理論的に分析すると、この風味は…」

エリオットが真面目に味わっている間に、精霊たちの宴会はますます盛り上がっていた。


栗の精霊は木の枝を楽器にして演奏を始め、キノコの精霊はその音楽に合わせて踊っている。

踊るたびに胞子がきらきらと舞い散って、幻想的な光景だ。


「綺麗〜」

思わず見とれていると、紅葉の精霊が私の隣にやってきた。


「のう、光る乙女よ。実は頼みがあるのじゃ」


「頼み?」

「実は、今年は豊作過ぎて森の恵みが余ってしまってのう。何か良い保存方法はないかと思うておる」


「保存方法ですか…」

私は前世の記憶を探ってみた。


「それなら錬金術で保存薬を作れますよ!『時の砂』と『新鮮の石』を使えば…」


「おお!さすがじゃ!」

紅葉の精霊が目を輝かせる。


「でも材料が足りないかも…」


「心配するでない!」

栗の精霊がぽんぽんと跳んできて、小さな袋を差し出した。

「これは『永遠の栗』じゃ!一粒食べれば一日分の栄養になるのじゃ!」


「わ、すごい!」


「これもあるぞ〜」

キノコの精霊が光る胞子を集めて差し出す。

「『光茸の粉』じゃ〜!暗闇でも光って道を照らすのじゃ〜!」


「それに、これも」

紅葉の精霊が美しく光る葉っぱを取り出した。

「去年も渡した『紅葉の涙』じゃが、今年のものはより強力じゃぞ」


「こんなにたくさん…ありがとうございます!」

私は材料をありがたく受け取った。

これだけあれば、素晴らしい保存薬が作れそうだ。


「それでは早速…」

私は持参していた携帯錬金セットを取り出した。

野外実験用の小さなものだけど、簡単な調合はできる。


「おお、その場で作ってくれるのか!」

精霊たちが興味深そうに見守る中、私は慎重に材料を混ぜ始めた。


「『永遠の栗』を粉末にして、『光茸の粉』と混合…次に『紅葉の涙』を触媒にして…」


小さな炎で加熱していくと、美しい虹色の光が立ち上った。


「綺麗じゃ〜」


「ルナさんの実験はいつ見ても美しいですわね」

カタリナが感嘆する。


順調に調合が進んでいたのだが、最後の仕上げで予想外のことが起きた。


森の風が吹いて、木の葉が調合中の薬にひらりと舞い込んだのだ。


「あ!」


ーーぽんっ!


小さな爆発と共に、虹色の煙がもくもくと立ち上る。


「おお〜!」


精霊たちが拍手する。


煙が晴れると、薬は当初の予定とは違う美しい金色に変わっていた。

そしてふわふわと宙に浮いている。


「あれ?浮いてる?」


「これは…『浮遊の薬』じゃな」

紅葉の精霊が驚く。


「浮遊の薬?」

「飲むと一時間ほど宙に浮けるようになる、伝説の薬じゃ!作り方は失われておったはずなのに…」


「え、そんな貴重なものに?」

そういえば、木の葉が落ちた時に『風の精霊』の力も混じったのかもしれない。


「しかし、効果が心配じゃのう…誰か試してみるか?」


精霊たちが顔を見合わせる中、栗の精霊が勇敢に手を挙げた。


「わしが試してみよう!」

「え、でも危険かも…」

「大丈夫じゃ!わしは元々跳び跳ねるのが得意じゃからな!」


栗の精霊が薬を一滴舐めてみると…


ふわりと宙に浮いた。


「おお〜!本当に浮いたぞ〜!」

「すごい!」


栗の精霊は楽しそうに空中でくるくると回っている。


「これは素晴らしい薬じゃ!」

「でも一時間で効果が切れるから気をつけて」


私が注意すると、栗の精霊は「分かっておる〜」と答えながら、空中散歩を楽しんでいた。


「ルナさんの実験はいつも予想外の結果になりますわね」

カタリナが微笑む。


「理論的には興味深い現象です。風の精霊の力が錬金術に影響を与えるなんて…」

エリオットがメモを取っている。


「しかし、これで森の恵みの保存問題も解決じゃ!」

キノコの精霊が喜ぶ。


「え?浮遊の薬で保存?」

「浮遊させておけば、地面の湿気や虫の害から守れるからのう」


「なるほど!」

確かに理にかなっている。


夜が更けるにつれて、精霊たちの宴会はますます盛り上がった。

浮遊する栗の精霊を中心に、みんなで輪になって踊る光景は幻想的だった。


「ふみゅみゅ〜」

ふわりちゃんも楽しそうに鳴いている。


「ピューイ♪」

ハーブも栗の精霊と一緒に宙に浮かんで遊んでいる。

どうやら薬の効果がうつったらしい。


「今日は本当に楽しい一日でしたわね」

カタリナが満足そうに微笑む。


「精霊祝祭の本当の意味を理解できた気がします」

エリオットも感慨深げだ。


朝方になると、精霊たちは次第に静かになっていった。

でも去年のような二日酔いはなく、みんな満足そうな顔をしている。


「今年は適度に楽しめたのう」

紅葉の精霊が微笑む。


「去年の反省を活かしたのじゃ〜」

栗の精霊も(まだ少し浮いているが)にこやかだ。


「また来年もよろしく頼むぞ〜」

キノコの精霊が手を振る。


「こちらこそ、ありがとうございました!」

私たちがお礼を言うと、精霊たちはきらきらと光る粒子になって森に帰っていった。


「毎年恒例になりそうですわね」

カタリナが苦笑いする。


「でも楽しい恒例行事ですね」

エリオットも笑っている。


帰り道、私は今日もらった貴重な材料を大切に持ちながら歩いた。


「今度は計画通りの薬を作りたいな」


「ふみゅ〜」

でもふわりちゃんの返事は、どことなく「それは無理でしょう」と言っているような気がした。


きっと来年もまた、予想外の出会いと発見が待っているに違いない。


秋の朝日が、私たちを優しく包んでいた。

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