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第169話 キノコ実習の悲劇

今日の薬草学の授業は野外実習。

ヒルテンズ先生に引率されて、学院近郊の森で「秋の森に自生するキノコ採取」をすることになった。


「皆さん、キノコの採取は慎重に行ってください。毒キノコと薬用キノコの見分けは、時として命に関わります」


先生の真面目な注意を聞きながら、私は森の奥へと足を向けた。

肩の上でふわりちゃんが「ふみゅ〜」と心地よさそうに鳴いている。


「ハーブも一緒に来る?」

ポケットの中の薬草ウサギに声をかけると、茶色いふわふわの頭がひょこっと顔を出した。


「ピューイ!」

元気よく返事をして、ハーブは私の後ろをちょこちょこついて来る。


森の中は色とりどりの落ち葉が敷き詰められ、秋の日差しが木漏れ日となって踊っている。

私は前世の記憶を活かして、キノコの形状や色を観察しながら歩いた。


「あ、これはシメジの仲間かな。でも色が少し違う…」


そんな時、奥の方でひときわ大きな赤いキノコを発見した。

直径は手のひらほどもある立派なもので、白い斑点が美しく散らばっている。


「すごく綺麗!これはきっと貴重な薬用キノコに違いない」


私は慎重にキノコに近づいた。

するとそのキノコは…まるで私に気づいたかのように、ぷるっと震えた。


「え?」


次の瞬間、キノコがぽんっと地面から抜けて、ひょこひょこと歩き始めたのだ。


「うわあ!歩いた!」


驚く私を見て、ふわりちゃんが「ふみゅみゅ!」と興奮気味に鳴く。

ハーブも「ピューイピューイ!」と慌てている。


歩くキノコは私を見上げると、まるで挨拶するように傘をぺこんと下げた。

なんとも愛らしい仕草だ。


「こんにちは、キノコさん。私はルナよ」


すると歩くキノコは嬉しそうにくるくると回転し始めた。

そして音楽でも聞こえているかのように、軽やかなステップでダンスを始める。


「ダンスが好きなのね!」


私はそのキノコを大切に採取袋に入れ、学院に持ち帰ることにした。



「それでは皆さん、採取したキノコを実習室で鑑定してみましょう」


ヒルテンズ先生の指示で、私たちは実習室に移動した。

カタリナは優雅に数種類のキノコを並べ、エリオットは理論的にメモを取りながら作業している。


「ルナさん、なんだかルナさんの採取袋が動いているような…」

エリオットが不安そうに呟いた。


「あ、えーっと…」


その時だった。

採取袋からぽんっと赤いキノコが飛び出し、実習台の上に着地したのだ。


「きゃっ!」

「なんだあれは!」


クラスメートたちが驚く中、歩くキノコは楽しそうにタップダンスを始めた。

コツコツコツと軽快なリズムが実習室に響く。


「あらあら…ルナさん、これは一体…」

カタリナが苦笑いを浮かべる。


「えっと…森で見つけたんだけど、とても人懐っこくて…」

私が説明している間にも、キノコは踊り続けている。

しかも段々と激しくなってきた。


「なんか床が振動してる!」

トーマス君が慌てて机にしがみつく。

確かに、キノコのダンスが激しくなるにつれて、実習室全体が揺れ始めていた。


「これは…まずい予感がしますわ」

カタリナの予感は的中した。


次の瞬間、キノコが特に激しいスピンを決めた途端、実習台の上の薬品が共鳴するように振動し始めたのだ。


「あ、あの薬品は反応性が高い…」

エリオットが青ざめる。


ーーぽんっ!


小さな爆発音と共に、薬品が泡立ち始めた。

そして色とりどりの煙がもくもくと立ち上る。


「うわあああ!」

実習室が虹色の煙に包まれる中、なぜか私たちの足が勝手に動き始めた。


「え?なにこれ?止まらない!」


「私の足が勝手に…!」


気がつくと、実習室にいる全員が、歩くキノコと同じリズムでダンスを踊り始めていた。

カタリナも優雅にワルツを踊り、エリオットはぎこちなくタップダンスを刻んでいる。


私も必死に止まろうとするが、足が勝手にタンゴのステップを踏んでしまう。

ふわりちゃんとハーブまで一緒に踊っている。


「みんな、何をしているんですか…って、うわあああ!」

実習室に入ってきたヒルテンズ先生も、煙を吸った途端に華麗なバレエを踊り始めた。


「せ、先生まで!」

「これは…一体何の現象ですか!」


先生も踊りながら困惑している。


実習室は完全にダンスフロアと化していた。

しかも歩くキノコは嬉しそうに、より一層激しく踊っている。


「あ、そうだ!」

私は踊りながらも錬金術の知識を思い出した。


「この煙に『魔力鎮静薬』をかければ…」


踊りながら『静寂の花』『安らぎの石』『深い眠りの水』を取り出し、星輝の棍棒で混ぜ合わせる。

するとさわやかな香りが部屋中に広がった。


徐々に煙が薄くなり、みんなの動きもゆっくりになっていく。


「やっと…止まった…」


全員がほっとため息をつく中、歩くキノコだけはまだ小さく踊り続けていた。



後日、魔物学のフローラン教授による正式な鑑定結果が発表された。


「これは『踊茸おどりたけ』という稀少な魔物キノコです。鑑定結果:可食可。栄養価も高く美味とのことですが…」


教授は困ったような顔をする。


「ただし一緒に踊らされる副作用あり。効果時間は約30分間。なお、このキノコは音楽と踊りを愛する平和的な魔物で、危険性はありません」


「そ、そんな副作用が…」

私は頭を抱えた。


「でも、ルナさんの『魔力鎮静薬』で症状を和らげる方法を発見したのは素晴らしい応用例ですね。これも研究記録に残しておきましょう」

ヒルテンズ先生がにこやかに言う。


その後、踊茸は学院の魔物学研究用に正式に登録され、私の実験用防護結界がある特別教室で大切に育てられることになった。


「まさか、キノコ採取でダンス大会になるなんて思わなかったですわ」

カタリナが苦笑いしながら言う。


「踊りは初心者だから、良い練習になりました」

エリオットは意外にも前向きだった。


「でも今度からキノコ採取は、もっと慎重におやりくださいな。ね、ルナさん?」

「う、うん…気をつける」


肩の上でふわりちゃんが「ふみゅみゅ〜」と楽しそうに鳴いている。

どうやら彼女は踊りが気に入ったらしい。


こうして、また一つ学院に新しい伝説が生まれたのだった。

今でも実習室では時々、踊茸の軽やかなタップダンスの音が聞こえてくる。


そして食堂のメニューには「踊茸のソテー(ダンス注意)」という新メニューが追加されたのは、また別の話である。

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